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TWILIGHT ――黄昏に還る3

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TWILIGHT――黄昏に還る 3


□■□5th phase□■□

 教会に踏み込めば、言峰綺礼がランサーを忍ばせることもなく待ち構えていた。
「共闘か? 仲良しごっこが好きだったとは、意外だな、凛」
「あんたこそ、監督役のクセにこっそり参戦するなんて、セコいわよ」
 笑い含みで鷹揚に言った言峰に、凛は早速青筋を立てている。
「遠坂、俺たちは言い争いに来たんじゃない。一応説得に――」
「わかってるわよ!」
 士郎とセイバー、凛とアーチャーの四名で揃って教会に来たのは、聖杯を壊す協力の打診だった。無駄だとは思うが、一応話をしてみようと士郎は決めた。それでだめならば戦えばいいと。
 協力者のほぼ全員から、やめておけ、と言われたが、士郎は一貫してこの姿勢を崩さない。頑なに、まずは協力を求めることを打診する。戦うのはそれからでいい。これだけは修正係に入ったころから変えられない士郎の持論だった。
 結果、どうなったかは、火を見るよりも明らか……。
 士郎が聖杯を壊すことに協力してくれと言ったものの、大方の予想通り、言峰は小さく笑って却下した。
「ほら、みなさい。あいつに普通の感覚で接しちゃダメなのよ」
 凛にふんぞり返って宣言され、士郎は小さく頷いた。
「わかればいいのよ、わかれば!」
「はいはい。俺が甘かったよ」
 なげやりに答えれば、
「あのねえ! 私は、」
「ランサー」
 言峰の声に、凛は言葉を切る。
「サーヴァント二体を相手にするのは骨が折れるだろうが、」
「二体相手ってのは、問題ねえ。ただ、そいつの話が気にかかる」
「なに?」
 士郎を指し、祭壇脇の壁にもたれて立っていたランサーは、言峰に答えることもなく、こちらへと向き直る。
「え……?」
 士郎が驚いている間に、ランサーが歩み寄ってきた。
「ちょ……、な、なに……」
 凛が半歩下がり、アーチャーが彼女を庇うように前に出る。
 距離にして数歩。ランサーが槍を使うことを鑑みれば、その距離は、すでにランサーの間合いであり、そこにいるのは致命的といえる。セイバーも士郎を下がらせようとするが、士郎は大丈夫だから、と断った。
「おい、今の話、本当か?」
 士郎に問いかけるランサーは茶化すわけでもなく、その表情は真剣そのものだ。
「ああ、本当だ」
 対峙する士郎も澱みなく、はっきりと答える。
「この聖杯戦争の後に、聖杯の欠片が世界を壊す、そう言ったな?」
「ああ」
「お前はなぜそれを知っている? おかしいだろう、それは、何年も後の話で、今はまだ起こっていないことだ。適当なこと、ぬかしてんじゃねえ」
 ランサーは言峰が蹴散らせと言った命令よりも士郎の話に興味を持ったようで、問い質してくる。
「適当だと、どうしてあんたが決めつける?」
「とうてい信用できないことだ。当たり前だろう?」
 むっとした士郎は言葉を探すように押し黙った。
「嘘ならもうちっとマトモなものにしときな。あんまりにも突拍子がないんでね、ついつい訊いちまっただろ?」
 黙った士郎を、言い訳も浮かばないと踏んだのか、ランサーは口角を上げる。
「証拠……。確かにないな……。けど、ウソなんかじゃない。…………俺が……、見て、触れて、そこに、生きているんだからな!」
 目深に被っていたフードを取って、士郎はランサーを睨みつけた。
 瞠目したランサーは呆気に取られていたが、すぐに笑いだす。
「そんなわけがねえだろう? だったら、何か? お前さん、その聖杯の欠片が悪さをしているってところからやって来たってのか?」
「ああ、そうだよ! 十年後、この聖杯戦争で勝ち残った俺が生きる未来は、すべてが終焉に向かう世界だ! それを変えるために、魔術協会は時空を超える技術を駆使して、過去の修正を試みた。何度、過去に向かって災厄を防いでも、イタチごっこだった。だから、大元を叩こうって話になったんだ!」
 ランサーは笑いを引っ込め、沈黙した。
 士郎の言うことが、あながち嘘ではないと思いはじめているのか、顎に手を当てて考えている。
 やがて、小さく息を吐いたランサーは、ひとり頷き、ぼそり、とこぼした。
「そうか……。それで、そっちの嬢ちゃんも、手を貸してるってことか」
「ええ、そうよ」
 当然でしょ、とばかりに凛は胸を張る。
「はは……」
「ランサー?」
 乾いた笑いをこぼしたランサーを、士郎は訝しげに見つめる。
「悪ぃなマスター。おれは、こういう奴ら、ほっとけねえんだ」
 室内の壁際へと歩き出したランサーは、明らかに戦闘放棄の様相で、壁に背を預けた。
「ふ……、ランサー……」
 言峰は驚くこともなく小さく嗤う。ランサーの勝手な言い分を受け入れるつもりかと思っていたが、
「そこにいる者たちを……、ああ、凛を除くすべてを、殺せ」
 言峰はランサーに再度命じた。
「やらねえって、言ってるだろ」
 言峰の命令などどこ吹く風で、ランサーは従わない。
「これだから、英雄というものは……」
 呆れた口調で言い、言峰は薄い笑みを浮かべる。
「ランサー、自害しろ」
 耳を疑うような言葉が、神父の口から発せられた。言峰の腕が赤く光る。前の命令では使われなかった令呪が使われたことが、その場で息を呑んでいる者たちには理解できた。
 言峰の命令が下された途端、硬直したランサーは、赤い槍を自身の心臓へと向ける。
「っ……」
 たとえ英雄だろうが、令呪の発動に耐えることができるのは、あと幾ばくもない。しかも、ランサーの槍は、心臓を貫くことを得意としている。かつて士郎が身に受けたその槍は、確実に心臓を突き貫いた。
「ランサーっ!」
「マ、マスターっ?」
 士郎が手に魔力を籠めながら、並んだ机に乗り上がって斜めに跳び駆ける。
 この際、行儀も不敬も拘っていられない。とにかくランサーを死なせたくない、ただその一念で士郎は動いていた。
 令呪の縛りから解き放つために士郎にできることは一つしかない。
 時空を超えてここに来てから士郎が一度だけ使った、マスターとサーヴァントの契約すら破棄してしまうキャスターの宝具。
「っく!」
 赤い槍の穂先が、すでにランサーの胸に付いている。
(間に合わない!)
 あと数瞬でも早く動いていれば、と士郎が臍を噛んだとき、
「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」
「え?」
「な……?」
 ランサーの胸には、赤い切っ先ではなく、変わった形の短剣が突き立っている。
「こんなこともあろうかと……、こっそりつけてきて正解だったわね」
 ローブを纏ったキャスターが姿を現した途端、士郎は安堵とともに力が抜ける。
「う、っわ! うわわ!」
 ガタガタと派手な音をたてて、士郎は机上から椅子と机の間に落ちた。
「マスター……」
 セイバーの呆れた声が聞こえる。
「なぁにやってんだ、お前さんは……」
 やはり、呆れ口調のランサーが士郎の腕を掴む。
「はは、悪い」
 身体を引き起こされて、
「キャスター!」
 その声に、びく、と後ずさろうとしたキャスターの手を取り、ぶんぶんと上下に振る士郎に、キャスターはされるがままだ。
「ありがとな! 俺じゃ、間に合わなかった!」
「ちょ、ちょっと……」
「あ、ごめん」