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TWILIGHT ――黄昏に還る3

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 ぱ、と手を離せば、キャスターは少しだけ口元を緩める。
「あなたの言った通り、アサシンは解放したわよ。代わりにランサーと契約することになったけれど……」
「そっか、ありがとな」
「あなたに礼を言われるのもおかしなことだけれど」
「あ、そだな……」
 くすり、と笑うキャスターに、士郎は素直に認める。
「私が賄う魔力では、ランサーの全力は出せないわ。せいぜい、半分くらいね」
「かまわねえ。たとえ、十分の一であっても、やりたくもねーこと、しなくていいならな」
 からから、とランサーは爽やかに笑う。
「な……?」
 短い声がして祭壇を振り向けば、令呪が消えた自身の腕を眺め、さすがに言峰も驚いている様子だ。
「よかったよ。とにかく、言峰(あいつ)がマスターだから、接触のしようがなかったんだ。改めて、協力を頼みたい」
 右手を差し出した士郎に、ランサーは小首を傾げる。
「あ……、握手は、あんたの時代にはなかったかな」
「ああ、いや……、知識として知っている」
 答えながらランサーは、手を引こうとした士郎の手を追いかけ、握手を交わす。
「……なんか、お前さん、他人を疑うことしねえのな、と思ってよ。この近さで、おれが殺すとは思わないのか?」
「この状況で、あんたはそんなことしないだろ?」
 まるで自分のことを以前から知っているかのように言う士郎に、ランサーは、ひょい、と眉を上げる。
「…………ああ、まあ。っつーか、セイバーはさぞ気苦労が絶えねえだろうなぁ」
 苦笑いを滲ませるランサーに、今度は士郎が首を捻る番だった。
「まあ、いいや」
 言いながら、ランサーは士郎を促す。
「ほらほら、セイバーが落ち着かないってよ」
 背中を押され、士郎はつんのめりながらセイバーの前に戻った。不機嫌な顔のセイバーがそこにいる。
「あ、あの……、」
 おずおずと声をかければ、
「マスター! 勝手に走り出さないでください!」
 叱られてしまった。
「ああ、うん、ごめん」
 条件反射で謝る士郎に、セイバーは渋面を隠さない。
「悪かったよ、了解取る暇、なかったから……」
「だからといって! マスターは、無謀が過ぎます!」
「まあまあセイバー、説教は後よ、とにかく聖杯を――」
「何をしている、言峰」
 不意に高慢な声が響き、祭壇脇のドアから入ってくる者に一同、目を向ける。
「ギルガメッシュ……」
 士郎が呟けば、ちらり、と赤い瞳がこちらを見据え、すぐに興味を失ったように逸れた。
「狗を奪われるとはな……。ま、雑種ごときが雁首揃えようとも、たいしたことではないが……」
 静かで、そして高貴な声を、鼻で嗤いながら吐くギルガメッシュの手が赤く染まっている。
「っ……………………」
 それが何か、士郎にはわかった。
「誰が、イヌだって?」
 ランサーが低く唸ると同時、
「て……め、ぇ……」
 総毛立つような感覚を捉え、セイバーがいち早く動いた。マスターである士郎の憤りが、セイバーに伝わってきたのだ。
「マスター!」
 ギルガメッシュに向かって行こうとした士郎の前に回り、その身体をセイバーが留める。
「放せ! セイバーっ!」
「マスター! 抑えてください! あなたの目的は、聖杯の破壊でしょう!」
「っく……、そう、だけどっ!」
 噛み切った唇から赤い血が一筋滴った。
「マスター、落ち着いてください!」
「セイバー、放せって!」
「おいおい、どうしたよ、急に」
「ランサー、マスターを押さえてください! 絶対に放さないよう、しっかりと!」
「く……っ!」
 セイバーに言われて加勢したランサーに羽交い締めにされ、完全に動きを封じられ、身動きの取れなくなった士郎は地団駄を踏む。
「フン、何をやかましく喚いておるのやら……。しかし、セイバー。お前はそのような雑種の相手などしておらずともよい。お前は、我(オレ)とともに来い」
「何をふざけたことを言っているのです、英雄王。私はあなたの僕ではない!」
 士郎を押さえながら、敢然と言い放ったセイバーに、ギルガメッシュは口の端を上げただけだ。
「フ。まあ、よい」
 ツカツカと言峰に近づき、ギルガメッシュは赤く染まった手をその黒い衣服に埋めた。
 ずぶぶ、と生々しい音がする。
「な……」
 一同、戦慄して動けない。
「仕方あるまい言峰。魔術師が他におらぬのではなぁ」
「ギル……ガ、メッ……シュ……」
 驚きと苦悶に満ちた声が、やがて意味をなさない声に埋もれていく。
「さて。ここでは、ちと狭いか」
 変体をはじめた言峰の腕を掴み、ギルガメッシュは中空に浮いた金の波紋の中へと入っていく。ズルズルと引きずられるように言峰であった肉塊が金の鎖に捕らわれ、その中へと消えた。
「…………」
 みな一様に言葉を発することができなかった。
「イリヤスフィール……」
 ただ、呆然と少女の名を発したのは、士郎だけだった。



***

(今にも吐きそうな面だな……)
 アーチャーは目深にフードを被った士郎を垣間見て、不甲斐ない、と張り倒したくなる。
 隣を歩くセイバーがしきりに士郎を窺い、何度か大丈夫か、というようなことを訊ねている。
 まったくもって腹立たしい、の一言である。
 自身が絶対にやり遂げる、と言い出した聖杯の破壊のはずだ。だというのに、何を腑抜けているのか、と苛立つ。
(悲劇の主人公気取りか、たわけめ……)
 自分はこんなにも傷ついているんです、とでも見せつけたいのか、とアーチャーはどうしても士郎に対しては厳しくなる。
 どのみち、こいつはエミヤシロウなのだ、という頭があるのか、この時空の衛宮士郎にしろ、十年先の衛宮士郎にしろ、アーチャーにとって気遣う対象などではない。
(まったく、納得がいかない)
 苛立ちを籠めたため息を冬の空気に紛らせて、夜空を仰ぐ。
 アーチャーの目論見は、なかなか達成できない。何しろ、凛を勝たせようとした聖杯戦争自体が成立しそうにない。そして、アーチャーの個人的な宿願は、万に、いや億に一つの確率で叶おうというのに、その決定打を撃てずにいる。
 苛立つのは、それだけではない。
 この、青年の衛宮士郎の態度だ。
 サーヴァントをいったいなんだと思っているのか。サーヴァントとは、いわゆる使い魔だ。だというのに、士郎は屈託なく接している。
 契約しているセイバーとなら、多少なりとも懇意になるのはわかる。だが、キャスターとも、先ほど合流することになったランサーとも、まるで旧知の者と接しているかのようなのだ。
(確かに、旧知ではあるのかもしれないが……)
 十年前に何かしらの関わりを持ったのだとしても、彼らはサーヴァントだ、人間ではない。そんな、知人や友人のように接するのはおかしい。
(なんだというのか、いったい……)
 アーチャーの苛立ちは、過去の己がこんな奴だったのか? という疑問から派生しているのかもしれない。
 人であった時のアーチャーの記憶はすでに磨り切れている。したがって、確証というものは得られないのだが、こんなではなかったと、微かに感じられるものがある。
 だとすれば、何かしらの変化となる起点が、この十年後の衛宮士郎にはターニングポイントと呼べる瞬間があったはず……。