TWILIGHT ――黄昏に還る3
セイバーは青年のサーヴァントだ。彼がいないのにセイバーがいるわけがない。
「なんだよ……」
話がしたかった。
一人で何もかもを背負ってしまって、辛くはないのかと心配だったんだぞ、と少し文句を言いたかった。
自分の作ったご飯を美味しそうに食べてくれていた、ありがたい、と言って。
最後に交わした言葉は、なんだったかも思い出せない。
大きな仕事を終えた二人を朝食でもてなして、セイバーとは少し話したが、青年とは何も話すことができなかった。
「さよならも、言わせてくれないのかよ……」
彼には彼の事情があるのだということはわかっている。頭では理解できるが、気持ちがおさまらない。
「バカだよな……、衛宮士郎ってさ……」
苦笑交じりに言って、居間へと戻る。何も手につかなかった。テレビがついているから、無意識にリモコンの電源ボタンを押していたのだろう。
そんなことをしていた自分が少し可笑しい。静かな居間が、とても寂しく感じたのだと士郎は言い訳のように思う。
「なんだよ……、あいつ……」
不満げに言ったところで、返ってくる声はない。
どのくらい居間でぼんやりとしていたのか、玄関の開く音にハッとする。もしかして、と思って顔を上げれば、いつものように後輩が居間に入って来た。
「先輩、今日は、カレーですか?」
「え……? あ、うん、そうだけど?」
「いい匂いが玄関までしていましたから」
間桐桜は、寒さからか鼻先と頬を赤くして、ふふ、と笑う。
「……外、寒いか?」
「はい。今日は、なんだか風が冷たくて、耳とか鼻とかが、痛いです」
「そっか、俺が帰るころは、そうでもなかったんだけど…………。カレーにして、よかったな……」
冷え込んでくると予想していたのだろうか、それとも知っていたのだろうかと、そんなことを、ぼんやり思った。
□■□Interlude――黄昏に還る□■□
聖杯の破壊は完璧だった。欠片が残っていないかも確認した。それに、なんといっても二重の結界内でのことだ、この時空に影響はないはずだ。
「万が一欠片が残ってても、アイツが何とかするだろうし……」
人任せにしてしまったことは少し心が咎めるが、士郎には、結局のところアイツは自分だし、という甘えがあった。
「は……、風、冷たいなぁ……。カレーにして、よかったな……」
新都のビルの屋上で還る時を待つ。風は日没に近づくごとに冷たくなってきている。
仕事が終われば、士郎はいつも一人で過ごす。今回は少し違っていたが、自分自身に後腐れを残さないように、いつも士郎は過去の人々との関わりを、仕事が終わった瞬間から一切断つ。
それが自己防衛でもあった。
過去に心を残してしまえば、自身がもたない。そういうことが、この仕事を続けているうちにわかっていった。
「修正は完了したんだし、そろそろ、時間切れだろうな……」
聖杯の破壊という任務の終了から一日半が経っている。帰還は自動制御となっているので、士郎にどうこうすることはできない。
通常、過去の修正が終われば、概ね半日から二日の間に帰還を果たしている。
帰還する直前にはわかるが、こちらからは状況の詳細が、あと何時間か、などという単位でわかるわけではないので、他人と過ごしていて、突然、自身が消えれば、その時空に何かしらの痕跡を残してしまう。いつもは未来から来ていることを公言しないため、そういう予防が必要だった。そのため、士郎は仕事が終われば一人になるのだ。
今回は、初めから過去に来たということを公言していたために、この時空の士郎が望んだ通り、ゆっくり話でもしていればよかったが、続けてきた習慣は、そうそう変えることができないものだ。
「それにアーチャーのこともあ――」
「何をしている」
その声に驚いて振り返る。
「お前……」
赤い外套が、冷たい風に翻っている。
眉間にシワを刻み、こちらを睨む男は、かつての自分に向けたものと同じ殺気を漲らせている。ともすれば、一瞬で喉を掻き切られそうな錯覚を見て、士郎は苦笑いを浮かべた。
「悪いな……」
「何がだ」
「俺が、お前の気が済むまで付き合ってやるって言ったのに、もう、時間ないんだ……。お前の救いをないがしろにしてしまったよな……」
「私の、救い?」
「いや、別に、俺が救ったってことじゃないんだけど…………。お前を犠牲にしても、俺は、やらなければならなかったんだよ、アーチャー」
アーチャーは訝しげに士郎の言い訳を聞いている。
「お前はここで、自分の生きた道に納得するはずだった。だけど俺が、その機会を潰した。だから、」
「なんの話だ」
低く問う声が苛立ちを含んでいる。
「…………うん、まあ……、俺の、過去の話」
「なん……だと?」
アーチャーを真っ直ぐに見ていられず、士郎は視線を落とした。
「ほんとに、悪かったな」
謝れば、近づいてきたアーチャーに腕を掴まれる。
「え? なん――」
「何を言っている! 貴様に、何がわかる! 私の何が――」
「もう、話してる時間、ないんだ、ご、ごめんな!」
動揺していた。だから、時間がないのだと言って士郎は逃げようとしている。
「何を……、言っている、貴様は、私に……」
アーチャーが言葉に詰まっている。
士郎とて、何を言うべきかなど、わからない。
(こうなることは、わかってたはずだ……)
アーチャーには半端に自身の過去を教えて、結局核心は伝えない。そんなことをすれば、アーチャーが苛立つことも、己に問い質すこともわかりきっていたことで、士郎はそれを仕方がないと受け止めるつもりだった。
だというのに、胸が痛む。
自身が変えてしまった過去によって、世界は違う道を行くだろう。だが、目の前の英霊は救われぬまま、延々と殺戮を繰り返す装置という道を歩み続けなければならない。
(俺が……、変えてしまった……。お前は納得して座に還るはずだったのに……)
名残惜しげに沈む夕陽が、鈍色の瞳を赤く染める。
ポケットの中の赤いペンダントを握りしめた。
(遠坂……、こんなもの渡したって、こいつはやっぱり、救われないんだよ……)
還るまでに渡そうと思っていたペンダントは、いまだ士郎のコートのポケットの中だ。
「ぁ…………」
身体というよりも、中身を強引に引っぱられるような感覚を覚えて、士郎は帰還を悟った。
「っ……、戻る時間だ。手を放してくれ」
「待て! 私は何も、」
「悪い、ほんと、お前には、唯一のチャンスだったかもしれないのに、俺は……」
「なぜ、謝る? 貴様は、何を言っている? 私の目的を知っていると言ったな? 私は、お前と聖杯戦争で何をしたのだ!」
「悪い……。放せ」
アーチャーを真っ直ぐに見ることができない。苛立たしげに言い募っていたアーチャーは、諦めたように手を放した。
(この……手を……)
離してはだめだと、そんな気がした。
「……もし…………」
やめておけ、と頭の中で警鐘が鳴っている。
「もし……、どうにもならないんなら……」
けれども、士郎はそう続けた。
義眼を外す。すでに自分の座標が定まっているのならば、もう、この義眼を失っても問題はない。
作品名:TWILIGHT ――黄昏に還る3 作家名:さやけ