スライムの衝撃1~友の声~
方向もわからず、行く当てもなかったが、二匹はひたすらに歩くしかなかった。
乱立する木々を避け、草を掻き分ける。茂みの奥に何者かが待ち受けているかもしれないという恐怖で、ダニエルの心は満たされていく。神経を研ぎ澄ませ、自分たちとは異なる存在の気配を探る。背の高い茂みや木々で二匹の姿が容易く見つからないのは良いが、敵もまた同じ条件だ。気を緩めていると、思いがけずベスと遭遇した経験が何度もあった。だからこそ張りつめた警戒の糸をぴんと張っていなくてはならないのだ。
ほかのモンスターに出会うとしても、スライムかスライムベスのどちらかだ。この森には、二種類のスライムだけが生息していた。
「うふふ」
重い空気に似つかわしくない桃色の吐息に、ダニエルは驚いて隣を窺った。ダニエルの身を焼き焦がす気ではないかというほどのレベッカの熱視線とぶつかる。艶めかしそうに舐める唇が、微かな木漏れ日を受けて色っぽく潤う。
まさか気が触れたのか、とダニエルは心配になった。仲間に追いやられ、頼るツテもないのだから、ムリもなかった。慰めの言葉をかけようと口を開くと、レベッカが先に話しだした。
「これからはずっと、わたしたちだけね。うれしい!」
寄り添うように、体を密着させてくる。
「え? けど、周りは敵だらけだ。スライムさえ、僕たちをベスと間違えて襲撃してくる。さっきのことを考えればね。みんなと一緒だったら、すぐに誤解が解けるはずだけど。ベスがキングスライムになれるわけがないから。僕たちが加わると橙色になってしまうけど、もともとスライムとベスは合体できないわけだし……みんなを責めてるわけじゃないよ。当然の判断だと思う」
「みんなのことはもういいでしょ。わたしだって追い出されて悲しい。でも、この先ふたりが一緒なら大丈夫よ。そんなことより、やっとわたしたちだけになれたんだから……ね?」
甘ったるい声音で囁いて、ゆっくりと目を閉じた。レベッカの不審な行動に、ダニエルは不思議そうに頭頂部の先端を傾けた。微風が青葉を揺らし音を立てさせながら、木々の間を抜けてゆく。
「あっ、そうか! 気づかなくてごめん、眩暈がしたんだね。少し休もうか。そういえば、歩きどうしだったね」
「うーっ!」
レベッカが、これでもかというほどに唇を強く突き出す。
「ん?」
ダニエルは、尖った唇に顔を近づけた。両目を見開いたり、悩ましげに細めたりして、じっと観察する。
「大丈夫、ケガはしてないよ。よかったね!」
「ちがーーう!! そうじゃないでしょ。もうメスのわたしに言わせないでったら。目を閉じて、口をうーってしたら、あれしかないじゃない」
「静かに!」
自然のものではない異質な音を感じ取り、ダニエルは茂みの陰に身を隠した。ただならぬ雰囲気に、レベッカも仕方なく彼に倣い、隣に並ぶ。
前方で、橙色が蠢いていた。ベスだ。緑色の植物が多く生息する世界で、鮮やかな暖色はひどく目立つ。自分たちもそうなのかと、ダニエルは思わず体を見下ろした。
傍らの草木と比べてみて、確かにその通りだと納得した。レベッカと恋に落ちて生まれた美しい橙色。体が触れ合う距離にいるレベッカを、そっと盗み見る。守るべき愛しい存在だ。
ちょうどスライムベスの姉妹が二匹、ダニエルとレベッカの前を通り過ぎるところだった。ダニエルは見つかるまいと息を呑む。
姉のほうが、ぴたりと立ち止まり、ダニエルとレベッカが潜む茂みに鋭い視線を向けた。生い茂る緑を透かすようにして目を細める。どうやら微弱な気配を感じ取ったようだ。
並んで歩いていた姉が消えたことに気づいて、妹のサマンサが振り返った。
「エラ姉?」
「そこにいるのは誰です? 出てきなさい!」
エラ姉の怒声に、ダニエルはごくりと唾を飲み込んだ。
作品名:スライムの衝撃1~友の声~ 作家名:清水一二