秋枯れの歓待
【雷蔵+三郎】
さらさらと流れる風の音と、冷たい空気を頬に感じて、雷蔵は顔を上げた。
太陽の傾きかけている空に、うろこ状の雲が青を覆うように広がっている。
(――…ああ秋だなぁ)
空の様子を見ればすぐわかる事を、改めて五感で感じて、何だか胸が優しい気分になった。
…ついこの間までは、真っ白な雲が空に高々と積み重なって眩しかったはずなのに、忙しさにかまけてしばらく関心をなくしていると、いつの間にか季節は変わっている。
季節の移ろいにも心の移ろいにも、どちらかといえば寂しい印象を受ける空模様のはずなのだが…それに気づいて温かい気持ちになるなんて、変な話だよなぁと雷蔵は苦笑した。
上を見続けて、そろそろ首が痛くなってきた。しかし、雷蔵はどうしてもそのまま空を見ていたかった。
そこら辺に仰向けに寝転がればすぐに解決する事なのだろう…たが、生憎ここは山中で、寝転がるに適した場所ではない。
ふらふらと、より視野広く空を見れる場所を探して、雷蔵は上を見たまま歩いた。
「――おーい、雷蔵~! どこだー?」
口元に手を立て、声を大にして相方を呼ぶ。
三郎は、ちょっと目を離した隙にどこかへ行ってしまった不破を探して、きょろきょろと辺りを見回していた。
(…枝が折れた跡がある。ということは、)
丁度腰の高さにあたる草木の枝が折れ、それが彼の行き先を知らせていた。
本来、忍びならばそんな歩み方はよろしくないのだが、自分の半身とも言える不破は、たまにこうやって居場所を知らせながらどこかに消える時がある。
それは、双忍の術をする身としてはありがたいと思う事もあったが…それにしてもその足取りは無用心すぎた。
(もし万が一、敵に見つかったら…)
常々そう思っていた三郎は、今日という今日こそあの危機感の抜けている相方にひとこと言ってやろうと腹に決めていた。
…森の中を前後左右を確認しながら先に進む。
歩むたびにパキパキと足元の乾燥した木の葉が鳴った。
たまに、頭に巻いた手拭いに枝が引っかかったり、土に収まりきれず地面から顔を出した根っこに足を取られそうになった。
だが、根っこをよけて草履に刺さってしまった枝を抜いて、顔を上げた途端、それまで捜していた人の姿が目に入った。
……その場所には、一本の高いイチョウの木が立っており、周りは開けていた。
未だ緑色のままのイチョウの葉が落ちている中に、彼は寝転がっている。
ふかふかと、夏の名残に緑々とした、草とイチョウの葉の上に悠々と身体を伸ばし、自らの腕を枕にして空を見上げていた。
「雷蔵!」
「…やぁ、遅かったね」
声をかけると、不破はようやく空から視線を切り、にこりと笑ってこちらを見た。「待ってました」と言わんばかりのその笑顔に、三郎は言ってやろうとしていた言葉を飲む。
(ほら、ね)
わかっていたことだけれども、つい半眼になってしまう。
(…いつもそうだ、)
こうやって、こちらが不満になったところで、彼は、わかってるようでわかっていなような態度で微笑むのだ。
「どうしたの三郎、こっちおいでよ」
やわらかい言葉と同様に微笑む不破は、起き上がる気も無いようで、こいこい、と手招きする。
三郎はその手につられて不破の傍まで行き、彼の横にすとんと腰を下ろした。
「――ねぇ三郎」
「ん」
「もうすっかり秋だねェ。雲があんなに高いよ」
「そうだな」
気のない返事をしても不破は気にしない。
嬉しそうに空を見上げる彼に、三郎は隠しもせずにため息を吐いた。
――常日頃、他の人から見れば、自分達の間柄は三郎が振り回して不破が抑えるといったものだろう。
だがしかし、実質は違う。と三郎は思っている。こうやって、彼の行動に言葉に笑顔に、振り回されっぱなしなのは自分なのだ。
「ここ、空が良く見えるでしょ」
「ああ」
「ちょうど夕日が綺麗に見えるし、いい場所見つけたと思わない?」
「そーだなぁ」
緑のままのイチョウの葉を手で弄びながら、三郎は空も見ていない。
「今度、八左ヱ門達とまた来ようよ。八左ヱ門、動物の訓練の場所が欲しいって言ってたし」
「んー」
「兵助と勘右衛門も一緒にさ。勉強の息抜きに丁度いいと思うんだ」
「あ~…だなぁ。でも、そろそろ銀杏が落ちて臭いがひどいことになるぞ」
「大丈夫だよ、その前か後に来ればいい」
「……」
「上手い機会にこれたら、落ちたばかりの銀杏を持って帰れるかもしれないよ。そしたらおばちゃんにあげて夕飯に出してもらってもいいし、炒って塩で食べてもいいし」
「……」
「皆で来ればきっと沢山採れるよ」
「……」
「ね、そうしよう?」
「……うん」
夕陽の橙色が、不破の優しい微笑を、より暖かなものにする。
この暖かさに、どうしようもなく自分の胸の内まで解きほぐされていくのはどうしてだろうか。
本当に、皆、勘違いをしている。
振り回しているのは雷蔵、
振り回されてるのは三郎、
雷蔵は振り回されると、困り顔をする、と思われてるかもしれないけど、
三郎は振り回されると、困った事に、素直にならざるを得なくなるのだ。
「――さあ帰ろうか。皆待ってるよ」
「…ああ、早く帰ろう。きっと待ちくたびれてるな」
二人の影の姿形が連れ添った時、
二人は無意識に目を合わせて、やわらかく笑った。