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秋枯れの歓待

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 ガサガサと、いつの間にか獣道になっていた道を掻き分けながら進む。
 そうしてようやく開けた場所に出た…――

 ――…そこには、瓜二つの二人と、腹を抱えて笑っているヤツと、すましたように姿勢のいいヤツが、大きなイチョウの木の、それぞれの赴く枝に座って談笑していた。


「………っ!」


 ――圧倒、されそうだった。

 その風景を見た瞬間、勘右衛門は動けなくなった。
 それくらい、この山の中で唯一開けた場所に立つ木が、綺麗だったのだ。

「お? あれ勘右衛門じゃないか?」
「あー、やっと来たか!」

 竹谷と鉢屋がこちらに気づいた。

「ははっ。…見とれてるみたいだね」

 葉を頭に沢山つけた不破が、クスクスと笑っている。

「ははっ。おーい、勘右衛門、来いよ!!」

 久々知が、大きく手を振った。
 …でも、勘右衛門は、うまく反応できない。

 ――太陽に透けるイチョウの葉が、眩しかった。

 鮮やか、という話ではない。
 いっそのことチカチカすると言ってもいいかもしれない。
 太い幹には苔生した緑青が蔓延(はびこ)っており、所々から木のごつごつした肌を見せていた。そして、それらに被さるように、白とも黄色とも言い難い、柔らかい色が溢れ返っていた。

「ボケっとすんな! こっちは待ちくたびれてんだぞ!」

 鉢屋の声に、はっとした。
 淡い光のようなその色が、久々知達四人を、覆い隠すようにも見えのだ。

「い、今行く!!」

 急に焦りを覚えて、駆け出す。
 不破のクスクス笑う声が深まった気がした。

「ほら、手ぇ貸してやっから、登って来い!」
「あ、うん…」

 すっと伸ばされた手に、勘右衛門は手を伸ばした。
 しかし、ふと思ってその手をまた引っ込める。

「…八左ヱ門達はどうやって登ったんだ?」

 竹谷に腕をつかまれる前に一歩下がった。

「え〜っと…そりゃ、がんばって?」
「三郎と八左ヱ門は自力で登ったけど、僕と兵助は二人の手を借りたよ」

 そう言った不破はもちろん、鉢屋だって久々知だって、勘右衛門の意図を理解して苦笑した。

「…じゃあいい、俺も自分で登るから」
「え? いいじゃねぇか。ほらっ!」

 一人だけ勘右衛門の言葉をわかっていない竹谷が、無理やり伸ばしかけていた勘右衛門の手を掴んだ。

「あっ!! いいって言ってるだろ!」
「遠慮すんなよ〜さっさと登って来いって!」
「遠慮なんかしてないから! 離せ!」

 互いの腕を引っ張って、言い合った。
 竹谷の向こう側で、不破と久々知が顔を合わせて苦笑しているのが目に入るが、ここは何となく譲れない。

「八左ヱ門と三郎が登れたんなら、俺も一人で登れるって!」
「登れる登れないじゃなくて、せっかく手を貸すっつってんだから、いいだろ!」

 いつの間にか、互いにむきになっていた。
 引っ張り引っ張られするので、木がユサユサと揺れる…


「ええい、うるさい。二人とも落ちろ!」

 ドカッ!

「「あ〜っ!!」」


 木の上で踏ん張っていた竹谷を、鉢屋がいきなり後ろから蹴り落とした。

「ちょ、三郎! いくらなんでも危ない…」
「うわぁ、勘右衛門! 八左ヱ門! 大丈夫か!?」

 不破と久々知のオロオロとした言葉が落ちてくる。
 竹谷が勘右衛門に突っ込むようにして落ちてきたので、二人は一緒に、地面に見事倒れた。
 勘右衛門は後頭部、竹谷は額、そして互いにぶつかり合って、じんじんする。

「馬っ鹿、三郎―!! 危ないだろ! なんて事しやがんだ!!」
「勘右衛門、大丈夫? 頭、打った?」
「……勘右衛門?」

 鉢屋に吼える竹谷、心配してくる不破と久々知。
 しかし、勘右衛門の視界には別の物が映っていた。


「うわぁ…」


 ひらひら、ひらひら、

 と、沢山のイチョウの葉っぱが落ちてきていたのだ。


「すごい…」


 勘右衛門と竹谷が暴れたせいで、幾枚もの葉が降って来た。
 それはもう視界を全て覆うかのように、

 ――ひらひら、ひらひら

 地面に仰向けに倒れている勘右衛門を、埋め尽くしそうな勢いで、

 ――ひらひら、ひらひら



「――………綺麗、だねぇ」



 誰とも知れず、ぽつりと言った。
 気がつけば、五人ともがその様子に魅入られ、木を見上げていた。

「こんなに綺麗に、木の葉は散るんだね…」

 ほぅ、と不破が息を吐く。

「…ああ」
「いいもん見たなぁ」

 久々知が言葉少なに頷くと、竹谷が心底嬉しそうに笑った。

「はは…、勘右衛門と八左ヱ門がイチョウまみれだ」

 鉢屋が、見下ろしながら笑みをこぼした。

「お前が、落としたからだろう」

 勘右衛門はまだ、先程の光景に心を奪われながらも、何とか言い返す。
 見れば、確かに自分と竹谷は大量のイチョウの葉に埋もれていて、寝転がったまま片足だけを上げれば、バササッと音を立てて枯葉が舞った。

「ふはっ、まるで黄色い雪が降ったみたいだ」

 無性に嬉しくなって、勘右衛門はがばっと起き上がると、わさわさとソレを集め宙に投げた。
 ひらひらと、また、木の葉が舞い落ちる。

 ――…その様が、どこか寂しいなんて、

 そう思ってしまったのは、少しだけ浸りすぎたようだ。


「――ほら、勘右衛門。いい加減来い」
「あ、ああ! ごめんごめん」


 先程までの竹谷との抗争を忘れたフリして、勘右衛門は久々知の手を借り木によじ登った。
 その様を見て竹谷がまた喚いたけど、そこはもう笑ってごまかすことにする。

「――やっと揃ったなぁ」
「本当、待たされたねぇ」

 久々知が勘右衛門の手を離すと、不破が服に付いた木の葉を払い落としてくれた。

「お前、来るの遅いんだよ! もっと早く来いよ!」
「八左ヱ門も遅かったくせに、自分を棚に上げるな」

 ぎゃーぎゃーと言いながら竹谷が登ってくると、鉢屋がため息をつく。

「う、うん…ごめん遅くて」

 すっかり、待たせてしまったんだなぁと、勘右衛門は恐縮な気持ちになった。
 …だけど、それと同時に、やっとたどり着いたんだという気持ちが胸にこみ上げてきて、


「あ、ありがとな!」


 嬉しさから、言葉が突いて出た。
 四人の顔が途端にきょとんとなる。

「ずっと、待っててくれたんだよな」
「お、おう…」

 四人の表情に少し恥ずかしくもなった。
 だけれど、勘右衛門が早々に手紙に気づかなければ、彼らはもっと長く自分を待つ羽目になっていたのだ。
 それはもう、もしかしたら夕方まででも夜まででも。


「遅くなったけど…待っててくれて、ありがとう」


 情けないけど、眉を垂れながら笑った。
 …申し訳なさと、嬉しさが同居して、正直どんな顔をすればいいかわからなかった。だけど、四人は照れたように、同じく笑ってくれた。

 ――…この気持ちが伝わったんだ。






『――待ってたよ』



『これからは、一緒だ――』






【完】
作品名:秋枯れの歓待 作家名:祐樹