BYAKUYA-the Withered Lilac-
「このまま食べちゃってもいいけど。こんなに活きのいい食材だ。じっくり楽しみたいよねぇ……」
ビャクヤは一工夫することにした。
「どう料理しよう?」
ビャクヤは、鉤爪を使って影を切り刻んだ。
鉤爪は、鋼鉄のごとき切れ味を持ちながら、まるでゴムのように伸縮自在で、鞭のようなしなりも持っていた。
相手に取り付いた上でその身を刻む、逃れようの無い攻撃が可能であった。
「微塵切りがいいかな?」
ビャクヤは、伸縮自在の鉤爪を振るい、影の四肢を分断した。そして、四肢を失い、身動きのとれなくなった影に止めを刺す。
「それとも八つ裂き?」
両方の鉤爪を突き刺し、そのまま左右に大きく開いて抉った。影はまさに、八つ裂きの刑を受けたかのように、方々に散った。
「あははは……! バラバラだね。上手い具合に一口サイズにできたよ」
散っていった肉片を糸で縛り付け、ビャクヤは鉤爪で刺して影の顕現を喰らっていく。
「これは。思った通りだよ。すごく旨い……」
ビャクヤは影を喰らう。
これまでの小物と全く違い、量も味も申し分ない獲物であった。
頭の部分を喰らったことで、ビャクヤは影全てを喰い終った。
「ふう……満腹満腹。もう食べられないね」
どれほど食べても、全く満たされなかった腹がふくれ、ビャクヤは腹をさする。
顕現、という実物の無いものを喰らったが、ビャクヤの腹は質量のあるものを喰ったかように、満腹そのものだった。
「ここは。ひょっとしたら。神様だかなんだか知らないけど。そんなものが僕にくれた世界なのかな? 現実の食べ物じゃ腹がふくれなかったのに。あの影どもを喰ったら満腹だ。しかも。『この夜』でなら姉さんにも会えた。まさにここは僕にとっての『楽園』じゃないか」
『楽園』、という自分から出た言葉に、ビャクヤは笑いが止まらなかった。
「アハハハハ……! 僕に取り憑いたのは。とんでもなく偏屈な神様らしい! 姉さんと暮らし続けるのが僕にとっては最高の幸せだったのに。変な能力を与えられて妙なものを喰わなきゃいけなくなる。けれどもこれが今の僕の幸せだ! アハハハハハ……!」
ビャクヤは、辺りに全く人がいないことをいいことに、狂ったように笑い続けた。
一頻り笑い終えると、ビャクヤは大きく息をついた。そして不気味な笑みを浮かべる。
「当面の僕の目的は決まった。ここは姉さんと会うことのできる大切な場所。そしてこの腹を満たすための狩りをするための縄張りだ。ここを荒らし回るような輩は許さない。もしもそんな奴が出てきたとしたら……そうだね……」
不意に、喰い残しか、藪の中から例の影が飛び出し、ビャクヤに襲いかかった。
ビャクヤは振り向くことなく、鉤爪を一つ伸ばしてそれを突き刺した。そして目の前に持っていき、糸を巻き付けた。
「……何者であろうとも喰らう。蜘蛛の巣網にかかった獲物同然に。ね」
ビャクヤは、影の顕現を喰らおうとしたが、満腹だったため放棄した。
「キミは運が良かったね。いや。むしろ喰われた方がよかったかな? 悪いけどお腹一杯なんでね。そこで寝ててほしい。永遠に。ね」
ビャクヤは鉤爪をしまい、『夜』を後にするのだった。
それからというもの、ビャクヤは不可思議な『夜』へ訪れては影を喰らい続けた。普通ではない飢えを満たす狩をし、腹を満たすために。
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac- 作家名:綾田宗