オクトスクイド
「本当ですね、じゃあこれで失礼させていただきます。本当にお世話になりました。」
「ええ。お大事にね。」
アオイは救護室から出ようとドアノブに手をかけようとした。しかしあることを思い出し振り向く。
「・・・そういえば、お名前を聞いてませんでした。」
「・・・名乗るほどのものじゃないですわ。ほら、そんな顔しないで?同じ隊員なんだからまた逢えますわよ。その時に、ね?」
わたくしは隊員なのだから、今度会う時に同じ隊員として会いたいとその先輩は言った。
「あなた、会いたい人がいるのでしょう?」
アオイの脳裏にカンナの顔が浮かぶ。ずっと謝りたいと、この2日間後悔していたのだ。
「さぁ、お行きなさい。あなたを待ってくれている人はここにはいないのだから。」
「カンナさん!!」
アオイは走った。彼女に会いたい。早く謝りたい。その一心で。
「アオイ先輩・・・・。」
一人グランドのベンチで黄昏ていたカンナを見つけ、アオイはカンナに頭を下げた。
「ごめんなさい・・!私ったらあなたの気持ちも全く考えずに、自分勝手な事ばっかり言ってあなたを傷つけてしまった・・!」
カンナにぶつけたのは彼女に対する怒りではなかった。自分に対する怒りをぶつけてしまった。彼女は自分を助けてくれたのに、私は一体何という事をしてしまったのであろう。
カンナはアオイを座らせ、神妙な顔つきで自らの足を見ながら言う。
「あたしも先輩を傷つけるような言動をしてしまった事、後悔しています。本当は先輩にこの出会いは運命だっていわれて、凄く嬉しかったんです。釣り合うことが出来ないなんて言ったの、本音じゃなかった・・・。だから先輩の事、放っておけなかったんです。」
カンナはアオイと再度目を合わせる。
「本音じゃなかったらなら、そうしてあの時釣り合わないと言ったんだって顔してますね・・。」
と言ってカンナは深い溜息を吐いた。確かにその通りだった。
「釣り合わないじゃないんですよ。」
カンナは立ち上がった。アオイに背を向ける。彼女はゴーグルを外した。
「釣り合いたくても、釣り合ってはいけないんです。あたしと、あなた達は。」
彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。今まで隠されていた瞳が露になる。
「ああ・・・・・!」
アオイはカンナの素顔を見て驚愕した。
彼女の目は自分たちオクタリアンとは違う、金色の瞳をしていた。目の形やまつげの模様はオクタリアンと同じだが、目の虹彩が自分達と敵対しているイカそのものだった。
「・・・あたしの母は人型のオクタリアンでした。」
カンナはそう言って、空を・・・・地下の空を見上げた。
「母は優秀な戦闘員で、精鋭部隊に入り厳しい訓練に耐えていたんです。でもそれが母自身をすごく苦しめていたらしくて、母は逃げ出すように地上に・・・イカの世界に出ました。そこで、あいつと・・・父と知り合ったんです。」
カンナはもともとキツイ眉を更に鋭く歪める。
「・・・行き場のなかった母を父は助けました。最初は一緒に住むだけだったけど、精神的にも追い詰められていた母は心のよりどころになってくれた父と恋仲になりました。」
ここまでは良かったんですよ。と言い、カンナは自分の前髪を指さした。
「ほら、見てください。この前髪、切れてるでしょう?・・・生まれつきじゃないんです、父に切られたんです。」
特に注目はしていなかったが言われてみれば長いほうの前髪が違い短かく切られた跡があった。
「父は暴力を振るうイカでした。母の弱みに付け込んでわざと優しく接し、頃合いになったとたん本性を出し始めた。望まない妊娠をさせられて、生まれてきたのがあたしです。」
カンナは感情が高ぶり、ベンチを拳で勢いよくバン!!と殴った。
「あいつさえいなければ、母は死なずに済んだのに・・・!!あたしだってこんな目に合わずに済んだんだ・・・・!」
カンナはゴーグルを再度目につけなおした。呼吸は荒くなっており殺意にも似たような、心の底から燃え上がる憎悪の念を宿していた。
「・・・だからあなたはここに来たのね。復讐のために。」
「・・・ええ。そうです。あたしは部隊に入ろうと幼いころから決めていました。心から憎いイカに復讐するために。」
彼女の瞳はギラギラと燃えていた。彼女の心にあるものはただ一つ。復讐だった。
だから彼女は私たちと交流することを拒んだのか・・・いや、拒みたくなくても、そうすることしかできなかったのだ。自分がこの世界で生きていくために。
アオイはカンナの話を聞いていて、少し酷かもしれないが嬉しかった。
「あなたは私と同じ。誰にも求められず、群れることもできない。だから自ら一人になった。」
アオイの脳裏に浮かぶのは自分が昔、訓練や人付き合いについていけず、皆からいじめの対象にされてしまった苦い思い出を。誰も信じることが出来ずに、自分だけを信じて生きていた。
「・・・・ねぇ、カンナ。私があなたと初めて会った時に言ったこと覚えてるかな?」
カンナに助けてもらったあの日。お互いがすれ違ってしまったあの日。
「・・・・・・あなたとあたしがどれだけ似てるかってのはわかりません。」
「・・・・むしろあなたと私は逆かもしれない。でも、」
2人の言葉が、同じ動きをした。
あなたに会えたのはきっと、紛れもない運命だった─
それから一年の月日が過ぎた。
最初はアオイが一方的に話しかけ、それに対してカンナは軽い頷き程度のリアクションだった。それでも話しかけていると、終いにはあちらも心を開くようになり訓練や射撃練習なども教え合い(実際はアオイが教えてもらうほうが多かった)レベルの違いがあれどお互いを刺激しあった。苦しい訓練も二人なら乗り越えられた。
反抗的な態度、少し暴走気味な性格のカンナ。
それに比べて引っ込み気味でバカ正直なアオイ。
世間体はこの二人をカンナが弱いアオイを使い回しにている、と噂になったが実際にはそんなことはなく、正反対の性格だからこそお互いの欠点をカバーしていた。
二人には確かに深い絆があった。
年が近いこともあり、出会って半年が経つ頃には二人の間に敬語は消えていた。
この状態がいつまでも続けばいい。
そう、思っていた。
いつも通りに訓練を終え、部屋に戻ろうとしたその時だった。
副隊長に呼ばれカンナは書類を渡される。それを確認したカンナは固唾を飲みこんだ
あたしが、精鋭に移動・・・・?