愛したいのに、
4 - 僕はここだよ
おういおうい、大きく叫んでみても、誰も振り向いてくれそうになかった。 レプリカといってしまえば容易い俺は、たしかにここでは兄さんの出来損ないのレプリカだった。 彼の面影を追いかけるのは結構だ、だけど彼の面影を俺に求めるのはお門違いだ。 俺が兄さんに勝とうなんていうのもありえない話だ。
昔からのジレンマは、ここでも付きまとう。
「ロックオン・ストラトス」
「おっ、教官殿か」
本当は名前で呼んでしまいたいさ。ティエリア・アーデ。偽 名だってとてもうつくしい名前だと思う。 でも、名前で、兄さんが呼ぶように俺が君を呼んだら、きみはすごく傷ついた顔をするだろう?しただろう? アウェーの地で、ひとりきり、ばかみたいな片思いをして、しかも相手はあの兄さんに惚れた相手で、俺は幻滅されるばっかりで。 報われないにもほどがある。
「ロックオン・ストラトス」
「―――?どうしたってんだよ?」
「……ライル・ディランディ」
捨ててきた本名。カタロンでも俺はジーン1で、ソレスタルビーイングでの俺はロックオン・ストラトス。 もう呼ばれることなどないと思っていたから、好きな声でそれを呼ばれると、意味もなくドキリとした。 意味もなく、期待をした。 (何の、と言われても分からない。何となく、それでも何かを期待した。 ばからしい恋愛に相応しいばからしい思考回路だろ?)
「すまない。頭を冷やしてきた」
彼はそう云うと、いつもの強い意志を持った瞳でこちらを見た。ルビーのような赤い瞳。 その瞳に映る俺は、きっと、いつだって兄さんのフィルターをかけられている。 それならばそれでいい。何もないよりずっといい。
「……そ。こっちも悪かったからさ、謝るよ。悪かった」
「たしかに、僕は君の兄のことを好きだったのかもしれない。でもそれは、今となっては本当にそうだったのかは分からない。 彼が生きているときに、そんなことは考えようともしなかったから。 喪ったものに対する感情なんて、どうやっても時間の作為が入ってしまうものだから、 俺はたぶん、正しい判断をすることはできない。 だから、もういないロックオン・ストラトスに対しての感情の答えを今、ここで出すことは、僕にはできない」
「……うん、そうだよな。そうだよ。サンキューな、こんな駄目な部下のためにそんな真剣に考えてくれて、」
あんたは真摯に残酷なひとことをくれる。兄さんを忘れることはできない。 ロックオン・ストラトスが上書きされることはなく、俺がロックオン・ストラトスに成り代わることもない。 優しさだけでできたその結論は俺にとって、あまりに過酷だ。
それでも、何もないよりは。そう思ってしまう俺はやっぱりばかなのか。
「もういいのか」
そんなばかな俺を嘲笑うのか。
「え?」
「ここにいるロックオン・ストラトスに対しての感情」
捕われた。にやりと笑うルビーに翻弄されてしまう。されたのだろう、兄さんも。直感的にそう感じた。 今まで一方的に羨んでいた兄さんは、実は自分とそう違わない立場にいたんじゃないかと。何となく。
居場所とか、そういうのじゃなくて、ここにいてもいいのか、ぼんやりと思った。 お人好しなこの可愛い教官殿はきっといつか泣いてしまうんだろう。そんなときなら、兄さんの代わりにくらいなってやるよ。
(俺はここにいる、よ)
(2008-12-17)
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