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時皿屋敷

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 その日の夕刻、播磨守は家人に見送られて屋敷を出てすぐにあらかじめ開けておいた裏木戸から、また中に入った。
 襷《たすき》をかけ、鉢巻きを頭に巻く。そして、大刀を腰から鞘ごと抜いて、左手に持ったまま壁に寄りかかるように地面に腰掛けた。
 使わなくなった空井戸のそばゆえに、手入れが行き届かず荒れ放題になっているが、おかげで隠れるところに不自由がない。草木の影に紛れて、播磨守は空井戸をジッと見つめる。
「いったい誰がこのようなことをしでかしたのか?
 いや、まだ何かがあると決まった訳ではない。もし、一晩かけて何もないとわかれば次は、この噂を流したものを突き止めなければならぬ」
 そのようなことを考えながら時は経ち、やがて子の刻(深夜〇時頃)を迎えた。
 壁の向こう側から声が聞こえる。眠りかけていた播磨守は意識をその声に向ける。
「……なんじゃ、夜鳴きそばの屋台の声か。
 しかし、このような武家屋敷が並ぶ場所で二八《にはち》そばの屋台で商売をしても売れぬであろうに。おそらく酔客狙いであろうが……」
 そう思った播磨守の耳に
「おう、一杯くんな!」
 と、威勢のいい声が聞こえた。どうやら、客が来たらしい。
「声の調子からすると、下町の町人のようだが、こんな場所まで何をしに来たのやら」
 播磨守は眠気覚ましに客とそば屋の掛け合いを聞くことにした。

 そばを食い終わった客が
「いやあ、うまかった。いくらだい?」
 と、聞くとそば屋が
「へえ、十六文でさあ」
 答える。
「そうかい。すまねえが細けえ銭しか無えんだ。数えるから手え出してくんな」
 客がそう言うとジャラジャラと小銭の鳴る音が聞こえてきた。
「一《ひい》……ニ《ふう》……三《みい》」
 客が数える度にチャリンチャリンと音が聞こえる。
「四《よお》……五《いつ》……六《むう》……七《なな》……八《やあ》。いま何《なん》時だい?」
 客が時間を訊いてきたのでそば屋は
「へえ、九つでえ」
 と、正直に答えた。
「十《とお》……十一……十二……十三……十四……十五……ほい、十六文。じゃあな、ごっそおさん」
 そう言って、そば屋の
「まいど」
 の声も聞かずに立ち去ったようだ。
 壁の向こう側の顛末を聞いていた播磨守は違和感を感じていた。指を折りながら考えていると、ハタと気がついた。
「あの客、一文を払わずにすませたぞ!?」
 役人として捨ててはおけぬと、裏木戸から出て客を追いかけようと思ったが、今はこちらの方が大事と思い直した。
「それにあのような謀《たばか》り気がつかなかった、そば屋にも問題がある」
 そう自分に言い聞かせて、また空井戸の張込みを再開した。

 またしばらく経った丑の刻(午前二時頃)。播磨守はうつらうつらし始めてきた。
「いかん、どうも昔のように一晩、二晩の徹夜ができなくなっておるな」
 鉢巻を結び直したり、手の甲やふくらはぎをつねったりしながら、なんとか目を覚まそうと努力していた。
 すると、
「……申し訳ありません。おらが、お皿を割りました」
 と、すすり泣く声が聞こえたような気がした。
 その声で眠気を飛ばした播磨守は空井戸に目を向けた。そこには果たして、一人の少女がいた。
 空井戸の上に浮かぶように現れたその姿は間違いなく、手討ちにし損ねた女中のお菊であった。
 大刀を手に立ち上がろうとする播磨守。しかし、思うように体が動かない。
「おのれ、お菊。化けて出たか!」
 叫ぶ、播磨守。声は出るようだ。だが、お菊はそんな播磨守に向かって泣き顔を見せながら、ゆっくりと目の前の皿を一枚持ち上げる。持ち上げた皿を脇に置き、ゆっくりと数えだした。
「一枚……二枚」
 その声を聞きながら播磨守は噂を思い起こしていた。
「皿を九枚を数えると『一枚足りない』と叫んだ」
「その声を聞いたものは、やがて悲惨な最期を遂げる」
「……三枚……|四枚《よまい》」
 お菊は皿を脇に移しながら、なおも数え続ける。
「……五枚……六枚」
 どうする?その瞬間、ハタと閃いた!
「……|七枚《しちまい》」
「いま何《なん》時じゃ!?」
「……八つ?」
 お菊が播磨守の問いかけに答えると、間髪入れずに
「九つ!」
 と、叫びながらお菊が持っていた皿を指さした。お菊は慌てて、その皿を脇にやる。
 播磨守は、ゆっくりと残った一枚の皿を指して
「十《とお》……!」
 と、言った。
 お菊は最後の皿を持ち上げて
「……十枚あった」
 つぶやいたかと思うと、陽炎のように井戸の影に消えていった。
 体が動くようになった播磨守は空井戸に近づいて辺りを見回したが、お菊の姿も皿も見当たらなかった。
 井戸の縁に手をやり、中をのぞき込むが暗くて何も見えない。
 その闇に向かって播磨守がつぶやく。
「……お菊。……馬鹿で助かった」

作品名:時皿屋敷 作家名:黒木政仁