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魔王と妃と天界と・3

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「避難してるならいーんだけどねー……。アイツ守る役の奴が早々にダウンしちゃって、見失ったんだよ。プリニー達や護衛の奴等が探しに行ってんだけど、見付からねーの。わりーけど、見付けたら保護しといてくんない?死んじまったら仕方ねーけどさ、一応教会で暮らしてる仲だしね。勝手に死なれてもなんかアレだし」
 先生は家族っていうんですよ、とか言ってたけど、よくわかんないしさ、と笑いながら。
 何故悪魔などの為に私がそんな事を、と言おうとして。
「……期待はするな」
 出た言葉はそれだった。
 そして、足は既にその場から動いている。
「頼んだぜ、天使サマ!!」
 笑いを含んだ声を背に、ブルカノは舌打ちしながらその場を離れた。




「うおおおおおおおっ!!」
 裂帛の気合いと共に繰り出された一撃が、その影を両断する。
 影は散り散りになり、空気へと溶け消えた。
「くそっ……手応えが無いな……。やはり幻術か何かか……?」
 影はどれだけ切り捨てても湧いて出る。こういったものには何か核となるものが必要な筈だが、目に見える範囲にそれらしいものは見当たらない。
 術者の魔力がよっぽど強く、遠隔操作でもしているのかとも思ったが、それならば少しはその魔力を感じ取れるだろう。それが魔力ではなくとも、力の残滓一つ感じられないのはおかしいと、その可能性を断じた。
 街が何者かに襲われているとの報告を受け、単身飛び出したのはまずかった。自身の姿を認めると同時、この影達が逃げ出したのは、己を誘い込む為だったのだろう。だが、影以外の敵は現れない。
 横手から襲い掛かってきた影を剣の一振りで薙ぎ払い、ふん、と鼻を鳴らす。
「オレ様に喧嘩を売っているのは間違い無いが、姿も現さんとは臆病な奴め。……それとも、別に目的があるのか?」
 脳裏に浮かぶのは己の妻、フロンだ。
 次いでエトナ。マデラスを始めとする教会の子供達。
「……魔界支配を企んでいるなら、オレ様をまず本人の手で倒すべきだろうが」
 ちっ、と舌打ちしながら吐き捨てる。
 結局はそこに行き着くのだろうと結論付けて。
 支配する為、乗っ取る為、見せしめの為の殺戮、皆殺しもありと言えばありだ。一気に邪魔者を始末しようとしているのか、とそう考える事も出来るが、これはあまりに質より量すぎる。
 いつぞや、兄弟悪魔も似た様な真似をした。あれは明確に、フロンを人質にするつもりだったのだろう。
 人質にする以上、命を奪うつもりは無かったのだろうが、それでも血気盛んな悪魔達に襲われるのは決定事項。“保険”が無ければ、無傷では済まなかったに違いなく。
 頭が冷える。感情が冷える。あの時は余裕があったが、今回は正体不明の敵だ。何があるかわからない。“保険”が効くかどうかさえ。
 ……弱点を突くのはいい。それはそれで戦い方の一つなのだから。
 しかし、リスクが高い事も承知してもらわなければならない。
 ラハールは冷たい目で、周りを見渡す。
 黒い影で埋め尽くされている視界。
 それを操る敵らしき者の姿は見当たらないし、やはり核となりそうなものも見当たらない。
「……面倒だな」
 剣を肩に担ぎ、空いた手で魔力を練る。
「……オレ様のモノに手を出すというのなら……」
 口の端を吊り上げ、眼を細め、嗤いながら。
「相応の地獄に招待してやらねばならんなぁ……?」
 クリチェフスコイは妻の為に、妻を殺した相手を封印する事で手打ちとしたが。
 自分はきっと、そうはできないのだろう。
 未熟と言うなら言えばいい。フロンは悲しむだろうが、それでも今の自分には、父の様にはできそうもない。
 それを弱さと言われたとしても。自分はきっと、それでいいと断言してしまうのだろう。
 確信めいた思いを抱き、口角を上げる。そこに含まれるのは、自嘲ではなく。
「……構わんさ。そうはさせない為に、オレ様は強くなるのだからな!!」
 そう宣言する様に叫びながら。
 魔界の魔王ラハールは、凝縮した魔力の塊を拡げ、目に見える範囲全てに打ち出した。





「次の方、どうぞ!!」
 汗を拭いながら、フロンが叫ぶ。
 息は上がり、髪もほつれ、白のレースの衣装も所々焼け焦げ、ぼろぼろだ。
 それでも精一杯に、フロンは声を張り上げ、自分に出来る事をする。
「フロンちゃん!!無理しないで!!アンタがやられたら元も子もないんだからね!?」
 負傷した悪魔達に癒しの魔法を掛け続けるフロンの前に立ち、そう叫ぶのはエトナだ。
 周りを取り囲むのは、魔界では馴染みの無い異形の者達。ラハールが追っていった影とは別のものだ。
 そんな連中と遣り合いつつ、フロンとエトナ、その部下達とプリニー隊は追い込まれていた。
 城から共に出たプリニー達や悪魔達に加え、街の悪魔達も合流して戦っているのだが、如何せん数が違いすぎる。
「参ったわねー……正に数の暴力ってカンジ?」
 冷や汗を流しながら、エトナが軽く言う。しかし、口調の軽さとは裏腹に、状況は随分と悪い。
「バイアスさんなら、美しくないって言いそうです、ねっ!!」
 癒しの魔法を中断し、フロンが気合いと共に結界を張り直す。
 治療を受けた悪魔もそれを手伝うが、基本的には力押しの悪魔達が多い為、あまり役に立っていなかった。
 かと言って、周りを取り囲む連中に向かって行ってもやられるだけだ。
「……バイアス様……」
 エトナが唇を噛む。
 頑張れと言われたのだ。応えたいのに、その力を自分は持たない。
 頑張るなんて自分らしくないけれど、悪魔らしくもないけれど、それでも。
「……あたしが道を作るわ。プリニー隊!!てめーらも来な!!」
「エトナさんっ!?」
「えええええっ!?無理っスよ~!!」
「死んじゃうっス!!」
「ていうか消滅しちゃうっスよ!!」
「うるせー!!あんたらあたしの部下でしょうが!!」
「ダメですっ!!結界から出たら……」
「あたしの力舐めないでくれる?こんな奴等にやられる程マヌケじゃないっての!!」
「でも!!」
「あーあー聞こえなーい!!兵隊共!!あんたらはフロンちゃんきっちり守ってよね!!あんたらどーせ肉壁にしかならないんだから、逃げ出すんじゃないわよー!!」
 エトナの台詞に、怖気づいた者が数名。だが、殆どの悪魔達はそれに文句と非難と不満の声を上げながらも、応えた。
「そりゃ役には立たなかったかもだけどよー……」
「エトナ様ひっでえな!!まぁしゃーねえ、やってやっか!!」
「またやられたら回復頼むぜ、妃様!!」
「ちょ、皆さん、待って……!!」
 フロンの制止の声を聞かず、エトナが結界を飛び出し、斧を振るう。その一撃に一帯の異形達が吹っ飛ぶが、直ぐに開いた場所を埋める様に周りにいた異形達が移動してきた。
 前に異形が立つ度にエトナが斧で、魔力で吹き飛ばすが、数が減った様には思えない。他の悪魔達もその攻撃に加わるが、状況は変わらず、空から降下してくる飛行能力を持つらしい異形に飛び掛られた悪魔の一人が攻撃の勢いに押され、結界の中に押し戻された。
「っ、クソッ……!!」
「どーしよーもねーな……!!」
「大丈夫ですか!!?」
作品名:魔王と妃と天界と・3 作家名:柳野 雫