魔王と妃と天界と・3
「あんま力使うな、妃さん。あいつら、こっちの消耗狙いだろうからな。……あんたが結界張れなくなったら一気に押し潰されんぞ、これ」
その悪魔の言う通りなのだろう。周りを取り囲む異形達は牽制の様な威力の低い攻撃を続けながら、じわじわと追い詰めてくるだけなのだから。
「仕方無いわねー、いってこいプリニー隊!!」
「ひいいいーっスー!?」
「エトナ様は鬼っス!!悪魔っスー!!」
「そのとーり!!あたしは悪魔よ!!」
「そしてペタンコっスー!!」
「よしてめーがまずお空の花火になりやがれーっ!!」
「なんでプリニーさん達はエトナさんへの禁句を当然の様に言っちゃうんですかぁぁっ!!」
「「「お約束っス!!」」」
フロンの悲鳴じみた叫びに、キラーンと目だか嘴だかを無駄に光らせながらハモるプリニー達。
そいつらは笑顔のエトナに無造作に掴まれ全力で投げられ、敵を巻き込みつつお空の花火と化した。
「あいつら馬鹿だろ」
「あのペタンコがいいのに!!」
「黙りやがれロリコン」
好き勝手な事を言いながら悪魔達も奮闘する。
「……こいつら……」
エトナはこめかみに血管を浮かせていたが、状況的にしばく訳にもいかず、八つ当たりも込めて敵に全力攻撃を仕掛けていた。
「こんな所におったか……」
鬱蒼と茂った森の中。
静かに揺れる湖面を見つめていたマデラスの姿に、息を吐きながらブルカノが呟く。
それが安堵からくるものだとは考えない。ただ、私の手を煩わせおって……と口から漏れ出た声に不本意な響きを感じた気がして、口を結んだ。
ゆっくりと、マデラスが振り返る。
常であれば大袈裟と言える程にリアクションを返してくるというのに、その動きは緩慢で、ブルカノを映す瞳にも生気を感じられない。
「……マデラス……?」
不穏な空気を感じる。
不吉な気配がする。
それが何かは判然としない。だが、続く言葉にそれは正しい感覚だったのだと証明された。
「オレは、罪をおかしたんだって」
「……む」
静かな声だった。
それは幼く、舌っ足らずなのに、随分と静かで。
いつもの子供らしい無邪気なそれとの違和感に、ブルカノの眉間に皺が刻まれた。
ふわり、と腕に巻かれたリボンが揺れる。
青のそれは、妙な存在感を持って、ゆらゆらと揺れていた。
マデラスの眼が上へと向いた。どこか、遠くを見る様に。空の果てへと視線を投げながら。
「だから、いちからやり直すんだって」
「……うむ」
どこまで知っているのだろう。どこまで理解しているのだろう。
ブルカノは今更ながらに考える。
罪を浄化し、新たな生を与えたあの魔王と天使は、当人にどこまで、どう話したのか。それとも何も教えていないのか。
少し気にはなる。
だが、それを知ってどうするのか。
魔王と妃を、悪魔達を追い詰める材料になるとでもいうのか。……もしそうだとして、自分はそれを聞きたいのか。
こちらに有利になるのなら、聞くべきだ。知るべきだ。使える武器になり得るならば。
しかしそれを躊躇う己に気付く。
悪魔達を滅ぼすのが望みの筈だ。外見が子供だからといって、それが何だというのか。所詮、悪魔は悪魔であるのに。
(……いや、滅ぼすのではなく矯正してしまえばそれはそれでいいのではないか?魔界をこの私が支配し、清浄な地に……)
教会の悪魔達を直に見て、触れ、関わり、そしてマデラスと交流した為か、ブルカノも微妙に考え方は変わっていた様である。
その方向性が些かアレなのは本人の傲慢さが表れていて、随分と痛々しいが。
しかしその思考も、マデラスの放った言葉に弾け飛んだ。
「だけど本当は、しんで、ころされて、くらい所でずっとひとりで苦しんでればよかったんだって」
「………っ!?」
知らない誰かに言われたのだと。
静かに魔界の空を眺めながら呟くマデラスが。
「……ブルカノ様も、そう思う?」
こちらを向いてそう問うた瞬間、思わず口から迸ったブルカノの言葉に。
不思議そうに目を瞬いた後、へらりと無防備に笑い、次いで眠る様に意識を失ったマデラスの身体を受け止めて。
「………舐めた真似を………」
低い声が、ブルカノの口から漏れる。
怒りと殺気に塗れたその台詞には、それでも悪意は感じられなかった。
「……ふん。魔王の腹心ともあろう者が、無様だな」
せせら笑いは高慢に、高飛車に。
悪魔らしく、魔王らしく。
だがその瞳が含む感情は。
「……言ってくれますねー、陛下。これでも頑張ったんですよー?給料安いワリに!!」
軽口を叩きつつも、その姿は満身創痍といった所だ。
「……っ、はぁ、はっ……。ラハール、さん……。お早い、お帰りですね……」
「……ふむ。そうか?少々遅れた気もするぞ。……お前らの姿を見ているとな」
こちらも同じく。
汗に塗れながらも、顔には笑みを浮かべ、結界を未だ維持している、やはり満身創痍のその姿。
「遅いっスよ~」
「大変だったっス~」
「給料上げろーっス……」
「やかましいわ」
そしてヘロヘロなプリニー軍団を一言で切り捨て。
「おう陛下、妃様は守ったぜ!!」
「まー妃さんの結界無かったら俺達が真っ先にやられてたけどなー」
「おいそれ言うなよ、かっこわりーだろ」
魔王の登場に気が緩んだのもあるのだろうが、こちらも満身創痍ながら軽い空気でわいわいと。
そんな一同に、ラハールは苦笑した。
「……ふ。やはり、お前らはオレ様のモノに足るものだ」
守られるだけな訳が無い。護るだけのものでは無い。
この自分と共に在るモノ達は。
それを改めて思い出し、自覚し、認識し、そして。
「まぁ、オレ様のモノを傷付けてくれた礼はせねばならんだろうがなぁ……」
凶悪に、禍々しく、嗤う。
異形の者達が、気圧された様に下がった。
膨れ上がる魔力。渦巻く圧倒的な殺意。
張られた結界部分は避ける様にして。
くくく、と喉奥で笑い。
「オレ様のモノ達を可愛がってもらった礼だ。万倍にして返してやろうではないか。……さぁ、消えるがよい」
迸る魔力。眼前を埋め尽くす力の奔流。凄絶な笑みを浮かべながらそれを操り、言葉通りに異形の者達を消し去っていく。
──その姿は、正に。
「………パネェな、我等が魔王様はよ」
「まーあれくらいはしてくれないとねー」
「ラハ-ルさん、かっこいいです……!!」
「チビっちゃうっス!!」
それぞれに、言葉は違えども。
「ハーッハッハッハッハーーー!!」
彼等が敬い慕う、恐ろしくも強く誇らしい、魔王のものだった。
「愛ですねっ!!」
「何故そうなった」
魔王城にて。帰還し、合流したフロンとブルカノが話し合いをしていた。
「マデラスちゃんを気に掛け、心配し、毛嫌いしていたわたしに話し掛けるまでにっ……!!正しく愛ですっ!!」
「やかましいわ!!」
このアホ天使が!!とぷりぷり怒りつつも、話を進める為に大きく息を吐いてクールダウン。
「………これは、貴様から貰ったと言っていたが」
「わたしのリボンですね。悪意のあるひとが危害を加えようとすると、それに反応して身に着けた者を守ります」
作品名:魔王と妃と天界と・3 作家名:柳野 雫