魔王と妃と天界と・3
にかっ、と笑う年長組悪魔の言葉に、マデラスも弱々しくはあるが、笑みを見せる。
「俺はそんなのできねーぞ?」
「護衛なんだしそこまで求めてねーよ。いざという時に力減ってるとか馬鹿だろ」
「容赦ねーなお前……」
護衛の悪魔にぽんぽん言葉を投げ返しながら、年長組悪魔がマデラスに魔力を分け続ける。
癒しの魔法を掛け続けながら、ブルカノは目の前の悪魔達に何事か言葉を掛けようとして、
(……何を言おうとしているのだ私は)
それは多分、礼とか、そんなもの。
だがそれもおかしい気がして、そして天使である自分が悪魔へ言うのは憚られる気がして、ブルカノは戸惑い口を噤む。
そして。
「マデラスちゃんっ!!」
「発見っスー!!」
聞こえた天使と、ついでにプリニーの声に、不本意ながらも安堵した。
ラハールとエトナ、プリニーも共に来ていたが、マデラスの様子を見て真っ先に動いたのは当然フロンだ。
マデラスに全力で癒しの魔法を掛け、傷口を綺麗に塞ぐ。
次いで、ラハールが年長組悪魔に倣い、魔力を分け与えた。
「……せんせー……へーか……」
「無事で良かったです、マデラスちゃん……」
「ふん、オレ様が力を分けてやったのだ。……もう心配はいらん」
そう声を掛けるフロンとラハールに、マデラスはにっ、と笑い、うん、と短く返事をして、眠りに落ちた。
傷は回復したが、流石に血が足りなかったのだろう。それでも今は落ち着いているので、もう心配はなさそうだ。
「おー、流石先生と陛下」
「……ふん」
感心した声を上げる年長悪魔とそっぽを向くブルカノに、二人は向き直り。
「やるではないか。貴様が魔力を事前に分け与えていなければ、持たなかったかもしれんぞ」
「……大した事はできてねーけどね」
ラハールの言葉にそう返しながらも、年長悪魔は嬉しそうだった。
「ありがとうございます、ブルカノ様。……マデラスちゃんを、助けて下さって」
「……成り行きだ」
それに、大した事はできていない、と。
素っ気なくもどこか悔しさを滲ませたブルカノの言葉に、しかしフロンはふんわりと微笑って。
「それでも、ありがとうございます」
言いながら、肩と掌の傷に癒しの魔法を掛ける。
「………ふん」
ブルカノは、拒絶しなかった。
「……それにしてもすぐ助け出すとかカッコつけておいて恥ずかしい事になりましたね、陛下」
「やかましいわ!!」
「まあまあ……。マデラスちゃんは助かったんですから、いいじゃないですか。それに、ラスボスさんを倒せばチャラです!!世の中には適材適所という言葉もありますからね!!」
「おいあんまりフォローになってない気がするぞ……」
腹心に突っ込まれながら、妃に微妙なフォローをされながら。
魔王達はある情報を得たとかで、そちらに向かっていった。
ブルカノと年長組悪魔、護衛悪魔にマデラスの事を頼み、連れていたプリニーも置いて。
「先生達は働き者だなー」
真似できねーや、と苦笑しながら呟く年長組悪魔は、マデラスに魔力を分け与えた為か、地面に座り込んでいた。
その様子に息を吐き、ブルカノが自身の癒された傷を確かめる。完全に傷口は塞がっていた。複雑ではあるが、癒しの魔法は流石だと言わざるを得ない。
ふと、疑問が生じた。あの時はそんな事を気にする余裕は無かったが……。
「……しかし、何故あの傷がマデラス本人の手によるものだとわかった?私が負わせたものだとは考えなかったのか」
「え?」
ブルカノの問いに、年長組悪魔はきょとん、としてから、ぶはっ、と吹き出した。
「……何故笑う」
「何故も糞もねーだろー。あんな必死こいて癒しの魔法掛けてる奴が、そんな真似するかよ。まぁ、事故か何かでやらかしたって可能性もあるけど、それより抜けてるマデラスがやらかしたって考えるのがフツーだろうよ」
けらけら笑いながら、年長組悪魔が軽く言う。
「大体さー、ブルカノってなんだかんだ言っても、攻撃とかしてこないじゃん。ぶち切れて怒っても、ムキーッて一人で地団駄踏んでる感じで」
「……立場というものもあるからな。第一、ガキなんぞに攻撃などできる訳ないだろうが」
「これだもんなー。やっぱ天使なんだよな、ブルカノも」
「……む」
「見た目こっええけど!!」
「やかましいわ!!」
年長悪魔は、変わらずけらけら笑っている。
ブルカノはふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くが、胸中は複雑だった。
言われた言葉は予想もしていなかったもので。
自分を天使と認め、そしてそのありのままを受け入れているもので。
自然すぎて、当たり前すぎて、自由すぎる連中のその有り様に、苦笑が漏れる。
──存在自体赦されざる邪悪!!
──悪魔など、魔界ごと滅ぶべきだ!!
──悪しき者共め!!
……そう叫んでいた己こそ、愚かしい存在だったのだと。
ブルカノは自覚し、認め、呑み込んだ。
作品名:魔王と妃と天界と・3 作家名:柳野 雫