魔王と妃と天界と・3
確かめる術は当然持っていないのだけれど。
(……とにかくどうにかしなければ……)
取り敢えずそれらは横に置いておくとして、今はこの状況の打開だ。
しかし策は無いし、良い考えも浮かばない。
(くっ……せめて私の力が完全であれば……!!)
未だに力は戻っていない。最低限の力はあれど、本来の力は使えない。
(………どうする!?)
マデラスは闇雲に剣を振り回し、その動きはちぐはぐで捉えどころがない。操られているだけあって、無理な体勢から攻撃を繰り出し、予測のつかない動きをしてくる。
そして、本人の体力も能力も超えて無理矢理動かされているのだから当然だが、その身体は悲鳴を上げていた。
更には許容量を超える魔力も呪いとしてその身に注がれているのだろう。どこまで雑にされたのか、荒れ狂う魔力がその身体を今にも破壊せんとばかりに、動く度に肉が裂け、血管が切れて血が噴き出し、ぶちぶちと筋肉だか筋だかの断裂する嫌な音が聞こえてくる。
「くっ……このままでは……!!」
焦るブルカノの目の前、腕の血管が切れたらしく、振った腕の動きに合わせて血が舞った。
目に入りはしなかったものの、その光景に思わず歯噛みし、霞む視界に目を細めた瞬間、
「ぐっ!!」
ざくり、と肩に剣が突き刺さった。
振り切る事無く途中で不自然に止まり、瞬時に突く動きへと変わったマデラスの腕によって。
そしてそのまま深く押し込もうとして。
「ぬあああっ!!」
肩に食い込む刀身を素手で掴み、気合いの叫びと共にそのまま刀身を砕いたブルカノの手に阻まれた。
砕け散る金属片と、それに混じるブルカノの血飛沫。
己のものには何の反応も示さなかったマデラスが、ぎしり、と止まる。
舞う赤から、目が離れない。
血。赤色。鮮やかなまでの、血の赤。目に映るそれは、いつかどこかで見たそれ。
浄化された罪は、その内には無い。だが、それでも。
この光景を作り出した己を、知っている。
「あああああああああ!!」
「マデラス!?」
それは自分ではない。だが、それでも己だ。
──以前の貴様はそれだった。穢れ、醜く、嫌悪され、侮蔑され見下され嗤われながら潰される。それが貴様だ!!それが貴様の運命だ!!
誰かの声が聞こえた。
そして。
──さあ殺せ以前の貴様と同じく憎み恨み殺しながら、貴様も共に殺されろ!!
手に質量を感じる。いつの間にか握られていたのは斧。
これを振り、そしてまた血を撒き散らせという命令の声に。
(やだ!!)
心の中で叫ぶ。
完全には理解していない。その声の主だって把握していない。ただ、心のまま、本能のままに拒絶し、そして己の望むまま動く。
「マデラス……!!よせっ!!」
切羽詰ったブルカノの声を遠くに聞きながら。
(ああ、やっぱりブーちゃん、天使なんだ)
せんせーと同じだ、と思いながら、マデラスは笑む。
その叫びには、自身が慕う“せんせー”が自分を呼ぶ時と同じ何かが、確かに含まれていた。
(せんせーは愛ですよって言ってたけど、よくわかんないなぁ)
どこか呑気にそう思いながら。
マデラスは手にしていた斧を、思いっ切り己の足へと振り下ろした。
「……だって、せんせー、言ってた。絶対に、ゆずれない事があるなら……全力で、がんばらないといけないんだって」
「頑張る方向が盛大に間違っておるわ!!」
癒しの魔法を掛けながら、ブルカノが叫ぶ。
流れ落ちる汗と、ぞんざいに血止めしただけの自身の傷はそのままに。
そんなブルカノを眺めながら、マデラスが口を開く。
「………ブーちゃん、いたくないー……?」
「痛いわボケが!!いいから貴様は黙っておれ!!……いくら呪縛を破る為とはいえ、ここまでする必要はないだろうが!!」
「えー……。あし、なくなれば追えないし」
「命が終わるだろうがアホウが!!」
「えー……」
「いいから黙れ!!」
怒鳴られ、むう、と唸るマデラスの顔は蒼白だ。声に力も無く、身体もろくに動かせない。血が足りないし、物理的にも難しいだろう。
体勢も威力も後の事も何もかもを考える事無く、思い切り斧を振り下ろした結果、片足が腿辺りからぶった切られ、皮一枚で繋がっているという有様になっていた。
そりゃもうブルカノも己の傷を放って全力で癒しの魔法を掛ける程度には酷い傷である。
ブルカノは天使として一応癒しの魔法は使えるが、フロン程得意ではなく、その力の大部分も封じられている状態だ。
今も全力で掛け続けてはいるものの、傷口からの出血を止めるのが精一杯だ。他の傷を一旦置いてこの足の傷のみに集中していても尚、この大きすぎる傷を完全に塞ぐのは、今のブルカノの力では難しかった。
更には、無理矢理自力で呪いを解いた為か、注がれていた魔力も消失している。呪いが解かれた際に自身本来の魔力も抜け出たのか、急速に死に向かっている事が感じられた。
「ぐうぅっ……!!」
口惜しさに呻きが漏れる。
子供一人救えない天使の滑稽さに、吐き気と笑いが込み上げてくる。
このままいけば発狂し、哄笑を上げながら己を殺しそうな程度には追い詰められていた。
「うおっ、ひでーなこりゃ」
「物の見事にぶった切ったなー、マデラス」
と、耳に届いた声に弾かれた様に顔を上げ。
目に映ったのは、教会で護衛として働く悪魔の一人と、マデラスの事をブルカノに頼んだ、年長組の悪魔の子供。
「……貴様等……」
「よ。ほっとくのも何か落ち着かなくてさ」
「それに付き合わされる俺は一体……」
「護衛なんだから仕事しろよ。……マデラス、生きてるかー?」
「……うん……。でも、あし、くっつかない」
「そりゃあそこまでの傷だとなー……。もう切り落として傷口焼いておくか?取り敢えず血は止まんだろ」
「うおおい!?」
恐ろしい事をさらりという年長組悪魔に、思わずブルカノが声を上げた。
「今癒しの魔法掛けとるだろうが!!」
「だって傷治んないじゃん。ブルカノもすげー疲れてるみたいだし、無理じゃね?」
「諦めるな馬鹿者ォ!!」
「いーから、傷口はくっつけとけ。悪魔はタフだからな。運が良けりゃ自己再生すんだろ。癒しの魔法掛けてんだし」
「貴様も雑すぎるわ!!薬草か何か持っておらんのか!?」
「魔界にそういうのはあんま生えねーからなぁ……」
眉根を寄せる護衛悪魔の傍ら、何事か思い付いた様に、年長組悪魔が口を開く。
「じゃあ魔力分けるか。先生に教えてもらった事あんだよ。癒しの魔法とは違うけど、まぁ生命エネルギー?とかいうのの補填になるとかなんとか?バイアスが詳しく説明してたみたいだけど、わかんね」
「アバウトォ!!……それは信用できるのか?」
「さー。とにかく、何もしないよりはマシなんじゃね」
口調は軽い。適当でふざけた態度で、それでも年長組悪魔はマデラスの手を握り、自身の魔力を送り始めた。
無理に注がれた呪いの様な魔力とは違い、それは癒しの魔法と融和しながらマデラスの身体にゆっくりと浸透していく。
「……にーちゃん……」
「おう。まぁ、俺がこんな事言うのはらしくねーかもだけど、頑張れ」
「……うん……」
作品名:魔王と妃と天界と・3 作家名:柳野 雫