Never end.3
確かに、過去にホワイトベースを追い詰めた彼は、例え味方の艦が沈もうとも、目的を達成する為ならばやむを得ない、というスタンスだった。
「だから…俺はそんな暴挙を止めたい…。もしも説得する事でそれを防げるならば、そうしたい。しかし、説得が無理なら力尽くでも止める!」
「アムロ…」
「だからさ、ブライト。その時は連邦に戻って、ブライトの下で戦いたい」
「しかし…彼と戦う事になるんだぞ?」
「そうだな…それでも…俺はあの人を止めたい…。例え、互いに刺し違えてでも止めてみせる!」
「アムロ!」
真っ直ぐとブライトを見つめるアムロの瞳は、既に覚悟を決めていた。
ブライトは、そんなアムロになんと言えばいいか分からず、唇を噛み締める。
「…馬鹿野郎…!」
「ごめんな、ブライト…。これだけは譲れないんだ…。出来ればそんな事にならないように説得してみるから…」
「…ああ、そうだな…」
ブライトの返事を聞くと、アムロがカーテンへと視線を向ける。
「ジュドー、すまない。待たせたな」
ジュドーは突然名前を呼ばれ、ビクリと肩を震わせながらもカーテンを開ける。
「ジュドー…お前、今の話…」
驚くブライトに対し、落ち着いた目をしたアムロが、ジュドーの存在に気づいた上で話をしていたのだと気付く。
「ジュドー、お前がこの間見た男がシャアだよ。すまなかったな、変な気を遣わせてしまって」
柔らかく微笑むアムロに、ジュドーが複雑な表情を浮かべる。
「クワトロ大尉?シャア?シャアって…赤い彗星のシャアの事?」
「ああ、そうか。紛らわしいよな」
クスクス笑いながら、アムロがその事を説明する。
「なんだそれ、訳わかんないよ。その人、エゥーゴを捨てて…アムロ大尉の事も置いて姿消しちゃったんだろ?」
「そうだな…」
“納得できない”と言う顔をしながらも、ジュドーにはアムロの想いがひしひしと伝わってきて、認めざるを得なかった。
「そういえば、ブライト。さっきプルの事で俺に話があったんだよな。途中になってしまってすまない」
アムロが思い出したように、デッキでの会話の続きをブライトに促す。
「あ、ああ。…しかし、大丈夫か?」
さっきのアムロの状態を思い出し、ブライトが躊躇する。
「さっきは取り乱してごめん。もう大丈夫だよ」
「そうか…。実は落ち着いたら、プルを地球のセイラの元に預けようと思うんだ」
「セイラさんの所?」
「ああ、怪我の療養もあるが…なんとか普通の子供のように生きてもらいたいと思ってな。そこでメンタルについても治療させたいと思う」
「地球で治療を?」
「ああ。それで、時々でいいから、お前に様子を見に行って欲しいんだ。あの子はお前に懐いているし、きっと力になれるかと思って…」
『アムロの遺伝子を引き継いでいるのなら、きっと心の支えになれるだろう…』
ブライトは、密かにそんな事を思う。
しかし、アムロは、チラリとジュドーを見つめ、少し思案する。
「それは構わないが…あの子には“刷り込み”と呼ばれる意識操作がされている。だからマスターとなる人間から離れると、精神が不安定になってしまう」
“マスター”と言う言葉に、ジュドーがピクリと反応する。
現状、プルのマスターはジュドーだ。
おそらくはグレミー・トトがマスターだった筈だが、なぜか今はジュドーをマスターと慕っている。
その共依存関係は、思った以上にプルの精神安定の材料となっていた。
「ああ、だからその辺りも調べて貰って改善できればと思うんだが…」
遺伝子レベルでの刷り込みが、どこまで改善出来るかは分からないが、ジュドーやプルの将来の事を考えれば、このままで良い訳はない。
「そうだな…。いっそ俺がマスターになれれば良いんだが、おそらくプルが俺に懐いてるのは何処かで俺の遺伝子を感じたからかもしれないし…」
「え?どう言う事?」
ジュドーが話についていけず、疑問の声を上げる。
「プルには、俺の遺伝子データも組み込まれているかもしれないって事だよ」
「え?」
「俺が被験体をしていたオーガスタ研究所には、ジオン訛りのある研究者がいた。おそらくそれがフラナガン博士だ。正直その頃は意識が朦朧としてたから自信は無いが、間違いないと思う」
「被験体?…」
「ああ、俺は戦後二年くらい、地球のオーガスタ研究所でニュータイプ研究の被験体になっていたんだ。そこで採取された体組織を使ってクローンを作ったんだろう」
「意識が朦朧って…」
「…まぁ…研究者って言うのは…エキセントリックな人が多いからな…無茶な事をされてたからさ、後半はあんまり意識がはっきりしてなかったんだ」
事も無げにアムロは語るが、それがどれだけ非道な実験だったかを知るブライトは、拳を強く握りしめる。
その実験で、アムロは死にかけたのだ。
ようやく研究所から出された時、身体は痩せ細り、意識不明の重体で…何日も生死の境を彷徨った。
ブライトの様子と、以前ルーやエルが言っていた、言葉を思い出し、ジュドーはアムロがそこでどんな扱いを受けていたかを察する。
「…アムロ大尉…」
悲痛な表情を浮かべるジュドーに、アムロが優しく微笑む。
「昔の事だよ」
しかし、その事実がアムロの心にどれだけのトラウマを植え付けているかを、さっきの発作で思い知る。
決して、昔の事では無いのだ。それは今もアムロの心を蝕んでいる。もしかしたら身体にも…。
「昔の事ではありませんよ。アムロ大尉の身体にとっては現在進行形です」
ジュドーの後ろから、ハサンが顔を出す。
「ハサン先生…」
「今回の過呼吸の発作もですけど、まだまだ残存薬物の影響で色んな症状が出ているでしょう?最近疲れやすいのも、肝臓が弱っているからですよ。それに薬も効き難い。艦から降りても引き続き治療は続けて下さい」
ハサンがアムロを起こし、診察を始める。
「対処が早かったお陰でチアノーゼも治っていますね。ジュドーくん、お手柄だ」
「へへ…」
「やはり、残存薬物によって、肝臓の解毒作用が追い付いていないんでしょうな…」
ハサンがアムロを診察しながら呟く。
「でも、以前に比べたら随分体調は良いんですよ?」
「以前が酷すぎたんですよ」
ハサンに呆れながら答えられ、アムロがバツが悪そうに肩を竦める。
「本当に、よくモビルスーツに乗っていられたものだ。カミーユ君の事で、宇宙に上がらなかった事を悔やんでいるようですが、実のところ、“上がれなかった”のではありませんか?」
ハサンの指摘に、アムロは少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐに目を伏せ、小さく首を横に振る。
「…それでも…俺は上がるべきだった…戦えなくても…あの人の側に居ればもしかしたら…」
「アムロ!何でもかんでも背負い込もうとするな。彼を引き留められなかったのは俺の責任でもある!」
「ブライト…」
「さぁ、話はこれくらいにして。とりあえずアムロ大尉、今日はこのまま、ここで休んで下さい。後で薬を処方しますから」
「はい…」
ハサンにその場を収められ、アムロが渋々ながらも従う。
ブライトとジュドーも、二人で顔を見合わせた後、ハサンにアムロを任せ、医務室を出て行った。
一人になり、アムロはそっと目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、シャアの縋るような青い瞳。
作品名:Never end.3 作家名:koyuho