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MIDNIGHT ――闇黒にもがく4

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MIDNIGHT――闇黒にもがく 4


□■□Eight night□■□

「最近、藤丸が来ないな」
 点滴の時間に訪れた医療スタッフに、珍しく士郎は話しかけてみた。
 日に一度、何を話すこともなく、顔を見せて挨拶だけをしていく者が、ぱったりと来なくなれば、少し心配になるというものだ。
 それに、エミヤも顔を見せない。食事はスタッフが運んで来るが、彼の作ったものではないと明らかにわかる。
 エミヤにいたっては、日に必ず三度は顔を見ていた。
 毎度、不機嫌な顔を見ないといけないから鬱陶しい、とは思っていたが、立香同様、姿が見えないと落ち着かない。
「アーチャ……、あ、いや、エ……エミヤも、来ない、けど…………?」
 英霊であるその名を口にするのは、どうにも居心地が悪い。自分だって衛宮なのにと、変な感じがしてしまう。
(ああ、でも、この世界にはちゃんとした衛宮士郎がいるから、俺は、衛宮士郎だともいえないのかもしれない……)
「立香くんたちはレイシフト中だから、今は留守だよ」
「レイ……シフト?」
「あれ? 知らない? 誰も話してない? それとも、意識のないときに話してたのかな? 彼は人類最後のマスターとして、人理修復を成そうとしているんだよ」
「人理……修復……?」
「そ。2016年を最後に人類の未来は焼却される、ってね。それで、今、このカルデア以外はきれいさっぱり消えてしまっているんだ」
「え……?」
「あっれぇ? みんな、なんにも説明してないの? 今この世界に残っているのは、ここカルデアだけなんだよ。それで、立香くんたちがレイシフトで向かった先で人理を修復し、人類史の焼却を覆そうってわけ。ほんっと、あんな事故とかなければ、立香くん一人が背負うことなんかなかったのに、マスター候補だった優秀な魔術師は軒並み凍結治療になったからさぁ……」
 点滴の調節を終えて、バイタルサインをチェックし、立香くんも大変だよね、と苦笑をこぼした医療スタッフは病室を出ていった。
 呆然と閉まった扉を見つめる。
「人類史の焼却……? 人理修復……? このカルデア以外が……なくなった?」
 ならば、未来は?
 己が必死に変えた未来はどうなったのか?
「ワグナーは? 遠坂は? 桜は? みんな、どこに……」
 なぜ、自分はここに残っているのか。
 どうして、彼らが消え去っているなどということになっているのか?
「そんな、バカな……。俺、担がれてるのか? なに? 今日って、エイプリルフール、とか?」
 そんな、呑気なことではないと頭ではわかっていたが、認めたくない気持ちが先に立って、士郎はくだらない期待を抱こうとしてしまう。
「は……? な、なんで……?」
 いったいどういうことなのか。
 ダ・ヴィンチは、ここはカルデアだと言った。それ以上でも以下でもない、と。
 では、カルデアとはいったい、なんだ。
 考えてみても、士郎に答えを出す知識はない。初めて聞く名だ。魔術協会に属する施設だということはわかる。だが、その目的や、この施設のできた経緯など、知る由もない。
「サーヴァントが召喚されていて……、そのサーヴァントが何をしているのかなんて、俺にはわからない……」
 士郎の世話をしているエミヤも召喚に応じたのだろう。彼は霊長の守護者というものではあるが、英霊という括りになるため、サーヴァントとして聖杯戦争に参加していた。であれば、エミヤがたまたまここにいた、というのではなく、召喚されたということは明らかだ。
 だが、マスターはといえば、藤丸立香としか面識はない。士郎が知っているのは、エミヤとダ・ヴィンチというサーヴァントだけだが、ならば、マスターは二人いなければおかしい。
 先ほど、スタッフは“立香一人”と言った。マスターとサーヴァントとは一対一の関係だと士郎は認識している。したがって、魔術師が複数のサーヴァントと契約をする、ということはないはずだと思っている。
「藤丸がものすごく優秀であれば、別だけど……」
 士郎とて他人を評価できるほど魔術師として立派なわけではない。だが、藤丸には、凛や桜のような強さは感じなかった。
「俺と大差ない……、どっちかっていうと、落ちこぼれって言ってもいいくらいで……」
 優秀な魔術師の家系で、所謂名門と呼ばれる血筋ではない。どちらかと言えば、一般人に近い方だ。
「俺も他人のことを言えたものでもないけど……」
 そんな立香が最低でも二体のサーヴァントと契約している、というのは、士郎でもおかしいことだとわかる。
「と、とにかく、どういうことか、説明を……」
 ベッドを下りようと足を下ろす。足が床についた途端、ズルズルと滑るように座り込んでしまった。
「え?」
 足に力が入らない。ロクに腰も上がらない。
 今やっと士郎は気づく。自身がまともに歩くこともできないことに。
 ベッドに起き上がることはできるようになっていた。が、一人で立ち上がったことはなかった。いつも、トイレやシャワールームまでは、偶然現れるエミヤが介添えしてくれていた。
 自分自身が歩いていると、動いていると思っていたのは、気のせいだった。
 士郎は何一つ、独りではできないのだと今さら気づいて、呆然自失もいいところだ。
「なんで……、俺……、いや、それより、」
 今は、満足に動けなくても、どういうことなのか、とにかく話を訊かなければならない。おそらく詳しいことを知っているのはあの天才だ。だが、士郎は居場所を知らない。
「ア、アイツ、なら、厨房に……、……あ、いや、いない、のか?」
 士郎に運ばれてくるのは、エミヤの作った食事ではなかった。日に三度以上は見る姿をこのところ見ていない。
「どこに……、行った……?」
 四つ這いすらまともにできず、どうにか這いずって扉へと向かう。
 行く当てなど定かではないが、廊下を行けば誰かが見つかるかもしれない。そうして訊けばいい、人理修復とは、人類史の焼却とは、レイシフトとは。
 点滴の針が抜け、液が漏れて床に溜まっていくが、そんなものを確認している暇はなかった。
「っはぁ、っ、はぁ……、はぁ……」
 鼓動が全力疾走の後のように激しい。息苦しいが、今はどうでもいいことだ。とにかく、どういうことなのかが知りたい。
 今、自身が置かれている状況は、いったいなんなのか?
「俺、過去を、変えて……」
 そうすれば、未来が変わった。
「……俺のしたことは、なんだったんだよ!」
 憤りを、床に這いつくばって吐き出した。
「俺は、セイバーの気持ちを躱して、みんなを巻き込んで、アイツを犠牲にして、イリヤスフィールを見殺しにしてっ!」
 だが、そんな過去を擁した未来のすべてが消えてしまった。
「全部、消えた……?」
 冗談じゃない、と思うが、今まであの天才がはぐらかすように語ろうとしなかったのは、こういう事実があったからだ、とわかってしまった。
 病人のような士郎に気遣って、困惑させないようにと、みなに箝口令を敷いていたのだ、と……。
 やりきれない。
 そんな腫れ物のような扱いを受けていたことが恥ずかしい。まだ十代の立香にすらそんな気遣いをさせたダ・ヴィンチを恨みたくなる。
(アイツも……)