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MIDNIGHT ――闇黒にもがく4

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 エミヤはどんな気分で己の世話係をしていたのだろうか。それを思うと、悔しいやら、いたたまれないやらで、穴にでも閉じこもりたい。
(最低だ……)
 地下洞穴で最後に背中を預けて剣を振るった。一瞬でも楽しいと思った瞬間だった。
 だが、あの時間があった世界は、もう、どこにも存在しない。
(アイツは、なんて思っただろう……)
 恥ずかしさがこみ上げたが、すぐに気づく。
(そっか……、アイツは、覚えてない……)
 ほっとするにはしたが、新たに気づいた。
(俺は……誰の記憶にも残っていない……のか……)
 自分は、世界のどこにも存在しなかったのと同じだ。
 それは、どうにも悔しい。悔しくて堪らない。
 あんな未来なら、ない方がいい、なくていいと思い、すべてを引き換えにして掴んだ未来だったというのに、今、どうして悔しいと思うのだろう。
 自分の功績を認められないことに憤ってでもいるのだろうか。そんなことは、思ってもみなかった。
 いや、思ってはならないのだ衛宮士郎は。
 だというのに、なぜ……。
 今、思ったことを打ち消そうと頭を振る。
「違う! そんなこと、思ったりしない!」
 自分は未来を変えるだけでいいと、それだけを考えていたし、見返りなど求めていなかった。なのに、今そんなことを思っているとは、とゾッとする。
(い、いや……、どのみち、俺は、あの世界で、存在しなかった衛宮士郎だ……)
 結局、どこにいても同じ。このカルデアでも、あの魔術協会の高層ビルでも、あのポッド中にいても、自身の存在はなかったことになっているのだ。
(人類史の焼却……。だけど、俺は……、この衛宮士郎は、どこにもいらない、いる必要のない……存在……。俺が望んだ未来すら消えて……)
 結局、自分のしたことは意味などなかったのだ。
 聖杯を壊して未来が変わっても、世界そのものが失われてしまったのなら、士郎がやり遂げたと思っていたことは、白紙と同じ。
(何も……できてなんか、いなかった……。ああ、そうか……。俺は……、もう、いいのか……)
 だったら、と瞼を下ろす。
 このまま、終わればいいのだと。
 必要のない人間など、ここにいては厄介なだけだ。
 人理修復に勤しむ彼らの手を煩わせてはいけない。
 医療行為を無償で受け取る資格は己になく、その上、ここは孤立無援で、物資には限りがある。士郎が受けた恩恵のせいで、誰かが不利益を被るような事態は、あってはならない。
 冷たい床が頬を冷やす。
(寒いな……)
 ポッドの中でずっと思っていた。
 寒い、寒い、と。
 あれは、寂しいの間違いではなかったかと、そんなことを思う。
(そ……っか……、俺は、寂しかったのか……)
 過去を変えても、誰も知らない。
 そんなことはわかっていたはずだ。修正係の仕事は、いつもそういうものだった。
 “やりきれないよな……”
 同僚がこぼした言葉に、士郎は曖昧に頷くことしかできなかった。何しろ、同僚が過去を修正したために、元々あった現在の災厄はなかったことになっていたから。
(そっか、こういう感覚か……)
 今さら同僚の気持ちがわかっている。
(俺も鈍いなぁ……)
 自嘲の笑みがこぼれた。



■□■Interlude Fretfulness・・焦燥感■□■

 私は甘かったのだと思う。
 衛宮士郎が何を考え、何を思うのか、想像すらできなかったのだ。
 思えば、私は衛宮士郎を知ろうともしなかった。
 あの黄昏に消えた後、アレがいったい何を考えて生きていたのか。
 封印指定だと何もかもを諦めて生きていたことを、私は欠片も気づきはしなかった。
 諦めの悪い男が、諦めていた。
 それがどういうことになるか、など、容易に想像がつくというのに――――。



「今回もお疲れー」
 マスターがみなを労う。
 レイシフトから戻り、無事特異点を修復したマスターと我々サーヴァントは、カルデアに戻ると、それぞれに宛がわれた部屋へと散っていく。休息を取る者、食事をする者、遊びに耽る者、と様々だが、私には今のところやらなければならないことがある。
 衛宮士郎の世話だ。主に食事面でのことだが、私に一任されている。
 ベッドの上で起き上がる程度だが、身体が動くようになり、今後はもっと動けるようになることを想定して、そろそろ栄養バランスの良いメニューに切り替えていった方がいい。動けないことで落ちた筋力を回復するために、云々……、などと思案する。
 衛宮士郎の魔術回路の断絶は激しく、その影響で身体が不自由になっているが、肉体や神経自体に大きな損傷はないそうだ。魔術回路が修復され、傷も完治すれば通常の生活は問題なく行えるはず。
(レイシフトに向かう前はベッドに起き上がるだけで、手足はほとんど動かなかったが、そろそろ動けるようになっているかもしれない。カルデアの中をうろついていたりなどすれば、ここに残ったサーヴァントに要らぬ話を聞かされているかもしれないな……)
 少し不安を掻き立てられ、つい歩調が速くなる。どうにも、焦っているのが自分でも可笑しい。
「エミヤー、士郎さんのご飯作るのー?」
 足早に歩いていれば、背後からマスターに声をかけられる。
「あ、ああ」
 振り返って答えれば、
「おれにも何か作ってー」
 厨房へ向かおうとする私にマスターが駆け寄ってきた。レイシフトで疲れているだろうに、マスターは先に腹を満たしたいようだ。
「了解した。だが、食べ終わったらすぐに寝るんだぞ」
「おれ、子供じゃないんだけど……」
「十代はまだまだ子供だ」
 むぅ、として私を見上げるマスターに苦笑をこぼす。
 マスターの年齢を考えると、食欲旺盛なのは仕方のないことかもしれない。どのみち衛宮士郎の食事を作る。ついでだということもあるし、二人分の夜食を用意することにした。
「おれにはそんなこと言うけど、士郎さんはいいのかよー。大人かもしんないけど、ケガ人なのに、こんな時間にご飯なんか食べられるのー?」
「…………」
 思わず足が止まってしまった。
「エミヤ?」
 マスターに言われるまで気づかなかった。
 なぜ私は、午後十時を過ぎたこんな時間に衛宮士郎の食事を用意しようとしているのか?
 常識で考えれば、明日の朝に、という結論を出すはずだ。
(だというのに私は……)
 己の行動がよくわからない。だが、そんな自分を誤魔化すように、
「しょ、少々時間が遅いのが気にはなるが……、消化の良いあっさりしたものであれば問題ないだろう」
 言い訳を、もっともらしく口にした。
 さいわいマスターは、ふーん、と深く追求することもなく納得している。
(私は、なぜ…………?)
 疑問ばかりを浮かべながら、食堂に至っていた。

「ねーねー、エミヤ」
「なんだ、マスター。まだできていないぞ。おとなしく待っていろ」
 厨房から答えると、
「さすがにそんなにがっつかないよ! って、そうじゃなくて! 士郎さんにさ、どうして人理修復のこと教えちゃダメなの?」
 思いもよらないことを訊かれた。
 確かにマスターには、その話はしないでくれと頼んだが、まさか、その理由を訊かれるとは考えてもいなかった。