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MIDNIGHT ――闇黒にもがく4

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 どうして自分ががっかりしているのか、士郎にもわからない。
 真っ白になっているガラス窓の向こうには、通常であれば外の世界が見えたはずだ。
「ここから、見えるんだろうか……」
 青い空をまた見ることができるのかはわからない。
 ただ、人理修復が叶ったら、この目で空を仰ぐことができるかもしれない。それは、少し士郎も望んでいる。
 車椅子から窓枠に移り、何も見えない窓ガラスに身体を預けた。
 冷たいガラスは外の世界ではなく、士郎を映す。
 覇気のない顔がそこにあった。


「どこに行く?」
 ベッドから車椅子に乗り移れば、エミヤが現れて訊かれる。士郎が食べ終えた食器を引き取りに来たようだ。
「どこだっていいたろ」
「かまわないが……、迷惑になるようなことはするなよ」
「ガキじゃないんだ、そんなことはしない」
 淡々と答え、士郎はドアへと向かう。
「あ、飯、サンキューな」
 エミヤを振り向くことはできなかったが、礼をこぼした。
「尻拭いは慣れている」
「…………一言多いんだよ」
 ムッとして病室を後にした。
 地下へと延びるように施設が造られているカルデアの一階は、地上の出入り口と、表向きに問題のない部屋が幾つかあるだけだ。カルデアの深淵は、ここにはない。
 だが、士郎はいつもここに来る。
 士郎にはカルデアの深淵など関係ないし、用もないこの階に誰も来ないことと、そこにある窓から外が見えるからだ。
 ただ、外が見えると言っても、窓の外は白いだけで何も見えない。
 このカルデアの外に世界は存在しない。ここだけが世界から切り取られたように存在している証拠だった。
 車椅子から窓枠に座り直し、分厚いガラス窓に寄りかかる。
 ダ・ヴィンチの話では、ここは雪山なのだとか。
(寒いはずだ……。ポッドから伝わってくる感覚は、寒いってものだけだった……)
 窓に手を当てる。
「冷たい……」
 肩が震えた。ポッドが伝えてきた寒さを思い出す。
「寒かったのか、俺は……? それとも…………寂しかった、とか……?」
 今も寒い。
 ぽっかりと取り残されたようなこの施設でも、雪山であった温度が変わらないのだろうか、と疑問が湧く。いや、施設内の空調はきちんとなされている。
(俺が、寒いだけだ……)
 自分が寒いと感じるのは、どうしてか?
 なんとなく、士郎には理解できている。
 過去を変えたために、世界から弾き出されてしまったことが、どうにも自分自身で納得できていないからだ。
(俺は、納得するべきなんだ。過去を変えたのは事実だし、未来を変えるためなら、なんだってできるって……思ってた……でも……)
 想定外だったのだ。
 自分が世界から抓み出されるとは思ってもいなかった。
 封印指定でも、懲罰でも、投獄でも、なんだってよかった。甘んじて受けるつもりだった。どんなに責められても、平穏な未来が来るのならばそれでいいと、そんな大事がなせるのならと、自己陶酔していた。
 しかし、そんな士郎を嘲笑うように世界は士郎を弾き出した。
 誰も士郎を知らず、記録も残っていない。そして、この世界には別の衛宮士郎が存在していて、己が何者かも証明できなくなってしまった。
 縋るようにアーチャーと一騎打ちなどしてみたものの、そのアーチャーは己を記録にすらとどめていない。
 もはや、この世界は、自分のいた世界線であるのかすら不明だ。
 それならば、アーチャーが士郎を覚えていないのも仕方がない。その上、今は、このカルデア以外のすべてが消失してしまっている。
 この世界がはたして、己のいた世界なのかどうなのか、確かめる術もない。
(俺は……どこの、誰だ…………)
 両手で窓に縋って、額を、ごつり、と当てて震えを噛みしめる。
「……寒い……寒い…………さ、……む……ぃ…………」
 こんなことなら、と士郎は思いかけて、爪を立てる。捲れた爪の痛みで、気を取り直す。
(過去を変えたことは、後悔しない……)
 本当の気持ちは、違う。だが、それは、あってはならないことだ。衛宮士郎は、過去を変えたことを後悔などしてはならないのだ。
 でなければ、なんのために、イリヤスフィールを見殺しにし、セイバーの気遣いを躱し続けたのか。
(後悔なんか……しない……)
 後悔はしない。
 あのとき、アーチャーとの最初の一騎打ちをしたとき、士郎は、己の道に後悔を滲ませるアーチャーに言い切った、後悔はしないのだと。
 そんな自分が、己のしたことに後悔など、できるはずがない。
「……けど…………さむ――」
 窓に爪を立てた手を、そっと剥がされ、掴まれた。びくり、として目を向けると、褐色の手が士郎の手を握っている。
「アー…………っ…………」
 “アーチャー”と呼んでいいのか、わからなくなった。
 振り返ることもできず視線を落とすと、背後から覆い被さるように、エミヤが腹に腕を回してくる。
「なん……だよ……」
「温めてやる。どんなに冷えきっても、私が、こうして……」
「っ…………」
 魔術回路が繋がっていく感覚。バラバラに断絶された回路が僅かずつだがその先の回路へ伸びていこうとしている。
 エミヤの回路を真似て、元の姿に戻ろうとでもいうのか、士郎の魔術回路は、明らかにエミヤの回路に反応している。
「終わってなどいない。今は消却されているが、マスターは必ずやり遂げる。人類の未来は……、失われてなどいない」
「…………ああ、そうだな……」
 背中に感じるエミヤの体温で、身体は少し熱を取り戻す。
 身体はいくらでも温めることができるだろう。
 だが、士郎の胸の内は、冷え切ったままだった。


MIDNIGHT――闇黒にもがく 4  了(2018/10/14)