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MIDNIGHT ――闇黒にもがく4

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 顎を引こうとしたがうまくいかず、瞬きを頷きに代えた。それを理解したのか、エミヤも頷く。
「2015年に、ここカルデア以外の世界は、消え去った。そして、2016年以降の人類の生存を近未来レンズ・シバは全く見られなくなった。つまり、2016年を最後に人類は滅びる。それが、決定事項。そして、世界は燃え尽き、このカルデアを残すのみとなった。
 だが、カルデアが残っているということは、人類滅亡の危機を塗り替えることができる、ということだ。人類の未来消却、それを回避するため、今、マスターは人理の修復を必死に行っている。……だから、絶望するな」
「しゅう…………ふ、く……」
「ああ、我々カルデアのサーヴァントは、マスターとともに人理を修復する。お前は待っていればいい。マスターが未来を取り戻すのを」
「みら……い……」
 士郎が変えた過去によって得られた平穏な未来。
 それを取り戻すために、ここカルデアで働くスタッフも、サーヴァントたちも、そして人類最後のマスター・藤丸立香も闘っている。
(その未来は……)
 ぼんやりと鈍色の瞳を見ていた。
 誰にも知られない自身の存在。
 過去を変えた罰とばかりに、己の存在は、誰の記憶にもなく、その世界に己の居場所はなく……。
 立香の取り戻したその世界を、はたして士郎は望んでいるのかだろうか……?
(俺は……、そんな世界で……どうやって…………生きれば、いい?)
 だが、そんなことは、ここにいる者たちに関係ない。
 彼らは彼らの闘いを生きている。
 それが士郎には関係がないように、士郎の事情も気持ちも何もかも、ここにいる者たちにはなんら関係がないことだ。
 諦めに蝕まれていく。
 心が喰われていく。
 虫食い穴だらけの心はすぐに崩れていくだろう。
(眠りたい……)
 もう、このままずっと、永遠に。
 ぼんやりしていて、エミヤを見つめているつもりでも、油断をすれば、焦点が定まらなくなってしまう。
「衛宮士郎、マスターを信じてみないか?」
 疑ってなどいない。士郎も立香が必ずやり遂げると思っている。
「衛宮士郎、マスターと我々を信じてくれ」
 ぼんやりしている場合ではない。エミヤが答えを待っている。
 答えなければならない。
 信じると。
 たとえ、己がその偉業の成就を願っていなくても。
 エミヤは、士郎自身の答えではなく、士郎が“信じると答える”ことを待っている。
 彼の真っ直ぐな鈍色の瞳を見ているのが辛かった。正直なところ、頷けない。けれど、こく、と小さく頷く。
 そうして、心から頷けない自分が嫌になる。
(カルデアに……、ここで必死に闘う人たちに、合わせないと……)
 居場所のない士郎には、ここしかない。人理修復が叶ったら、ここも士郎がいられる場所ではなくなるだろう。だが、仮初めでも、一瞬だけでも、ここにいていい確証が欲しい。
 士郎は、エミヤと元を同じにする存在ではある。だが、たとえどんなに因縁があったとしても、このカルデアのサーヴァントであるエミヤには、士郎の事情は、やはり関係のないことだ。エミヤとの因縁を理由にここに居座ることもできない。
(ここにいる人たちに、迷惑かけるわけには、いかない……)
 すでに労力や電力、医療品を使わせてしまっている。士郎がここにいるのであれば、できる限りこのカルデアの者たちが目指す人理修復の邪魔をしないことだ。
「理解できたか?」
 念を押すエミヤに頷き、瞼を下ろす。
「ならば、もう、大丈夫だな」
 さっと髪を撫でた手が温かくて、顔を背ける。
「食事は、また流動食だな」
 少し笑いを含んだ声が優しくて、やはり、ここにいるのは士郎の知るアーチャーではなく、士郎との記憶がないエミヤなのだと理解した。
「て、ま……かけ……る…………」
 どうにか声を絞り出せば、早速用意しよう、と言ってエミヤは部屋を出ていった。
(俺は、ここで、お荷物になっているわけにはいかない……)
 力の入らない拳を握って、心を決める。
 ここの役に立とうと。そして、人理の修復が叶ったら、ここを出よう、と。
 このカルデアという施設が、辺鄙な所にあることは、なんとなくわかる。
 ワグナーの手紙にあったように、絶海の地と呼ばれるようなところなのだろう。
 そこから出ていくというのは、この身体では物理的に難しいかもしれないが、未来を取り戻した世界に士郎のいる場所はないのだ。
(だったら、自分で見つけないとな……)
 それまでの間に身体を戻し、できる限りここの人間の厄介にならずに、そして、できることがあればなんでもしよう。
 人手が不足している、という話は、ダ・ヴィンチから聞いていた。
 雑用なら魔術など使えなくてもできる。
(人理修復まで、用務員でもするか……)
 少しだけ、士郎に先が見えた。



***

 車椅子で施設を巡る。
 カルデアは地下に作られているとあって窓はなく、人工の灯りに照らされて、廊下もどの部屋も明るい。
 エミヤの看護のおかげか、部屋を出る許可がロマニ・アーキマンから下り、歩くことはまだ難しいが、士郎は車椅子で施設内を巡ることが多くなった。
 今日も士郎は車椅子を駆っている。
「窓も……、空も……」
 施設の中を行けども行けども、無機質な壁ばかりだ。
 彷徨うように施設内を巡る士郎に、時折行き合うカルデアのスタッフが、大丈夫なのかと声をかけてくれる。ドクターの許可が出たと答えれば、よかった、と笑ってくれる。
 世話になりっぱなしだというのに、彼らは嫌な顔一つせず、迷惑だとも言わない。申し訳なさが先に立ち、挨拶もそこそこにして、士郎は、そそくさと、その場を去ることが常だった。
 カルデアのスタッフだけでなく、幾人かのサーヴァントとも行き合った。
 彼らはこちらを見ても、声をかけてくることはなかった。彼らのマスターは立香だ。マスターに危害が及ばないならば、士郎には目もくれないというのも頷ける。
 ならば、と士郎の方も、サーヴァントには目もくれずに車椅子を動かしている。何を話せばいいかもわからないし、盛り上がる話題など知らない。関わらないことが一番だと士郎は判断した。


 数日かけて行ける範囲を廻り尽くし、一階まで上がってきた。
「ここで最後……」
 カルデアの最上階になるのだろう、地上に続く一階でエレベーターを下り、廊下を行く。
「どこも同じだな……」
 廊下の景色はどの階も変わり映えはしない。
「どこも、おな――」
 ハッと息を呑む。
 視線の先に人工の灯りとは違う白っぽい壁のような……。
「壁……? じゃない! 窓だ!」
 気が逸る。必死になって車椅子を駆った。
「は……、はぁ……、……はぁ……」
 やはり、窓だ。
 だが、期待したものは、その向こうにはなかった。
「白い……」
 大きな窓を目の前にして、必死にここまできた反動で息を切らせて、士郎は呆然とその窓を見上げた。
「ああ、そうか…………。ここ以外は、消えているって……」
 消却された世界はこのカルデアを残しているのみ。その窓の外など、何があるわけでもない。
「は……」
 どっと疲れてしまって、苦笑う。
「なんだ……。空、見えないのか……」