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逆行物語 真六部~幸福な人生~

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フェルディナンド~統合~



 ローゼマインが高みに昇ったと知らされて暫く、私の記憶は何処か曖昧だった。感情が荒れ狂い、かと思えば異様な静謐さで動かず、とにかく正気とは言い難かった。
 気が付けば、己の空虚を吐き出す様にジルヴェスターと冬を迎える仲となっていた。
 ヴィルフリートの企みの為に、捏造された筈の私とジルヴェスターの関係が、本物になっていたのだ。
 ローゼマインに対する気持ちの現状を、ジルヴェスターに対する過去の気持ちに摩り替え、精神の安定を図っていた。
 あの日、全てを知らされるまで、それだけが私の記憶だった。
 高みの世界で眠る私は起こされ、今までの記憶と共に、糸の逆さ紡ぎを知らされた。
 一番最初の、ローゼマインの死で狂った私がジルヴェスターを殺害した記憶と共に。

 理解せずにはいられなかった。ジルヴェスターをどれだけ愛していたか、伝わらない重い苦しみをどれ程封じていたか。
 その想いが移り変わり、ローゼマインを愛する様になった私が、如何程変わったか…。
 私はローゼマインの想いを尊重したが、ジルヴェスターの想いは尊重しなかった。成長したと言うよりそれは…、対等と見るか否かの差だった。
 ジルヴェスターを殺した記憶は容易に監禁した記憶に移り変わる。魔術具と薬で自由を奪い、感覚を操作し、ジルヴェスターを犯した。

 「やっ、やめっ、」
 耳に甦る嘗ての閨事。嫌がり、逃げようとするジルヴェスターに口付けし、無理矢理魔力を流した。
「ん、う――っ!」
 耳、首筋、胸を順に責め、望まぬ性感を滾らせた。
「やっ、あっ、ああっ、いやっ、あああっ!」
 どれだけ恐怖したのだろう。ジルヴェスターに過去を思い出させるには充分過ぎた筈だ。
 濡れた剣に指を這わせ、追い詰めた時のジルヴェスターはどれだけの絶望に彩られただろう。
 それでもジルヴェスターは私を責めはしなかった。何故、どうして、と問うてもふざけるな、とは言わなかった。気持ち悪いとも言わなかった。
 再び屈辱で男としての自尊心を壊されようとも。
「こんなことは駄目だ。」
「すまぬ、応える事は出来ぬ。」
「其方は可愛い弟だ、それ以上は無理だ。」
 ジルヴェスターはそう言って、何度も考え直してくれ、と言った。嫌悪感さえ一欠片も無かった。
 それでも時として堪えきれず、トルークに頼る事もあった。甘い香りに我を失い、否定する言葉を吐かなくなったジルヴェスターも愛しかった。けれどあの強い意思を思わせる新緑の瞳の光が恋しくなる。
 正気と喪失を繰り返していた事を、本人は知覚していただろうか…。
 
 私にとってジルヴェスターは対等では無かった。一方的に自らが守るー支配するー関係に近かった。
 今になればヴェローニカ様が私を排除したがる気持ちも頷けてしまった。
 マインに出会い、ローゼマインとした彼女に惹かれた時、その認識が悪手を取らせた。散々ジルヴェスターをバカにし、ヴィルフリートを踏みつけ、後ろ足で砂を掛けた。
 その癖、ジルヴェスターにすがり、取り憑き、殺した。余りな己の身勝手さを嫌悪する。
 そうしてジルヴェスターを思う様に操った結果、ヴィルフリートが犠牲になったのだ。
 私は…、今度こそローゼマインだけでなく、ジルヴェスターもエーレンフェストも守る。そして何より…、ヴィルフリートに謝らなければ…。

 だが私は謝罪1つ許されなかった。

 私に出来るのは少しでもヴィルフリートが生きやすい環境にする事だった。