Halloween Knight
✞ ✞ ✞ ✞ ✞
深夜の執務室で一人、ロイはその時を待っていた。
こんな時間まで司令官が在室しているなど、よもや緊急事態でもあったのかと思うところだ。だが、周りはしんと静まりかえっており、司令室で部下達が控えている気配はない。
では、何時ものように仕事を溜め込んだ故の残業だろうか。しかし、今執務机の上には書類の一枚もなかった。第一、部屋の照明もデスクライトも点けていないので、部屋の中は真っ暗だ。明かりといえば、窓から僅かに差し込む冴えた月の光だけ。これでは書類を読むような仕事をすることはできないだろう。
それにロイは軍服ではなく私服姿だった。黒いシャツに黒いパンツ、机脇のハンガーに掛けられたジャケットもまた黒。そして黒い革張りの椅子に腰掛けていたので、顔と顎の下で組まれた手だけが白く浮かんでいるように見える。
そんな暗闇の中でロイは微動だにせず、ただひたすらに時を待っていた。防音の効いた執務室には、外の音が一切入って来ない。ただ、壁に掛けた時計がコチコチと時を刻む音だけが響き続ける。やがて――。
カチリ、と音を立てて、時計の長針と短針が共に十二の位置で重なった。今日が昨日になり明日が今日になった瞬間だ。そして今日に限っては、それは過去と未来が繋がる瞬間でもあった。
今宵は万聖節の前夜。古くには夏の終わりであり冬の始まりでもあるこの日に、あの世とこの世が繋がって死者の霊が家族を訪ねてくるとされていた。あるいは、普段は行き来できないはずの異世界との境界が曖昧になり、魔物や悪い精霊がこちらの世界に紛れ込んで人に悪さをする日なのだとも。
ボーン、ボーン……
時刻告げる音が鳴り始めると同時に、部屋の中には変化が現れていた。何もない空間に、最初は一点、ぼうと薄明るい灯が点る。マッチに火を点けたような赤い焔ではなく、青白く浮遊するそれ。こんなものが突然現れたら、人魂とか鬼火の類いだと思ってしまっても無理はないだろう。
だがロイは驚いた様子もなく、その宙を舞う灯をじっと見つめていた。
一点の灯は次第に広がっていき、まあるい光の円となる。その輪の中に複雑な紋様が描かれているように見えるが、一瞬にして薄明かるく放たれる光にかき消されてしまい読み取れない。そして大人が両腕を広げたくらいの大きさになると、次に光が垂れるように下に伸びて床へ到達したところで動きを止める。
時計の鐘が鳴り終わる頃には、扉のようなトンネルのような光のシルエットが完成していた。ちょうど大人一人が通れるくらいの大きさだ。
そこで漸くロイは組んだ指をほどき、身体を起こして立ち上がる。ジャケットを羽織り、床に置いてあった紙袋やバスケットを両手に持ち、脇に掛布のような布を幾つか抱えれば準備万端だ。
そうしてゆっくりと足を進め、光のシルエットの前に立った。見た目には奥行きのないそこが、トンネルのように先へと続く空間になっている。今はそのことを知っているから。
――さて、今年はどんなあの子に会えるかな――
トンネルの繋がる先に思いを馳せながら、ロイは一歩、光の中へと足を進めた。
深夜の執務室で一人、ロイはその時を待っていた。
こんな時間まで司令官が在室しているなど、よもや緊急事態でもあったのかと思うところだ。だが、周りはしんと静まりかえっており、司令室で部下達が控えている気配はない。
では、何時ものように仕事を溜め込んだ故の残業だろうか。しかし、今執務机の上には書類の一枚もなかった。第一、部屋の照明もデスクライトも点けていないので、部屋の中は真っ暗だ。明かりといえば、窓から僅かに差し込む冴えた月の光だけ。これでは書類を読むような仕事をすることはできないだろう。
それにロイは軍服ではなく私服姿だった。黒いシャツに黒いパンツ、机脇のハンガーに掛けられたジャケットもまた黒。そして黒い革張りの椅子に腰掛けていたので、顔と顎の下で組まれた手だけが白く浮かんでいるように見える。
そんな暗闇の中でロイは微動だにせず、ただひたすらに時を待っていた。防音の効いた執務室には、外の音が一切入って来ない。ただ、壁に掛けた時計がコチコチと時を刻む音だけが響き続ける。やがて――。
カチリ、と音を立てて、時計の長針と短針が共に十二の位置で重なった。今日が昨日になり明日が今日になった瞬間だ。そして今日に限っては、それは過去と未来が繋がる瞬間でもあった。
今宵は万聖節の前夜。古くには夏の終わりであり冬の始まりでもあるこの日に、あの世とこの世が繋がって死者の霊が家族を訪ねてくるとされていた。あるいは、普段は行き来できないはずの異世界との境界が曖昧になり、魔物や悪い精霊がこちらの世界に紛れ込んで人に悪さをする日なのだとも。
ボーン、ボーン……
時刻告げる音が鳴り始めると同時に、部屋の中には変化が現れていた。何もない空間に、最初は一点、ぼうと薄明るい灯が点る。マッチに火を点けたような赤い焔ではなく、青白く浮遊するそれ。こんなものが突然現れたら、人魂とか鬼火の類いだと思ってしまっても無理はないだろう。
だがロイは驚いた様子もなく、その宙を舞う灯をじっと見つめていた。
一点の灯は次第に広がっていき、まあるい光の円となる。その輪の中に複雑な紋様が描かれているように見えるが、一瞬にして薄明かるく放たれる光にかき消されてしまい読み取れない。そして大人が両腕を広げたくらいの大きさになると、次に光が垂れるように下に伸びて床へ到達したところで動きを止める。
時計の鐘が鳴り終わる頃には、扉のようなトンネルのような光のシルエットが完成していた。ちょうど大人一人が通れるくらいの大きさだ。
そこで漸くロイは組んだ指をほどき、身体を起こして立ち上がる。ジャケットを羽織り、床に置いてあった紙袋やバスケットを両手に持ち、脇に掛布のような布を幾つか抱えれば準備万端だ。
そうしてゆっくりと足を進め、光のシルエットの前に立った。見た目には奥行きのないそこが、トンネルのように先へと続く空間になっている。今はそのことを知っているから。
――さて、今年はどんなあの子に会えるかな――
トンネルの繋がる先に思いを馳せながら、ロイは一歩、光の中へと足を進めた。
作品名:Halloween Knight 作家名:はろ☆どき