Halloween Knight
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「ト、トリック、オア、トリート!」
トンネルを抜けた途端、暗闇の中から可愛らしい声が聞こえてきた。キーが高くて、少し覚束ない舌足らずな子供の声だ。見事な金髪と揃いの金瞳を持つ子供。今年は確か八歳だったか――去年と同じ時間軸の彼ならばだが。
「ハッピーハロウィン」
掛けられた合言葉にお決まりの文句で答える。それを教えたのはロイだ。出会った時、彼はこの定番の合言葉を知らなかったのだ。
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数年前から、ハロウィンの夜になると何故かロイの前に件の光のトンネルが現れるようになった。一番最初はもちろん大層驚いたし、どこぞのテロリストが編み出した新手の仕掛けかと危ぶんだりもした。だが、どうしたものかと一人検分していたら、光の中から金色の塊が……いや、幼い子供が飛び出してきたのだ。
エドワード・エルリック。子供ははっきりとそう名乗った。覚え違いではとも疑ったが、この金髪に金の瞳。何より負けん気の強そうな表情が、自分の後見する若き錬金術師に酷似していた。
一つ下のアルフォンスよりも随分と幼く見えたが、他に兄弟がいるとも聞いていない。そして子供に話を聞くにつけ、エドワード・エルリック本人としか思えない発言の数々だった。但し、現在よりも数年前、まだロイが出会う前の――禁忌を犯す前の、片手片足を失う前の、今よりもずっと幼いエドワード。
亡くなった母親を恋しがり、けれど弟や隣人達に弱音を吐くことのできない、強がりで寂しい子供のエドワード。
現在の彼と違って、何故か初対面から懐いてくれた。誰にも内緒だと連れて行ってくれた森の中の秘密の隠れ家。弟も知らないというその場所に描かれていた錬成陣は、何かを創り出すには不完全だった。何を創ろうとしたかは未だに教えてくれないが、人体錬成を目指しているものには見えない。
けれどそれがどういう訳か発動して、どういう訳か数年後の自分の元に繋がるとは、果たしてハロウィンの成せる不思議な現象なのか。
――あり得ない。なんてことはあり得ない、か――
因みに現在のエドワードにそれとなく聞いてみたが、幼い頃自分と会った記憶はなさそうだ。もしかすると微妙に時間軸がずれて繋がっているのかもしれない。
疑問は尽きないけれど、夜明け前には解けてしまうこの錬成を毎年少しずつ解明するのだという名目で、幼い彼との逢瀬を楽しんでいた。今後も必ずこの日自分の元へ、この錬成が通じるという確証などないというのに。
自分はどれだけこの子供に溺れているのだろう。過去も現在も。きっと未来も。
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「やあ、エドワード。今年はちゃんと言えたな。その角、大きくてかっこよいね。今年は悪魔なのかな?」
去年はヴァンパイアだった。(大変に可愛らしかった)
「そうだ! 大悪魔サタンだぞ。今日はオレのこと、サタンって呼べよ」
金色のまあるい頭の横にはとぐろのようにぐるりと曲がった黒い角が二つ。黒づくめの上下に、背中には小さなコウモリのような羽。お尻からは先が矢尻のように尖った細い尻尾が付いている。見目が好く、気が強いが可愛らしい容姿に大変似合っていて、サタンというよりは小悪魔といった風貌だ。いったい何を参考にしたのだろう。
だが、そんなことを正直に口にするような愚は犯さない。この愛しい子供との年に一度きりの逢瀬なのだ。機嫌を損ねて貴重な時を逃すわけにはいかない。
「かしこまりました、サタン様。あなたのために沢山ご馳走を用意してきましたので、いたずらはしないでもらえるでえるしょうか」
ロイは相手の想定しているであろう役柄に合わせて、自分は僕という体で恭しくお辞儀をする。
「中身見てから考えてやる!」
子供は満足げな顔で胸を反らし腕組みをして頷くと、尊大な態度で――恐らく彼なりに精一杯――サタンらしく答えてくれた。どうやらこの対応は合格だったようだ。
「仰せのままに」
ロイは子供の前に跪くと、バスケットの蓋を少し開けて中身を見せてやった。脇に置いた紙袋もずしりと詰まった様子がわかる。
「うわあ……!」
それだけで子供の顔はぱあっと輝き、綺麗な琥珀色の瞳が零れ落ちんばかりに見開かれた。
「ロイ! ロイ、なあ、早く食べようぜ!」
サタンから一転して、まるで子犬のようにじゃれついてくる。何とも子供らしいことだ。
「落ち着きなさい。君の隠れ家に行ってからだよ。私のことも内緒なのだから、誰かに見られたら困るのだろう?」
「うー……。じゃあ、早く行こう!」
急いて走り出す子供を闇から守るように、ロイは荷物を抱え直して後を追いかける。今宵くらいは彼を守る騎士(ナイト)に扮して、全ての悪いもの達から守ってやりたい。今日はハロウィンの夜なのだから。
―fin―
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作品名:Halloween Knight 作家名:はろ☆どき