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Simple words 1

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洗い物を手伝いながらキャスが訊ねる。
「え?ああ、マイアーさんの?」
「そう」
「ははは、初めてだよ」
「本当か?」
「…ん、多分」
流石にあんな風に手を掴まれて、露骨に誘われた事は無いが、冗談混じりにそんな事を言われた覚えはある。
「あるんだな」
「いや、多分、社交辞令的なやつだよ」
キャスに確認されて、少し焦りながら答える。
そんなアムロに、キャスが盛大な溜め息を漏らす。
「アムロは隙が多すぎる!気を付けろって前から言ってるだろ!」
「お、怒るなよ…。大体、こんな三十半ばのおっさんに、そんな事考える奴がいるなんて思わないだろ!?」
そう叫ぶアムロは今年三十五歳になるが、童顔のせいか、二十代半ばにしか見えない。
本人が気にしているので口にはしないが、キャスはどうにかアムロに気を付けるように言い含める。
しかし、本人はあまり気にしていないようで、思わず溜め息が漏れてしまう。

アムロとの生活を始めて六年、十歳だったキャスは十六歳となり、気付けばアムロの身長を追い越していた。
シャア・アズナブルのクローンとして創りだされた自分が、こうして普通の人間として生きていられるのは、全てアムロのお陰だ。
あの時、アムロが自分を受け入れてくれたからこそ今の自分がある。
始めて会った時は、シャアとアムロがどんな関係だったのかを知らなかった為、特に気にしていなかったが、自分で色々と調べていくうちに、ネオ・ジオン総帥 シャア・アズナブルと地球連邦軍 大尉 アムロ・レイの関係を知って、何故アムロがシャアのクローンである自分を引き取ったのか疑問に思った。

二人は一年戦争と呼ばれた戦争時に、ジオン軍と連邦軍のパイロットとして戦ったライバルだった。
そして、第二次ネオ・ジオン紛争では、スペースノイドの独立を求め、地球に隕石を落とそうとしたシャアの作戦を阻止する為、アムロは連邦軍のパイロットとして命懸けでシャアと戦ったのだ。
客観的に見れば、二人は敵対する組織に属して戦った敵同士だ。
憎み合う事こそあれ、相入れる事などあり得ない。
しかし、自分を創り出したナナイ大尉は、自分をアムロの元に連れてきた。
そして、アムロはまるで愛しい者を見るような瞳で自分を見つめ、自分を引き取ってくれた。

二人の情報を得れば得るほど、何故自分を引き取ったのか理解出来ずに、一時はアムロの事が信じられなくなってしまった程だ。
しかしそんなある日、シャアの墓の前に立つアムロを見てその理由に気付いた。

「シャア…セイラさんに聞いたんだけど、今日は貴方の誕生日なんだってね。おめでとう」
墓標に向かって話し掛けるアムロからは、穏やかで優しい思惟が伝わってくる。
「貴方を喪って…もう生きる意味が無くなってしまったと思ったけど…キャスのお陰で生きる希望が見えてきたんだ…。こんな事、貴方に言うのはどうかと思うけどさ、キャスを遺してくれてありがとう…」
そう言いながら、墓標を愛おしそうに撫ぜるアムロから、次に哀しみの思惟も風に乗って流れてくる。
「シャア…もう一度…貴方に会いたいよ…夢でもいいから…」

“アムロはシャアを愛している”

ふと、そんな言葉がストンと心に落ちてきた。
そうだ、アムロはシャアを愛している。
だから、そのクローンである自分を引き取ってくれたのだ。
理由が分かり安心したものの、何故か妙に心が苦しくなった。
アムロはシャアのクローンだから自分を大切にしてくれる。そんな考えが脳裏を過ぎり悲しくなったのだ。

そして、カフェの客達がアムロを“そう言う目”で見ている事に気付いた時、胸の中にドス黒い感情が込み上げた。
『アムロは僕のものだ、誰にも渡さない』
その独占欲はまるで恋人に対してのものだった。
そう、自分はアムロに対して家族ではなく、恋愛の感情を持っているのだ。
二十歳も歳の離れた、それも同性にこんな感情を持つのはおかしいと分かっていたが、その想いを止める事は出来なかった。


夜、眠れなくてリビングに行くと、アムロがソファでうたた寝をしていた。
「アムロ、風邪ひくよ」
「ん…」
身じろぎをして薄っすらと目を開けるが、余程疲れているのか、また眠りに落ちてしまう。
「アムロ!」
「ん…キャス…?どうした…眠れないのか?」
アムロは目を擦りながら手を伸ばし、キャスの首に回すと、グッと引き寄せて自身の胸へとキャスの頭を引き寄せる。
「ちょっ!アムロ、何寝ぼけて…」
寝ぼけたアムロに掴まれたキャスは、バランスを崩してアムロの胸の上に突っ伏してしまう。
「ほら…抱き締めててやるから…」
「アムロ…っ!?」
一緒に暮らし始めて直ぐの頃は、まだ精神的に不安定だった自分を心配して、アムロがこうして抱き締めて一緒に寝てくれた。
その腕の中は暖かくて、心の底から安心できた。
だけど今は、アムロの胸に顔が密着して動悸が止まらない。
アムロに対して恋愛感情を抱いてしまった今では、その体温や匂いに心臓が跳ね上がる。
「ア、アムっ」
「キャス…大好きだよ…」
アムロの言葉に、キャスは顔を赤く染め、自身の胸に湧き上がる感情に動揺する。
「アムロ…」
そして、眠るアムロの唇に視線がいく。
薄っすらと開いた唇から覗く赤い舌に、自身の心臓と共に下半身に熱が集まるのを感じる。
キャスはゴクリと息を飲むと、ゆっくりと顔を近付け、その唇に自身の唇を重ねた。
温かく、柔らかな感触に自身が興奮しているのが分かる。
一度離してアムロの顔を見つめ、眠っているのを確認すると、もう一度唇を重ねる。
すると、アムロの唇がゆっくりと開き、誘うように舌が出された。
その妖艶な仕草に、キャスは吸い込まれるように舌を伸ばし、アムロの口腔内へと差し入れる。
その舌にアムロの舌が絡みつき、キャスは貪るようにアムロの口腔内を味わった。
そして、ゆっくりと唇を離し、アムロを見つめる。
アムロは薄っすらと目を開け、こちらを見つめている。
しかし、まだ寝惚けているのか視線が合わない。
そんなアムロの頬に手を添え、その顔を見つめていると、アムロの琥珀色の瞳から涙の粒がハラリと零れ落ちた。
「アムロ…?」
そして、頬に触れるキャスの手に自身の手を重ね、頬を摺り寄せる。
その甘えた仕草に、キャスはアムロが “自分”ではなく、他の誰が、否 “シャア”を相手にしているのだと思っている事に気付く。
「あ…」
キャスは唇を噛み締め、震える手をゆっくりとアムロから離す。
一瞬不安げにアムロの瞳が揺れたが、そのまま、また眠りに落ちてしまった。
キャスはしばらくその場を動けずにいたが、小さく息を吐いて心を落ち着けると、ブランケットをアムロに掛けて自室へと戻った。
扉を閉めると、そのままズルズルと床に座り込んでしまう。
気付けは、瞳からはポロポロと涙が溢れていた。

「アムロ…!」

to be continued...

作品名:Simple words 1 作家名:koyuho