Simple words 3【番外編】
Simple words 【番外編】
その日、カフェの定休日だったアムロは、久しぶりに街へと買い物に出ていた。
「そろそろクリスマスの準備しなきゃなぁ」
カフェの中を飾るクリスマス用のオーナメントや食器も少し新調しようかと雑貨店を見て回る。
「あれ、マスター?」
コーヒーカップを手に悩むアムロに、聞き慣れた声が後ろから掛かる。
振り返ると、そこには店の常連客であるマイアーの姿があった。
「マイアーさん!」
「こんにちは、何かお探しですか?」
いつもと違い、スーツを着込んだマイアーがニッコリと応対する。
「え?此処って…」
「はい、僕のお店です」
「そうだったんですか!?」
「まぁ、僕はオーナーってだけで、実際にお店に立つことは殆ど無いんですけどね。今日は偶々クリスマスの商品について店長から相談があって来ていたんです」
「ええ!驚いたな。ここの商品はどれも趣味が良くて、ウチのカフェでもよく使ってるんですよ!」
「ありがとうございます」
マイアーはいつもの客としての顔ではなく、オーナーとしての落ち着いた笑顔でアムロに応える。
「今日はコーヒーカップを?」
「ええ、クリスマスに合わせてお店で使う物を新調しようかと」
「宜しければ、いくつか見繕いましょうか?」
いつもと違うマイアーに少し驚きつつも、アムロはその申し出に渡りに船と喜ぶ。
「助かります!いつもはキャスに選んで貰ってるんですけど、最近は仕事の方が忙しいみたいで…今日も出張で出掛けてるんです」
「キャスくんは趣味が良さそうですもんね」
「ええ、だから俺一人じゃ決められなくて」
「それは丁度良かった、それではどうぞ」
アムロはマイアーに説明をして貰いながらコーヒーカップをいくつか選ぶ。
そして、ふとクリスマスツリーに目を留める。
「マイアーさん、ツリーってもう少し小さいのもありますか?」
「ええ、ありますよ。現品は此処にあるものだけですが、カタログから選んで頂ければお取り寄せ出来ます」
「あ、それじゃカタログを見せて貰っても良いですか?」
「勿論、ではこちらへどうぞ」
マイアーはアムロを接客用の個室へと案内すると、従業員に飲み物を頼んでアムロをソファへと促す。
「カタログはこちらになります」
「ありがとうございます」
嬉しそうにカタログを見るアムロを、マイアーが笑顔で見つめる。
「ご自宅用ですか?」
「ええ、毎年二人で飾り付けするんですよ」
「ふふ、本当に仲が良いよね。妬けちゃうな」
個室で二人きりになり、マイアーの雰囲気がオーナーの顔からいつもの客としてのものに変わる。
「マイアーさん、揶揄わないで下さい!」
「ごめん、ごめん」
今年、四十に手が届くとは思えない童顔のアムロが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ふふ、でも、キャスくんはそんな風に普通の幸せを得られたんだね」
マイアーの言葉に、アムロが真顔になる。
「マイアーさん、貴方は…連邦の方ですか?」
マイアーはアムロを真っ直ぐに見つめ、小さく笑う。
「元…ですよ」
「元?」
マイアーはコクリと頷くと、立ち上がり、踵を揃えて敬礼をする。
「自分は地球連邦軍 ロンデニオン基地 モビルスーツ部隊 ロイ・マイアー中尉であります」
「ロンデニオン?」
「はっ!ラー・カイラムへも何度か乗艦しており、アムロ大尉のお姿も何度か拝見しております」
マイアーの告白に、アムロは驚きつつも、予想していた内容だった為、小さく息を吐いて頷く。
「そうですか…でも、それだけですか?貴方の肩書き」
アムロの問いに、マイアーが一瞬驚いた顔をするが、直ぐに余裕の笑みを浮かべる。
「流石ですね。ニュータイプである貴方に隠し事は出来ないようだ」
「そんなんじゃないよ。只の勘と…ちょっとした貴方の所作かな」
「参りました。自分はアムロ大尉のご察しの通り、連邦に潜入しているネオ・ジオン軍 ナナイ・ミゲル大尉直属のスパイ要員でもあります」
ネオ・ジオンからのスパイ要員。
一年戦争当時から、連邦には何人ものスパイが紛れ込んでいる。
連邦という、規模の大き過ぎる組織に入り込むなど造作も無いのだろう。
事実、グリプス戦役時はあのシャア・アズナブルが潜入していたぐらいだ。
「やっぱり…。それで、今の任務は俺とキャスの監視?」
「監視だなど、とんでもない。自分はお二人の護衛ですよ。まぁ、私一人ではありませんが」
マイアーの言葉に、アムロが目を見開く。
「まさかウチの客の中にまだいるのか!?」
思わず敬語も忘れて叫んでしまう。
「ふふふ…名前は言えませんが」
「やれやれ、俺のニュータイプ能力は本当に戦闘以外じゃ役に立たないな」
肩を落とすアムロに、マイアーが優しく微笑みかける。
「そんな事ありませんよ。客のその日の体調や気分に合わせてコーヒーのブレンドや濃さを変えたり、気持ちを読んで対応をしてくれる。それもニュータイプ能力ではありませんか?」
「そうかな?でも、そんなの誰でも分かるだろ?」
アムロの言葉にマイアーが一瞬固まり、ぷっと噴き出す。
「そんな訳ないでしょう?貴方の場合、こっちが口にしていない感情までも読み取ってしまうじゃないですか。時々口に出してないのに色々答えてくれますよ。気付いて無いんですか?」
「え?」
アムロとしては、それが通常の感覚な為、自分が過敏に反応し過ぎている事に気付いていなかった。
「…そうなのか?」
「ええ」
「気付いてなかった…気をつけなきゃな…」
「いいえ、貴方は今のままで良いと思いますよ。正直、初めてこの任務を受けた時は驚きましたよ。あの白い悪魔とまで呼ばれた凄腕のパイロットがカフェのマスターやってるって言うんですから」
ラー・カイラムで見かけたアムロは、モビルスーツ隊の隊長として部下を指揮し、自身よりも歳下であるにも関わらず、その凛とした姿に思わず見惚れた。
そして、シャアとの決戦を前に覚悟を決め、真っ直ぐに先を見つめる瞳は、一切迷いの無い軍人のものだった。
そんな彼が、穏やかな顔をしてコーヒーを淹れる姿に初めは本当に驚いた。
あの張り詰めた空気を纏っていた男と同一人物なのかと疑ったくらいだ。
そして、シャア・アズナブルのクローンを見るこの男の瞳に更に驚いた。
嘗て命を賭けるほどの仇敵だった男のクローンを、愛おしそうに見つめ優しく微笑んでいる。
それを見たとき、シャア・アズナブルとアムロ・レイの本当の関係に気付いた。
今思えば、決戦の前、覚悟を決めたアムロの顔には不思議と憎しみの念は感じられなかった。
それは、アムロ・レイがシャア・アズナブルを憎んでいたのではなく、ただ止めたいと思っていたからだろう。
シャア・アズナブルの思想には自分も共感していた。
しかし、ジオンの人間としても、正直あの強行的な作戦には戸惑いがあった。
確かにあの方法ならば確実に全ての人を宇宙に上げ、地球連邦政府もスペースノイドの自治を認めざる得ないだろう。
だが、その為の代償はあまりにも大きい。
何億という人々の命と地球の寒冷化という代償。
その業を一人で背負おうとしていたあの男を、ただ、止めたかったのだろう。
それ程までに、アムロ・レイはシャア・アズナブルを想っていたのだ。
「マイアー中尉?」
その日、カフェの定休日だったアムロは、久しぶりに街へと買い物に出ていた。
「そろそろクリスマスの準備しなきゃなぁ」
カフェの中を飾るクリスマス用のオーナメントや食器も少し新調しようかと雑貨店を見て回る。
「あれ、マスター?」
コーヒーカップを手に悩むアムロに、聞き慣れた声が後ろから掛かる。
振り返ると、そこには店の常連客であるマイアーの姿があった。
「マイアーさん!」
「こんにちは、何かお探しですか?」
いつもと違い、スーツを着込んだマイアーがニッコリと応対する。
「え?此処って…」
「はい、僕のお店です」
「そうだったんですか!?」
「まぁ、僕はオーナーってだけで、実際にお店に立つことは殆ど無いんですけどね。今日は偶々クリスマスの商品について店長から相談があって来ていたんです」
「ええ!驚いたな。ここの商品はどれも趣味が良くて、ウチのカフェでもよく使ってるんですよ!」
「ありがとうございます」
マイアーはいつもの客としての顔ではなく、オーナーとしての落ち着いた笑顔でアムロに応える。
「今日はコーヒーカップを?」
「ええ、クリスマスに合わせてお店で使う物を新調しようかと」
「宜しければ、いくつか見繕いましょうか?」
いつもと違うマイアーに少し驚きつつも、アムロはその申し出に渡りに船と喜ぶ。
「助かります!いつもはキャスに選んで貰ってるんですけど、最近は仕事の方が忙しいみたいで…今日も出張で出掛けてるんです」
「キャスくんは趣味が良さそうですもんね」
「ええ、だから俺一人じゃ決められなくて」
「それは丁度良かった、それではどうぞ」
アムロはマイアーに説明をして貰いながらコーヒーカップをいくつか選ぶ。
そして、ふとクリスマスツリーに目を留める。
「マイアーさん、ツリーってもう少し小さいのもありますか?」
「ええ、ありますよ。現品は此処にあるものだけですが、カタログから選んで頂ければお取り寄せ出来ます」
「あ、それじゃカタログを見せて貰っても良いですか?」
「勿論、ではこちらへどうぞ」
マイアーはアムロを接客用の個室へと案内すると、従業員に飲み物を頼んでアムロをソファへと促す。
「カタログはこちらになります」
「ありがとうございます」
嬉しそうにカタログを見るアムロを、マイアーが笑顔で見つめる。
「ご自宅用ですか?」
「ええ、毎年二人で飾り付けするんですよ」
「ふふ、本当に仲が良いよね。妬けちゃうな」
個室で二人きりになり、マイアーの雰囲気がオーナーの顔からいつもの客としてのものに変わる。
「マイアーさん、揶揄わないで下さい!」
「ごめん、ごめん」
今年、四十に手が届くとは思えない童顔のアムロが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ふふ、でも、キャスくんはそんな風に普通の幸せを得られたんだね」
マイアーの言葉に、アムロが真顔になる。
「マイアーさん、貴方は…連邦の方ですか?」
マイアーはアムロを真っ直ぐに見つめ、小さく笑う。
「元…ですよ」
「元?」
マイアーはコクリと頷くと、立ち上がり、踵を揃えて敬礼をする。
「自分は地球連邦軍 ロンデニオン基地 モビルスーツ部隊 ロイ・マイアー中尉であります」
「ロンデニオン?」
「はっ!ラー・カイラムへも何度か乗艦しており、アムロ大尉のお姿も何度か拝見しております」
マイアーの告白に、アムロは驚きつつも、予想していた内容だった為、小さく息を吐いて頷く。
「そうですか…でも、それだけですか?貴方の肩書き」
アムロの問いに、マイアーが一瞬驚いた顔をするが、直ぐに余裕の笑みを浮かべる。
「流石ですね。ニュータイプである貴方に隠し事は出来ないようだ」
「そんなんじゃないよ。只の勘と…ちょっとした貴方の所作かな」
「参りました。自分はアムロ大尉のご察しの通り、連邦に潜入しているネオ・ジオン軍 ナナイ・ミゲル大尉直属のスパイ要員でもあります」
ネオ・ジオンからのスパイ要員。
一年戦争当時から、連邦には何人ものスパイが紛れ込んでいる。
連邦という、規模の大き過ぎる組織に入り込むなど造作も無いのだろう。
事実、グリプス戦役時はあのシャア・アズナブルが潜入していたぐらいだ。
「やっぱり…。それで、今の任務は俺とキャスの監視?」
「監視だなど、とんでもない。自分はお二人の護衛ですよ。まぁ、私一人ではありませんが」
マイアーの言葉に、アムロが目を見開く。
「まさかウチの客の中にまだいるのか!?」
思わず敬語も忘れて叫んでしまう。
「ふふふ…名前は言えませんが」
「やれやれ、俺のニュータイプ能力は本当に戦闘以外じゃ役に立たないな」
肩を落とすアムロに、マイアーが優しく微笑みかける。
「そんな事ありませんよ。客のその日の体調や気分に合わせてコーヒーのブレンドや濃さを変えたり、気持ちを読んで対応をしてくれる。それもニュータイプ能力ではありませんか?」
「そうかな?でも、そんなの誰でも分かるだろ?」
アムロの言葉にマイアーが一瞬固まり、ぷっと噴き出す。
「そんな訳ないでしょう?貴方の場合、こっちが口にしていない感情までも読み取ってしまうじゃないですか。時々口に出してないのに色々答えてくれますよ。気付いて無いんですか?」
「え?」
アムロとしては、それが通常の感覚な為、自分が過敏に反応し過ぎている事に気付いていなかった。
「…そうなのか?」
「ええ」
「気付いてなかった…気をつけなきゃな…」
「いいえ、貴方は今のままで良いと思いますよ。正直、初めてこの任務を受けた時は驚きましたよ。あの白い悪魔とまで呼ばれた凄腕のパイロットがカフェのマスターやってるって言うんですから」
ラー・カイラムで見かけたアムロは、モビルスーツ隊の隊長として部下を指揮し、自身よりも歳下であるにも関わらず、その凛とした姿に思わず見惚れた。
そして、シャアとの決戦を前に覚悟を決め、真っ直ぐに先を見つめる瞳は、一切迷いの無い軍人のものだった。
そんな彼が、穏やかな顔をしてコーヒーを淹れる姿に初めは本当に驚いた。
あの張り詰めた空気を纏っていた男と同一人物なのかと疑ったくらいだ。
そして、シャア・アズナブルのクローンを見るこの男の瞳に更に驚いた。
嘗て命を賭けるほどの仇敵だった男のクローンを、愛おしそうに見つめ優しく微笑んでいる。
それを見たとき、シャア・アズナブルとアムロ・レイの本当の関係に気付いた。
今思えば、決戦の前、覚悟を決めたアムロの顔には不思議と憎しみの念は感じられなかった。
それは、アムロ・レイがシャア・アズナブルを憎んでいたのではなく、ただ止めたいと思っていたからだろう。
シャア・アズナブルの思想には自分も共感していた。
しかし、ジオンの人間としても、正直あの強行的な作戦には戸惑いがあった。
確かにあの方法ならば確実に全ての人を宇宙に上げ、地球連邦政府もスペースノイドの自治を認めざる得ないだろう。
だが、その為の代償はあまりにも大きい。
何億という人々の命と地球の寒冷化という代償。
その業を一人で背負おうとしていたあの男を、ただ、止めたかったのだろう。
それ程までに、アムロ・レイはシャア・アズナブルを想っていたのだ。
「マイアー中尉?」
作品名:Simple words 3【番外編】 作家名:koyuho