LIMELIGHT ――白光に眩む2
立香は、ほんとはそういうの、好きじゃないんだ、と小さな笑みを浮かべる。
確かにサーヴァントのスキルにランクなどがあったことは士郎も知っている。
聖杯戦争のずっと後に、凛からレクチャーされたことではあるが、自身が召喚したセイバーの、ここでいう“レアさ”加減を、懇々と説教されるように説明された気がする。
ただ、その時の凛は多少のアルコールが入っていて、少々絡み酒になっていたことは否めないが……。
つい、思い出して、苦笑いをこぼしてしまった。
「……最後のマスターってのも、大変だな」
「士郎さんも契約とか、できるんじゃないの?」
「さあ?」
軽く首を捻って答えれば、
「さあ、って……、士郎さんは魔術師じゃないかー」
立香が、むす、として言う。
「こんな魔術回路じゃ、サーヴァントを維持することなんてできないって」
自身の手を見ながら、士郎は淡々と答える。
「じゃあ、治ったら、一緒にレイシフトしようよ」
屈託なく言ってのける立香に、士郎は目を丸くした。
治るどうかもわからないというのに、彼は、士郎の魔術回路が治ることを信じて疑わないようだ。
「なに? なんか、おれ、変なこと言った?」
「いや……、なんとなく、藤丸がサーヴァントに慕われるのがわかった気がして……」
「え? どういう意味?」
「……藤丸は、きっと人理の修復を成し遂げるだろうな、って思うよ」
「ほんとにそう思う?」
こくり、と頷いた士郎に、立香はうれしそうに笑った。
「それより、新しいサーヴァントって?」
「あ、うん、あそこ」
立香が指さしたそこにはサーヴァントが幾人かたむろしている。そして、賑やか、というよりも、何やら言い争っているような声がする。
「顔見知りが多いのか?」
「いや、みんな、面白がっちゃって……、なんていうか……、そのー、オルタがさ」
「オルタ?」
「あー、あのー、オルタっていう、もう一つの可能性、みたいな? えーっと、説明が難しいんだけど、一体のサーヴァントがいて、そのクラスや性格とか、そういうものが、ごろっと変わっちゃう場合とかもあって……」
「ふーん。なんだかよくわからないけど、いろいろあるんだな」
少し前、クー・フーリンが、クラスの違うおれがいる、と言っていたことを思い出す。
そういう感じなのだろうと士郎は納得するしかない。カルデアとはそういう所だ、と割り切らなければ、いちいちどうなっているのか、と悩まなければならない。
「士郎さんは知ってるかなあ? アーサー王伝説の、」
「え……?」
一瞬、脳裏をよぎったのは、聖杯戦争でともに戦った、金の髪……。
「アルトリアだよ」
「アル……トリ……」
賑やかな騒めきへと目を向ける。揺れる金糸が、人だかりの隙間から見えた気がした。
「セイ……バー……?」
まだ、そうと決まったわけではない。その名が士郎の知るセイバーの真名だとしても、顔を見るまではわからない。
サーヴァントたちの合間から、揺れる金の髪が、今度ははっきりと見えた。
「う……そ、だ……」
まだ、その顔は見えない。だが、時々聞こえてくるその声は、紛れもなく、士郎の知る騎士王のもので……。
「士郎さん? どうしたの?」
「…………いや、なんでも、ない」
賑やかなそのテーブルから目を逸らし、士郎は自身に、落ち着け、と言い聞かせ、立香に気づかれないように、一度、深呼吸をする。さいわい、立香はシフォンケーキに舌鼓を打っていて、こちらに気を取られてはいない。
士郎はほっとして厨房に向かうことにした。
「俺が作る前に、食べ終わりそうだな」
「え? あー、ほんとだ」
立香の食べていたシフォンケーキは、あと二口ほどが皿に残っているだけだ。
「じゃあ……、一緒に食べるのは、また今度だね」
「そうだな」
立香に残念だ、と答えて厨房に入り、残り物を探す。冷蔵庫の片隅や野菜のストックを確認して、適当に手に取る。
調理台はきれいに片付けられていた。エミヤが常日ごろ、使用後に清掃していることは知っている。あまり汚さないよう気を遣いながら材料を置き、包丁を握る。
「手早く作るなら、焼き飯くらいか……、肉類がないけど……」
おそらく肉は残らなかったのだろう。クー・フーリンをはじめ肉を好む英霊たちがカルデアには多いように思う。
野菜を刻みながら、残り物をきちんとタッパーに入れて保存してくれているエミヤに感謝する。
エミヤは、士郎が自炊を始めると言ったその時から、士郎の作る食事の分を残しておいてくれていた。
士郎は彼に、何を作る、と言ったためしはない。何が食べたいとか、何を作りたいとか、そういうことを言ったことはないのだが、エミヤは肉や魚、野菜を適量、保存容器などに入れて保管してくれている。
士郎のリクエストに応えるということではないが、士郎が作れるものの材料を常に残しておいてくれているようだ。
エミヤに礼を言えば、別に貴様に残したわけではない、とつっけんどんに言われたが、他にそれを使う者はなく、明らかに士郎が使っていいものだとわかる。
「素直じゃない……」
知らず、笑みがこぼれた。
「士郎さん、なに笑ってるの?」
「へ?」
食堂と厨房を仕切るカウンターの向こうから思わぬことを訊かれ、士郎は目を丸くする。
「なんか思い出し笑いっぽいことしてたよ?」
「え? そ、そうか?」
刻んだ野菜を炒めながら訊けば、立香は大きく頷いた。
「うん。してた!」
断言する立香にどう答えたものかと瞬く。
「別に、思い出しては……」
そう言い訳したものの、確かにエミヤの素直ではないところを思い出していた。
「そう? でも、絶対、今、笑ってたよ」
「そりゃ、笑いもするだろ。機械じゃないんだから」
「でも、いつも本気で笑ってないよね?」
図星を突かれた。
まだ二十歳にもならない少年に。
いつだったか、同級生にも言われたことがある。
“衛宮って、笑わないでしょ”
あの時は、何を言ってるんだこいつ、と思って受け流していた。が、今になって、その言葉が突き刺さる。
「あ、あ、ご、ごめん、おれ、変なこと――」
「先輩!」
急に謝ってきた立香を叱るように呼ぶ声に、どきり、とする。
自分のことではなく、マシュが立香を呼んだことにほっとしながら、胸が痛む。
そう呼ばれていた自分はもういない。わかっているのに、感傷に浸って落ち込んでしまいそうな気分を、引き上げることに苦労しなければならない。
「マシュ……」
見つかっちゃった、と肩を竦めて小さくなる立香に、マシュが少し呆れた顔をしている。
「先輩、ブリーフィングの時間ですよ。いったいいつまで食堂にいるんですか? もう、お昼ご飯もおやつも終わっていますよね?」
「あ、はい……」
叱られた立香は素直に頷いた。
「士郎さん、先輩がお邪魔しました」
それでは、と会釈して、マシュは立香を連れて、食堂を出ていった。
「俺にもいたな……、叱ってくれる後輩……」
懐かしいと思うのに、胸が痛い。彼女のことを、いや、変わる前の未来のことを思い出すと、胸のあたりが苦しくなる。
作品名:LIMELIGHT ――白光に眩む2 作家名:さやけ