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LIMELIGHT ――白光に眩む2

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 苦い想いを噛みしめながら、立香がカウンターに残したケーキ皿を引き取ってシンクに置き、調理を再開する。
「いつも俺を――」
「何を作っているのですか?」
 冷ご飯とともに野菜を炒めながら物思いに耽りかけると、カウンターの向こうから凛とした声が聞こえた。
「っ、ぁ……」
 ことり、と小首を傾げた姿を、見間違えるはずもない。
「セ……イ、バー……」
 瞠目したまま、他に言葉が浮かばない。
「ええ、確かに私はセイバーです。アルトリア・ペンドラゴン、マスターの召喚に応じました。よろしくお願いします。あなたは、こちらの……?」
 困惑気味に訊ねるアルトリアに、呆然としていた士郎はどうにか取り繕う。
「ぁ、あー、えっと、俺は……、ここに厄介になってるだけで……、スタッフじゃないよ」
 アルトリアを真正面から見ることができず、視線を落としたままで答える。
「では、なぜ、ここで食事を作っているのですか?」
「え? あ、お、俺は、自分の飯を……」
「そ、そうなのですか……」
 少しがっかりした様子で、ごくり、と生唾を飲んだ音が聞こえた。
「あ……、た、食べる、か?」
「ぜひとも!」
 待っていました、と、ばかりに頷いたアルトリアに、ずきり、と胸が痛んだ。
「……ん、じゃあ、少し待っててくれ」
 黙々と焼き飯を作る。カウンターの向こうで待っているアルトリアのために。
 あの時を思い出す。聖杯戦争のときを。
 彼女の気遣いを躱して、無理を言い続けた僅かな日々を。
(俺は、もっと……)
 セイバーと話さなければならなかったのに、と後悔ばかりが士郎の心を埋め尽くしていく……。
 歯を食いしばって食事を作ったことなど初めてだ。それでも、どうにか焼き飯を作り終え、カウンターへ静かに置く。
「はい、できたぞ」
「いただきます」
 スプーンを渡せば、その場で食べようとしたアルトリアに、指をさして示す。
「ちゃんと、テーブルに座って食べないと」
「あ。はい」
 素直に頷いて、近くのテーブルについたアルトリアから、士郎はすぐに目を逸らした。
「…………」
 調理台を片付け、洗い物をするために水を出したが、シンクの縁に手をついて項垂れてしまう。水を止め、ため息とともにしゃがみ込んだ。
(セイバーに記憶はない。俺は、初対面の、たまたまここにいるってだけの……)
 縋るようにシンクの縁を握りしめる。
「彼女には、普通に接しないと……」
 額に当てた手で、そのまま髪を握りしめる。
「そんなこと……、できそうにない……っ…………」
 抑えた声で吐き出した。アルトリアに聞き咎められないように空いた片腕で口を押えて……。
「普通に、なんて……」
 絶対に、無理だ。
(でも、俺は、なんにも知らないフリを、しないと……)
 奥歯を噛みしめれば、ぎり、と軋む。
(淡々と、して……、初対面を、装って……)
 胸の奥が疼く。彼女に無理を通した後悔が、じくじくと士郎を苛む。
「っ……」
 呼吸すら細めていたことで、眩暈を覚え、はあっ、と大きく息を吐く。
「……立て」
 自分に言い聞かせる。膝に手を置き、腰を上げた。
「俺は、ただの、魔術師崩れ。聖杯戦争なんか、知らない」
 言葉にすれば、簡単に事実になる。
 士郎が変えてしまった過去など、誰も知らない。自分のことを知る者は、このカルデアにはいないのだ。
「あの、」
 カウンターの向こうからアルトリアが声をかけてきた。
「早いな。もう食べたのか?」
 にこり、と士郎は笑みを刻む。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。できれば、その……」
「ああ、いいよ。こんなのでよければ、いつでも来てくれて」
 皿を引き取りながら言えば、
「はい! では、また!」
 アルトリアは嬉しそうに笑って去っていった。
 その背を見送り、シンクに皿を置き、項垂れる。
「は…………」
 いつでも来いなど、口から出任せだ。しばらくは彼女のいる時間帯を避けようと決めた。



「ほんとにセイバーだったな……」
 廊下の壁に手をつき、足を引きずりながらエミヤの部屋へと戻る。ずいぶんと戻るのに時間がかかってしまった。あれから厨房を清掃するのにも時間がかかり、もう夕方に近い時間ではないかと思われる。
 自動でドアが開き、目の前に黒っぽいものが見えた。
「……?」
 顔を上げると、エミヤが少し上からこちらを見下ろしている。夕食の準備のために、ちょうど部屋を出ようとしていたところに士郎は戻ってきたらしい。いつもよりも遅い気がするが、何かあったのか、と訊ねる気にはならない。
「わ、悪い……」
 エミヤの行く手を塞いでいたことに気づき、謝りながら脇へ退いた士郎はエミヤに腕を掴まれた。
「なん、だよ?」
 驚くばかりで、余裕がないためか、つい、不機嫌な声でこぼしてしまう。
「顔色が悪い。どうした?」
 訝しそうにしてエミヤは訊くが、答えることができない。
「いや、なんでもな――」
 エミヤの立つ戸口をすり抜けようとしたら、身体が浮いた。
「へ? お、おい! ちょ、何して、」
 容易にエミヤの肩に担がれてしまったことが腑に落ちない。
「ひ、人を、荷物みたいに、持つな!」
「荷物と大差ない。ドクターのところへ行け」
「は? なに言ってんだ?」
「顔色が悪いと言っているだろう! さっさとドクターの診察を受けろ!」
 エミヤは士郎の顔色が優れないことに気づき、さらにロマニ・アーキマンのところへ連れていこうとしている。
 ここに戻るまでにブリーフィングを終えた立香とマシュとも言葉を交わしたが、彼らは何も言わなかった。確かに調子は良くない。だが、それは、身体の調子ではなく、士郎の内面の話だ。表面上、なんら普段と変わらないはずだ。
 だというのに、なぜ、エミヤには、そんなことがわかるのか?
「なん……で、だ?」
「ああ? 何がだ」
 苛立たしげに訊き返される。
「なんで、あんたが、そんな……こと」
 まるで、士郎を心配しているような行動だ。
 エミヤは士郎を治したいと言っていたという、それはなぜ?
 今、士郎の調子の悪さに気づき、診察を受けろと連れていくのは、どうしてだ?
 わけがわからない。
 エミヤはいったいどういうつもりで士郎と関わろうとしているというのか?
 訊くに訊けないことが増えていく。けれども、士郎には、そんなことを訊くことはできない。エミヤと忌憚なく話をするような間柄になれるわけがない。
「びょ、病気じゃない! 熱もない! 下ろせ! ほんとに……なんでもない、から……」
 勢いを失くした士郎の声に、エミヤは歩みを止め、そっと下ろしてくれた。
「だが……」
「なんでもないんだ、ほんとに。だから、あんたは、厨房に行けよ」
 エミヤの顔を見ることはできず、士郎は壁に寄りかかる。
「衛宮士郎、お前は――」
「あんた、心配症だな、案外」
 軽口を叩いて、笑みを刻んで、士郎は手を払う、早く行け、と。
 エミヤには、何も話せる気がしない。自分が何を不安に思い、何を後悔しているのか、など……。