As you wish / ACT2-3
「池袋に君を呼んで、俺から君を奪うようなことばっかりして、だからちょっと痛い目見せてあげたかった」
「くすぐったいですってば」
「でも俺我慢したんだよ?ほんとだったらもっと痛めつけてやってもよかったんだ、半殺しくらいの目に会ったってさ、俺は別に痛くもかゆくもないし、」
「臨也」
有無を言わせぬ口調でその先を遮り、帝人はするどく横に視線を向ける。一瞬体をこわばらせた臨也から、そのままするりとぬけだして、帝人は真正面から臨也と視線を合わせた。
「巻き込んでほしくなかったんです、分かりますか?」
「・・・それは無理でしょ、カラーギャングの親玉なんだから」
けれども最大限の譲歩はしたつもりだ。彼にも彼の彼女にも、怪我も負わせず仲間や他の連中から恨みを買うような状態にもしなかった。そうならないように、帝人の機嫌を最悪まで損ねないために、臨也だってそれなりの努力をして見せたのだ。実際今も、紀田正臣とその彼女はちゃんと続いているし、2人が暴力事件に巻き込まれたということもない。
ふてくされたような顔をする臨也に、帝人も、それくらいは察していたらしい。
仕方がない人ですね、と息をつく。
「・・・帝人君」
「分かってますよ、あなたが僕のことを最優先で考えているなんて、今さらですもんね」
「じゃあさ、頂戴?」
首をかしげて、ねだる臨也の目が赤く光っている。血に飢えた目だ。さっきからずっと首筋に顔をうずめていたのも、どうせ血のにおいをかいでいたかったからなのだ。知っている。
「・・・気絶する前にやめてくださいね。明日買い物に行かなきゃいけないんですから」
帝人は観念して、上着を脱いだ。長袖のTシャツの首元の布をずらしてやる。待ちきれないとでも言うように帝人の手を引いて、臨也はそのまま彼をソファの上に押し倒した。
「ふふ・・・」
ぎらついた目と、荒い息で分かる。
臨也は興奮している、のだ。7か月ぶりの生き血に。鼻先をこすりつけるようにしてもう一度首筋のにおいをかぎ、
「嬉しいなあ・・・帝人君の血はほんとうに、良い匂いがする」
うわごとのようにそんなことを言って、そして、その歯が。
「・・・っ、ふ」
帝人の首筋につきたてられる。
何度血を吸わせてもなれないこの感覚は、セックスに似ているのだと言った臨也の言う通りなのだと、思う。ぼんやりとして頭が正常に働かなくなり、歯を突き付けられたところが酷くしびれる。
「ぅ、あ・・・っ、あ」
血が一か所に集まって、それを吸われると言うのがまたもどかしく快楽をよこすからたちが悪い。おまけに夢中になっている臨也は、どうも帝人を女と錯覚しているような、妙な手つきで体に触ってくるから余計に。
するりとTシャツに手を入れて、ありもしない胸を触られるのは本当にどうにかしてほしい。死ねばいいのにと思ったりもする。おまけに臨也の、興奮してすっかり固くなったソレ、とかを押しつけられたりするからほんとに冗談じゃない。
も、死ねばいいのに。
男の性器なんか押し付けられたって嬉しくないし。どうしていいのかも分からないし。唇をかみしめたその時、ちゅう、とわざとらしい水音を立てて臨也が首筋から顔を上げた。
「・・・っは、も、いいんです、か?」
もっとしつこくされるかと思った、と尋ねれば、臨也はまだ物足りなさそうな顔をしながらも、うん、と素直にうなずいた。
「あんまり吸っちゃうと、帝人君殺しちゃいそうで怖いしね」
見上げた臨也の目は、まだ飢えを訴えていたけれど、確かにこれ以上は自分のほうがまずい。ふーっと大きく息をついた帝にかがみこんで、臨也はその目からこぼれそうになっている涙をぺろりとなめた。
「血はもういいよ。だから唾液を頂戴」
馬乗りになった状態で、そんなことを言う。
ああほんと、どんなBLフラグだよ、そんな風に思っていた時期もありました。今じゃもうすっかり慣れてしまった自分が悲しい。帝人はファーストキスもこの男に奪われているんだ、しかも最初っからディープなやつを。
吸血鬼が血を求めるのは、それが生命維持に直結した体液であるから、らしい。そして血が一番いいけれど、たとえば唾液や精液でだって代用は可能らしい。臨也がそう言っていただけなので、それが一般的なのかどうかは分からないが。ただしあくまで代用は代用で、血を吸うよりはずーっと効果は薄いそうだが。
「ね?いいよね?」
甘えるように帝人に確認を取る臨也は、楽しそうだ。
いちいち許可を得なければ食事できないように制限したのは帝人のほうだけれど、時々それが死ぬほど恥ずかしく感じることもある。かといって、自由に摂取できるようになんてしたら、それこそこっちの身がもたないのだけど。
「・・・いい、ですよ」
あきらめて許可を出せば、臨也の目が嬉しそうに細められた。それからくるりと器用にソファに倒れ、帝人を自分の上に乗せるように位置を変える。細身の体のどこにこんな力があるのかと思うが、それが血に満たされた吸血鬼の力の一部なのだそうだ。
臨也の上にのせられた帝人は、せめて羞恥心から逃れようと目を閉じた。
すぐに唇がふさがれる。
強引な舌の動きが、帝人の唇を割って口内に侵入すると、羞恥心から逃げようとする帝人の舌をからめてきつく吸いつく。
「ふ、」
逃げる気もないけれど、逃がさないとでも言うように強く抱きしめてくる腕が、また緩慢に帝人の体を緩やかに弄った。この手が困る。すごく困る。覆いかぶさるように下にしている臨也の体は、わかりやすく興奮しているわけで。流されそうになるから、困る。
唾液を交える水音が、ちゅく、と静かな部屋に響いて耳から帝人を犯そうとする。
ああもう恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
ぎゅうっと臨也の服を握りしめて、とにかく必死で耐えていたなら、突然臨也は上半身を起こしてきた。唇は派手に音を立てて離れる。そのまま肩口に顔を押しつけられて、正面から抱きあう形になると、耳元で楽しそうな声が笑った。
「ねえ帝人君。どう?そろそろセックスしたくならない?」
「寝言は寝て言え!」
作品名:As you wish / ACT2-3 作家名:夏野