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鳥籠の番(つがい) 2

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鳥籠の番 2


ピッピッピと機械音が響く検査室の中央で、検査台に固定されたまま意識を失っているアムロの元へ、シャアはゆっくりと歩み寄り、その顔を覗き込む。
そして、二年前にアウドムラで会った時よりもやつれた顔に眉を顰める。
ニュータイプ研究所での実験は余程苛酷なものだったのだろう。
ふっくらとしていた頬はこけ、顔色も悪い。
カラバに合流してすぐの頃も、アムロは長い幽閉生活に疲れ果て、鬱に近い状態だったが、今はそれよりも更に酷い状態だ。
連邦にとって、ニュータイプは本当に危険因子でしかないのだろう…。
アムロがピクリと身動ぐが、四肢が検査台に固定されている為思うように動けず、呻き声をあげる。
「ナナイ、アムロの拘束を外しても良いのではないか?」
「…はい。今、外します」
ナナイは端末を操作して検査台の拘束を解除する。
シュンっと音を立てて拘束が解除されると、アムロの腕がズルりとシートの手摺から滑り落ちる。
その手首には痛々しい擦過傷が出来ていた。
「酷いな…」
その手を取ってシャアが呟く。
「昨日まで、かなりの錯乱状態でしたから…」
「もう大丈夫なのか?」
「はい、マスター登録が完了しましたのでこれで落ち着くでしょう。明日からは他の被験体と同じフロアに移動させる予定です」
「そうか…ならば、このまま私の屋敷に連れて帰る」
「大佐!?」
「私に絶対服従なのだろう?問題はあるまい」
「ですが…まだ調整が必要です」
「ならば明日、こちらに送り届けよう」
「大…」
「ナナイ、いいな?」
静かな口調ながら、反論は許さない声音に、ナナイは言いかけた言葉を飲み込む。
「…分かりました」
「すまないな」
すまなそうに小さく笑みを浮かべると、シャアは検査台からアムロを抱き上げ、そのまま部屋を出て行く。
ナナイはその後ろ姿を見送りながら、心に一抹の不安を抱き、ギュッと拳を握りしめる。
『…本当に…これで良かったのだろうか…』


屋敷に向かうエレカの中で、シャアはアムロの頭を膝に乗せて柔らかい癖毛を指で梳く。
その感触は、ダカールでの演説後、アウドムラで初めてアムロを抱いた時と変わらない。
あの時、半ばレイプのように…嫌がるアムロを強引に抱いた。
出自を明かし、自由を奪われた焦燥と、ままならない戦況。そして、アムロに言われた“人身御供”と言う言葉にカッとなった。
“こんな筈ではなかった”
私は、人類の革新を…ニュータイプの行く末をこの目で見たかっただけなのだ。
だからその障害となるとティターンズを潰す為、ブレックス准将の手を取った。
彼の思想には共感できるものがあった。だから協力する事にしただけだ。
それだけの筈だったのに、エゥーゴの代表と言う“枷”に縛られる事になるとは思っていなかった。
そして、その行く末を見たいと願う“人類の革新”であるアムロは宇宙に上がらないと言う。
それでは意味が無い。
私はアムロの見る未来が見たいのだ。
そのアムロが私に向かって“人身御供”だなど、許せなかった。
気付いた時にはアムロを引き倒し、無理やり身体を拓いて自分のものにした。
そうすれば、私にも何かが視えると思ったのかもしれない。
真っ直ぐに前を見据える琥珀色の輝き。
ア・バオア・クーで剣を交えた時に感じたニュータイプ同士の共感をもう一度味わいたかった。
初めこそ激しく抵抗していたアムロだったが、次第に私の思惟に飲み込まれ、快楽に飲み込まれこの手中に落ちた。
その時、僅かだがアムロと心が繋がった。
宇宙の中を漂うように二人の心が一つとなり、何かが視えたような気がした。
刻を超え、人類の未来が視えたような…。
アムロは私を導く道標だ。
その穢れのない眼差しで未来を指し示す。
奇跡の存在であるアムロを腕に抱き、今まで感じた事が無いほど心が高揚した。
私はアムロと未来が視たかった、そしてそれは“アムロ自身”を欲していた、と言う事でもあったのだ。
アムロを同志にしたいと望んだ。
ララァの様に自分の側に置きたかった。
自分を唯一理解する者として、共に歩みたかった。
しかし、アムロは共に宇宙へ上がって欲しいと差し出した私の手を振り払った。
そんなアムロに失望し、憎いとさえ思った。
アムロが手に入らないのであれば、エゥーゴなど、もうどうでもよかった。
だから姿をくらました。

そのアムロが今、再びこの手の中にいる。
しかし、このアムロは私が欲したアムロではない。
ニュータイプ研究所での強化により、記憶を封印され、あまつさえマスター登録などと言う処置を施された作り物でしか無い。
おそらくもう、あの清く偽りの無い、しかし激しい光を放つ眼差しで私を見る事は無いのだろう。
どうしようもない焦燥感に苛まれながら、腕の中のアムロを見つめる。
「どうやっても…私は君を手に入れる事が出来ないのだな…」
溜め息混じりに呟いたシャアの言葉は、車外に広がる夜の闇に吸い込まれていった。


◇◇◇


朝、目を覚ましたアムロは、見知らぬ景色に驚きながら、ベッドから身体を起こす。
「…何処だ?」
そして、自身が眠るベッドが昨日までの硬いマットではなく、上質なシーツに包まれた豪華な作りである事に、訳がわからず混乱する。
「どう言う事だ?俺は…」
自身の身体を見れば、手首には包帯が巻いてあり、怪我の手当てがしてある。着ている服もいつもの検査着ではなく、肌触りの良い上質なものだ。
「…ここは…研究所じゃ…ないのか?」
無機質で真っ白な壁に囲まれた実験室と、牢獄の様な個室。
それがここ数年、アムロが知る景色だ。
だから今、豪華な調度品に囲まれた部屋に居ることが理解できない。

呆然としていると、ガチャリと音を立て部屋の扉が開かれる。
そして、入ってきた人物を目にした瞬間、身体中を駆け巡る強烈な衝撃に襲われた。
目の前がチカチカと明滅し、脳裏に女性の声が響き渡る。

〈No.A-001 目を開けなさい〉
〈No.A-001 今、貴方の目の前に居るのが貴方のマスター 、シャア・アズナブルです〉
〈No.A-001 貴方のマスターは目の前のシャア・アズナブルただ一人。何があってもその命令に従い、尽くしなさい〉

「シャア・アズナブル…俺の…マスター…何があっても…その命令に従い…尽くす…」

アムロは瞬きをする事も忘れ、目の前の人物を見つめながらそう呟く。
そして、その言葉を聞いた目の前の人物は、少し悲しい表情を浮かべながらも、アムロの顎を掴んで上向かせ、瞳を覗き込んでくる。
「目が覚めたか、アムロ」
「はい…マイマスター」
「…シャアだ…」
「え…」
「シャアと呼べ」
「…ですが…」
主人を名前で呼ぶ事に戸惑うアムロに、シャアは少し苛立ちを覚えながら小さく溜め息を吐く。
「命令だ」
「あ…」
マスターの命令は絶対だ。
アムロはコクリと頷く。
「はい、シャア。貴方の命令に従います」
ガラス玉の様な瞳で告げるアムロに、眉をひそめる。
「…起きられるか?」
「はい」
アムロはベッドから降りてシャアの前に立つ。
しかし、連日実験や精神錯乱によって暴れた身体はそこら中が悲鳴を上げており、そのまま床へと崩れて落ちてしまう。
「あ…」
作品名:鳥籠の番(つがい) 2 作家名:koyuho