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鳥籠の番(つがい) 2

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自分でままならない身体に動揺しながら、アムロはシャアを見上げる。
「すみま…せん」
「やはり、大分筋力も体力が落ちているな…。食事は取れていたのか?」
「あ…いえ…ハッキリとは覚えていませんが…ずっと栄養剤を点滴されていただけだと…」
「だろうな…胃に負担にならないように流動食を用意させた」
床に座り込んだままのアムロの膝裏に手を入れると、軽々抱き上げる。
「あっシャ、シャアちょっ!こんな…」
抱き上げられて焦るアムロに、シャアがクスリと笑う。
「歩けないだろう?」
「そ、それはそうですが…貴方にこんな事をしてもらう訳には…!」
「君は私の物だ。自分の物を運ぶだけだ。問題あるまい?」
「いや…しかし…!それに…恥ずか…」
顔を真っ赤にするアムロを見て、シャアの顔に笑みが浮かぶ。
「恥ずかしがる事は無い。ここには君と私だけだ」
「シャアっ」
「大人しく掴まっていたまえ」
そう言うと、ギュッとアムロを抱きしめ、寝室を出てまずは居間のソファへと座らせる。
そして両手首と足首の怪我を確認する。
「痛っ」
「随分長い間拘束されていたようだな…酷い状態だ」
優しく触れるシャアの手から、自分を心配する心と優しさが伝わってきてアムロの心を温かくする。
こんな感覚は久しぶりだと、ホッと肩の力が抜ける。
「大丈夫…です。ありがとう…ございます」
アムロの儚い笑みに、シャアの胸が締め付けられる。
「…いや…、食事にしよう」

食事後、シャアとアムロの元にナナイが現れた。
「大佐、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おはよう…ございます」
アムロもナナイに向かって小さく会釈をする。
そんなアムロを見つめ、ナナイが安心したように小さく息を吐く。
「安定しているようですね」
「あ…はい」
「今日は研究所内の医療センターで検査を受けてもらいます」
研究所と聞いて、ビクリと肩を揺らすアムロを安心させるように「健康状態をチェックするだけです」と付け加えると、シャアに視線を移してシャアの今日のスケジュールを伝えていく。
「私も研究所に同行しても構わないか?」
「…分かりました。研究所を経由して、総帥府へと向かいます」
「すまないな」
「いえ」
シャアが一緒に来てくれると聞き、安堵するように微笑むアムロに、ナナイは複雑な表情を浮かべる。
マスター登録をする事で、ここまで安定するとは思っていなかった。そして、ここまでマスターに依存するのかと少し驚く。
『暫くはあまり大佐と離さない方が良いかもしれない』


研究所での検査を一通り終わらせると、アムロは疲労からぐったりと医務室のベッドに沈み込む。
「公務終了後に大佐が迎えに来るそうなので、それまでここで休むように」
医務官の言葉にコクリと頷くと、そのまま眠りに落ちてしまった。

深い眠りの中で、アムロは湖の畔に立っていた。雨上がりのその空に飛ぶ、一羽の白い白鳥をじっと見ている。
それはとても美しくて、でも儚くて…涙が零れた。
『美しいものが嫌いな人がいて?』

ー“ ”が言った…。

『“ ” のところには…いつでも逢いに行けるから…』

ーそう呟いたのは…僕…?

アムロはその答えを探そうと手を伸ばす。
しかし、その手は何も掴む事は出来ない。

『“ ”!君に会いたい…僕は…どうしたらいい?あの人を…』


「…ロ…アムロ…」
誰かが自分を呼ぶ声に、意識が浮上して行く。
「アムロ!」
「…あ…」
目を開けると、目に前に綺麗な金髪とスカイブルーの瞳が見えた。
そして、その人物を認識して、思わず息を吐く。
「シャア…」
「どうした?大丈夫か?」
「え…?」
頬を伝う涙をシャアの指で拭われて、自分が泣いていた事に気付く。
「あれ…俺…」
アムロはゆっくりと起き上がり、手の甲で涙を拭う。
「体調が悪いのか?」
心配気に覗き込むシャアに、「違う」と首を横に振る。
「すみません…何か…夢を見ていて…」
「…どんな夢だ?」
恐る恐る聞くシャアに、アムロは自分の夢を思い出そうとするが、何も思い出せない。
ただ、胸が痛んだ。
「…分かりません…忘れてしまいました…でも…何故だか悲しくて…」
呆然とするアムロの髪をシャアがそっと撫ぜる。
「そうか…ならば無理に思い出さずともよい」
「はい…」
「歩けるか?」
「だ、大丈夫です!」
流石にもう抱えられるのは勘弁して欲しいと、焦って返事を返す。
一日休んだお陰で随分と回復した。
走るのは辛いが歩くだけなら問題ない。
「そうか、それは残念だ」
「シャア!」
そんな二人の会話を横で聞いていたナナイが、アムロがマスターを名前で呼ぶ事に怪訝な顔をする。
「大佐、マスターを名前で呼ばせるのはどうかと思いますが…」
「かまわん、私がそう“命令”した」
「ですが、他に示しがつきません!」
「…ふむ…、では公の場では階級で呼ばせる。それで良いな?」
納得はしていないが、シャアにこれ以上言っても改める気は無い事を察すると、ナナイは溜め息を吐いて小さく頷く。
「…分かりました…」
「そういう事だ、アムロ。分かったな」
「はい…」


◇◇◇


しばらくの間、アムロは体力を取り戻す為シャアの屋敷で療養をし、体調が回復した後は研究所で検査を定期的に受けつつ、普段はシャアと行動を共にする事になった。
ナナイと共にシャアの公務の補佐を務める。
過去の記憶は無いものの、改めて学んだ知識を脅威のスピードで習得していき、今では記憶を失う前と然程変わらない状態にまでなっていた。
それは工学知識についても同様で、モビルスーツの開発にも最近は関わっている。

アムロの顔と名前は大分忘れ去られているとは言え、それなりに世間に知れ渡っている事から、素性を隠す事は出来なかったが、ナナイが上手く手回ししたのだろう。
かつて一年戦争で“連邦の白い悪魔”と呼ばれ、ジオンに多大な被害をもたらした、元連邦のパイロットである筈なのに、同胞たちからは思った程反感をかう事は無かった。
本来ならばニュータイプは人類の、スペースノイドの革新的な存在なのだ。
そもそも連邦に居たのがおかしいのだと、あるべき場所に戻ってきたのだと、そして自分たちのトップであるシャア・アズナブルの物であるべきなのだとの触れ込みが功を奏したようだ。
しかしながら、やはり肉親を失った者などは簡単には受け入れられないらしく、アムロに悪意を抱く者も当然いた。
それらから守る為との目的もあり、アムロはなるべくシャアの傍らに居た。

「大佐、この後の会食後、自分は研究所の方に向かいます。大佐はナナイ大尉と共に総帥府へと向かって下さい」
黒いネオ・ジオンの制服に身を包んだアムロがシャアに告げる。
普段はほぼ一緒に行動するが、どうしても時間の掛かる定期健診やサイコミュのテストの際は別行動を取ることがある。
「今日はサイコミュのテストか?」
「はい、ファンネルの操作テストを行います」
「ナナイ、私も一度見てみたいのだが?」
ナナイは少し眉を寄せながらも、スケジュールを確認する。
「調整可能です。手配致します」
「うむ、頼む」
作品名:鳥籠の番(つがい) 2 作家名:koyuho