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はじまりのあの日18 おやすみの魔法

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「なんかすっごく楽しみになってきたっ、明日の行列~」
「俺も~。リンのおかげ、一芝居打とうじゃな~い」

さすがに夜なので、声は潜める。同じ階層にメンバーが多いとしても、だ。他のお客様に、迷惑をかけてはいけない。エレベーターに乗って、一つ下の階を目指す

「だけどリン、も~一回だけ念押しする。こんな格好で出歩いたらダメ。今度は気を付けて、できるかな、約束」
「うん、ごめんなさい『変な目』ってよく解んないけど、気を付ける」

どれだけ子供か。まぁ、この辺りのことも、結局はメンバーに教わった、後々。めー姉、めぐ姉、ルカ姉、お姉様達に。自分で学習したこともあるけれど。その後は他愛ない会話を重ね、一つ下の階層、わたしの部屋の入り口の前。たどり着く前に、他人様(ひとさま)に遭わなくて良かったと、今は思う。あんな格好のわたしを連れた彼。見つかっていたらタダじゃ済まない、カモしれない『彼』は。それでも、わたしを『護衛』してくれた紫の彼。わたし、幸せに過ぎるほどだったんだな

「さて、それじゃあお休み、リン」

そう言って立ち去ろうとする彼を

「あ、ま、まってがっくん」

強制的に引き留める。不思議そうに振り返る彼

「あの、ね。がっくんが言ったみたいに、眠れそうにないから、かけて欲しいんだ」
「カケル、何を―」
「がっくんがかけてくれる、お休みの魔法」

少し考える彼。わざと答えを言わないわたし。思い出して欲しいから。覚えていてくれたら嬉しいから。最近ご無沙汰の

「もしかして、アレ、お休みリンってやつ」

大正解。困ったように笑う彼に、口で言う代わり、大きく上半身で頷いて肯定

「まだ俺がマンションに居た時か。別れ際に言ってたな。魔法でもなんでもないじゃない、あんなの」
「そんなことないよ。あれ、言ってくれた日は、すっごく良く眠れたんだから。お願いがっくん」

なら毎日言ってあげれば良かった。そんな風に言いながら、引き返してくれる彼。わたし、その腕を取る

「リン」
「んとね、今日はベッドの脇で言って欲しい。あの日みたいに」

ちょっとワガママを言ってみる。それもやっぱり、思い出して欲しくて。覚えていたらうれしくて、聞いてみる

「俺の膝が、リンの指定席になったあの日の事かな。そういえば、あれが初めてだったじゃない。よく覚えてたな、リン」

さっき覚えていてくれたことよりも、さらに嬉しい。はじまりのあの日、覚えていてくれたこと。頭を撫でてくれる彼

「がっくん、さっき言ってたよね『大事な思い出』って。わたしもね、特別に思ってたの。あの日、歌ったこと。だから覚えてる、あの日の事、全部」
「そっか。嬉しいじゃない、そう思ってくれる事って。俺はリンに会えて、みんなに会えて良かったけどさ」
「わたしもだよ。がっくんに会えて良かった」

彼の腕を取ったまま、僅かに見つめあう。不意にわたしは夢見心地になる。正体不明の感覚に、頭のてっぺんが痺れ、よろめく。抱き留めてくれた彼

「さて、じゃあ魔法をかけてあげようじゃない。リン少し疲れてるみたいだし」

突然、意識が迷子になった、わたしを見た彼。そんな感想を口にし、わたしを姫だっこしてくれる

「あの日は、レンも一緒だったじゃない。本当に小さな双子だった」

そう言いながら、わたしをベッドの中へ。本当、執事に世話されるお嬢様のよう。されるがままが心地よい。シーツの少し冷えた感触、かけられる布団、家(マンション)の物と違う

「外からだけど、鍵掛けていく。フロントに事情言って、預けておくから」

ベッドの脇、かがみ込みながら言ってくれた彼

「おやすみ、リン、良い夢を」

二度、オデコを撫でてくれる。それだけで、意識がまどろむ。何が眠れそうにない、だ。ああ、たぶんデマカセだった。魔法をかけて貰いたかっただけ。でも、おかげで微睡んだのも確か。立ち去ろうとする彼に

「がっくん、おやすみ。イイ夢見てね」

返してみる。小さく『ありがとう』と帰ってきた。あの夜は、魔法のおかげで快眠。紫の殿様と江戸時代の街を巡る、なんて楽しい夢まで観て、朝起きたときから恭悦至極。ご機嫌で朝の身支度を済ませたっけ。そういえば、彼の『もう少し護らせて』うふふ、変わったんだよね。意識が、今へ返ってくると同時、守護神なんて言葉が響く。ああ、野球ね、優勝争いか。わたしの守護神は紫様。うううダメだ、きっと今、わたしもの凄くニヤ蕩けてる―