鳥籠の番(つがい) 3
鳥籠の番(つがい) 3
「アムロ!アムロ!」
病室のベッドで、蒼い顔をして眠るアムロに、シャアが何度も呼び掛ける。
バイタルを知らせるモニターには、心拍の波形が弱々しいながらも規則的に刻まれている。
執務中のシャアの元に、研究所での検査中にアムロがショック症状を起こして心肺停止の重体だとの連絡が入った。
シャアは取るものも取り敢えず、NT研究所に駆けつけたのだ。
集中治療室では、心肺蘇生処置を受けたアムロが、意識はまだ戻らないものの、どうにか鼓動を取り戻し、眠っていた。
「アムロ…」
シャアのその声に、アムロの瞼がピクリと震え、ゆっくりと開かれる。
その奥から覗く、琥珀色の瞳にシャアが思わず叫ぶ。
「アムロ!」
アムロは何度か瞬きを繰り返し、声のする方へと視線を向ける。
「……」
まだ意識の朦朧としているアムロは、はっきりと定まらない視線でシャアを見上げる。
「アムロ、私だ。分かるか?」
「…マ…スター…」
「そうだ、私だ。シャアだ」
「シャ…ア…」
自分を認識したアムロに、シャアは小さく息を吐くと、ナースコールを押して医師を呼んだ。
「意識を取り戻せばもう大丈夫です」
「そうか…」
医師の言葉にホッと肩を撫で下ろす。
まだ薄目を開けただけで朦朧とはしているが、意識を取り戻した事で、命の危機は脱する事が出来た。
「蘇生処置が早かったので大丈夫かと思いますが、後遺症などが無いか確認する為に明日の朝、検査を致します」
「そうだな…。しかし、何故このような事に?」
「研究員の話によると、今日の検査で少し異常が見られた為、薬を投与したところ、アナフィラキシーショックを起こした様です。通常ならば問題ない薬なのですが、大尉は連邦の研究機関でかなりの薬物を投与されていましたので、その何かと今回の薬が副作用を起こしてしまったようです」
「事前に分からなかったのか?」
「この薬は以前にも投与して問題なかったものですから、今回も大丈夫だろうと思ったのでしょう。しかし、度重なる投与でショックを引き起こすこともあります。こうなると中々それを見極めるのは難しい」
「そうか…」
「その研究員は?」
「そこに控えております。会われますか?」
「ああ」
隣の控室から、研究員の男が姿を現わす。
そして、入るとすぐさま深く頭を下げる。
「総帥、申し訳ありますせん!」
まだ若い研究員は上の指示に従い、薬物を投与したと言う。
シャアはアムロを命の危険に晒した研究員に怒りを覚えながらも、必死に頭を下げる男から謝罪の念が伝わり、目を閉じて自身を落ち着かせる。
『上からの指示であり、この男に罪はない』
それにこの男が直ぐに対処した為、アムロは命を取り留めた。
そう、心の中で繰り返し、目を開け研究員へと向き合う。
「今後、アムロへの投薬には細心の注意を払う様に。今回、君の迅速な対処でアムロは助かった。それについては感謝する。よって処罰については今回に限り免除する」
「ありがとうございます」
「しかし次は無い、心するように」
「は、はい。勿論です」
頭を下げ続ける男に、シャアが小さく溜め息を漏らす。
「もういい、行きたまえ」
「はい、失礼します」
男は深々と頭を下げると部屋を後にした。
そして、暫く歩いたところで、俯いた男の口角が上がる。
「まだだ…まだ足りない…こんなに簡単に死んで貰っては困るんだ。アムロ・レイ」
◇◇◇
病室にアムロと二人きりとなり、シャアはまだ意識の朦朧としているアムロの手を握り、自身の額へと押し当てる。
「アムロ…やはり君を一人にするのではなかった…」
アムロが意識不明の重体と聞き、背筋が凍る思いがした。
“アムロを失いたく無い”そう思った。
もしも死んでしまったらと、恐怖に心臓が張り裂けそうだった。
「何故…私は…こんなにも君を失う事を恐れる?」
薄っすらと目を開けるアムロに問いかける。
その問いに、アムロは何も答える事は無かったが、その瞳から一雫の涙が零れ落ちた。
「アムロ…?」
そして、そのまま目を閉じて眠りに落ちてしまう。
そのアムロの、頬を伝う涙を指で掬う。
「君の涙は美しいな…」
そう言うと、掬った涙を唇に含んだ。
「君の味がする…」
そして、そのまま顔を近づけ、アムロの唇に自身の唇をそっと重ねる。
触れるだけのキス。それを啄む様に何度も繰り返した。
「アムロ…君は…私のものだ…、ずっと…私の傍らにいてくれ…私を置いて行くな…」
悲痛なその声は、眠るアムロの脳裏に直接響き渡る。
言葉と共に、触れた唇から伝わるシャアの心がアムロの心に染み込んでくる。
『シャア…俺は…貴方の傍に…いるから…貴方を…独りにはしないから…』
声にして伝えたいのに、身体が言う事を利かず伝えられない。
ままならない身体がもどかしい。
『シャア…俺は貴方を…』
そこまで考えて、意識が闇に引き摺られブラックアウトした。
翌日、検査を終えたアムロは意識もしっかりと戻り、病室を訪れたシャアと面会した。
「大佐、ご心配をお掛けしました」
「いや、いい。もう大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です」
ベッドの上で微笑むアムロに、シャアはホッと笑みを浮かべる。
「昨日の事は覚えているか?」
「それが…検査室で注射を打たれた瞬間、目の前が真っ暗になって…その後の事はよく覚えていません。今朝、目を覚ましたらここのベッドの上でした」
「そうか…」
あの研究員によって記憶操作を受けたアムロは、実験室での事を全く覚えていなかった。
その為、何故自分がこんな状態になったのか理解できないでいた。
「検査の結果、特に後遺症もありませんでしたし、もう退院して良いそうです」
「そうか、それではこのまま一緒に帰ろう」
「え?執務は良いのですか?」
「ああ、今日はもう何も予定が入っていない」
「…本当に?」
時間的にはまだ早い為、疑問に思ったアムロがシャアの後ろに立つナナイへと視線を向ける。
その視線に気付いたナナイが溜め息混じりにコクリと頷く。
「はい。本日の予定は全て終えております」
本当のところは、アムロを心配するあまり、シャアが仕事に集中できない為、途中ではあるが切り上げたのだ。
「…なら…良いですが…」
本当に良いのだろうかと不安になるが、ナナイにそう言われてしまえば何も言い返す事が出来ない。
アムロは身支度を整えると、シャアと共に研究所を後にした。
その後ろ姿を、例の研究員の男がジッと見つめる。
そしてそんな男をギュネイが不審な目で見つめていた。
◇◇◇
屋敷に戻ると、まだ全快とは言えないアムロは早々に自室へ向かい、ベッドにゴロリと寝転ぶ。
「はぁ…何だろう…凄く…身体が重い…それになんだか胸が痛い…」
それは肉体的な痛みではなく、精神的な痛み。
胸を締め付けるような、悲しく辛い痛み。
「俺…本当にどうしたんだろう…なんでこんな事に…」
医師から自身に起こった事を説明されたが、どこか他人事の様に感じてあまり耳に入って来なかった。
しかし、身体に残る戦闘の後の様な筋肉の強張りとこの胸の痛み…、アムロはギュッと胸元を握り締め、目を閉じる。
「何か…忘れている気がする…」
アムロの胸に不安が過ぎる。
「アムロ!アムロ!」
病室のベッドで、蒼い顔をして眠るアムロに、シャアが何度も呼び掛ける。
バイタルを知らせるモニターには、心拍の波形が弱々しいながらも規則的に刻まれている。
執務中のシャアの元に、研究所での検査中にアムロがショック症状を起こして心肺停止の重体だとの連絡が入った。
シャアは取るものも取り敢えず、NT研究所に駆けつけたのだ。
集中治療室では、心肺蘇生処置を受けたアムロが、意識はまだ戻らないものの、どうにか鼓動を取り戻し、眠っていた。
「アムロ…」
シャアのその声に、アムロの瞼がピクリと震え、ゆっくりと開かれる。
その奥から覗く、琥珀色の瞳にシャアが思わず叫ぶ。
「アムロ!」
アムロは何度か瞬きを繰り返し、声のする方へと視線を向ける。
「……」
まだ意識の朦朧としているアムロは、はっきりと定まらない視線でシャアを見上げる。
「アムロ、私だ。分かるか?」
「…マ…スター…」
「そうだ、私だ。シャアだ」
「シャ…ア…」
自分を認識したアムロに、シャアは小さく息を吐くと、ナースコールを押して医師を呼んだ。
「意識を取り戻せばもう大丈夫です」
「そうか…」
医師の言葉にホッと肩を撫で下ろす。
まだ薄目を開けただけで朦朧とはしているが、意識を取り戻した事で、命の危機は脱する事が出来た。
「蘇生処置が早かったので大丈夫かと思いますが、後遺症などが無いか確認する為に明日の朝、検査を致します」
「そうだな…。しかし、何故このような事に?」
「研究員の話によると、今日の検査で少し異常が見られた為、薬を投与したところ、アナフィラキシーショックを起こした様です。通常ならば問題ない薬なのですが、大尉は連邦の研究機関でかなりの薬物を投与されていましたので、その何かと今回の薬が副作用を起こしてしまったようです」
「事前に分からなかったのか?」
「この薬は以前にも投与して問題なかったものですから、今回も大丈夫だろうと思ったのでしょう。しかし、度重なる投与でショックを引き起こすこともあります。こうなると中々それを見極めるのは難しい」
「そうか…」
「その研究員は?」
「そこに控えております。会われますか?」
「ああ」
隣の控室から、研究員の男が姿を現わす。
そして、入るとすぐさま深く頭を下げる。
「総帥、申し訳ありますせん!」
まだ若い研究員は上の指示に従い、薬物を投与したと言う。
シャアはアムロを命の危険に晒した研究員に怒りを覚えながらも、必死に頭を下げる男から謝罪の念が伝わり、目を閉じて自身を落ち着かせる。
『上からの指示であり、この男に罪はない』
それにこの男が直ぐに対処した為、アムロは命を取り留めた。
そう、心の中で繰り返し、目を開け研究員へと向き合う。
「今後、アムロへの投薬には細心の注意を払う様に。今回、君の迅速な対処でアムロは助かった。それについては感謝する。よって処罰については今回に限り免除する」
「ありがとうございます」
「しかし次は無い、心するように」
「は、はい。勿論です」
頭を下げ続ける男に、シャアが小さく溜め息を漏らす。
「もういい、行きたまえ」
「はい、失礼します」
男は深々と頭を下げると部屋を後にした。
そして、暫く歩いたところで、俯いた男の口角が上がる。
「まだだ…まだ足りない…こんなに簡単に死んで貰っては困るんだ。アムロ・レイ」
◇◇◇
病室にアムロと二人きりとなり、シャアはまだ意識の朦朧としているアムロの手を握り、自身の額へと押し当てる。
「アムロ…やはり君を一人にするのではなかった…」
アムロが意識不明の重体と聞き、背筋が凍る思いがした。
“アムロを失いたく無い”そう思った。
もしも死んでしまったらと、恐怖に心臓が張り裂けそうだった。
「何故…私は…こんなにも君を失う事を恐れる?」
薄っすらと目を開けるアムロに問いかける。
その問いに、アムロは何も答える事は無かったが、その瞳から一雫の涙が零れ落ちた。
「アムロ…?」
そして、そのまま目を閉じて眠りに落ちてしまう。
そのアムロの、頬を伝う涙を指で掬う。
「君の涙は美しいな…」
そう言うと、掬った涙を唇に含んだ。
「君の味がする…」
そして、そのまま顔を近づけ、アムロの唇に自身の唇をそっと重ねる。
触れるだけのキス。それを啄む様に何度も繰り返した。
「アムロ…君は…私のものだ…、ずっと…私の傍らにいてくれ…私を置いて行くな…」
悲痛なその声は、眠るアムロの脳裏に直接響き渡る。
言葉と共に、触れた唇から伝わるシャアの心がアムロの心に染み込んでくる。
『シャア…俺は…貴方の傍に…いるから…貴方を…独りにはしないから…』
声にして伝えたいのに、身体が言う事を利かず伝えられない。
ままならない身体がもどかしい。
『シャア…俺は貴方を…』
そこまで考えて、意識が闇に引き摺られブラックアウトした。
翌日、検査を終えたアムロは意識もしっかりと戻り、病室を訪れたシャアと面会した。
「大佐、ご心配をお掛けしました」
「いや、いい。もう大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です」
ベッドの上で微笑むアムロに、シャアはホッと笑みを浮かべる。
「昨日の事は覚えているか?」
「それが…検査室で注射を打たれた瞬間、目の前が真っ暗になって…その後の事はよく覚えていません。今朝、目を覚ましたらここのベッドの上でした」
「そうか…」
あの研究員によって記憶操作を受けたアムロは、実験室での事を全く覚えていなかった。
その為、何故自分がこんな状態になったのか理解できないでいた。
「検査の結果、特に後遺症もありませんでしたし、もう退院して良いそうです」
「そうか、それではこのまま一緒に帰ろう」
「え?執務は良いのですか?」
「ああ、今日はもう何も予定が入っていない」
「…本当に?」
時間的にはまだ早い為、疑問に思ったアムロがシャアの後ろに立つナナイへと視線を向ける。
その視線に気付いたナナイが溜め息混じりにコクリと頷く。
「はい。本日の予定は全て終えております」
本当のところは、アムロを心配するあまり、シャアが仕事に集中できない為、途中ではあるが切り上げたのだ。
「…なら…良いですが…」
本当に良いのだろうかと不安になるが、ナナイにそう言われてしまえば何も言い返す事が出来ない。
アムロは身支度を整えると、シャアと共に研究所を後にした。
その後ろ姿を、例の研究員の男がジッと見つめる。
そしてそんな男をギュネイが不審な目で見つめていた。
◇◇◇
屋敷に戻ると、まだ全快とは言えないアムロは早々に自室へ向かい、ベッドにゴロリと寝転ぶ。
「はぁ…何だろう…凄く…身体が重い…それになんだか胸が痛い…」
それは肉体的な痛みではなく、精神的な痛み。
胸を締め付けるような、悲しく辛い痛み。
「俺…本当にどうしたんだろう…なんでこんな事に…」
医師から自身に起こった事を説明されたが、どこか他人事の様に感じてあまり耳に入って来なかった。
しかし、身体に残る戦闘の後の様な筋肉の強張りとこの胸の痛み…、アムロはギュッと胸元を握り締め、目を閉じる。
「何か…忘れている気がする…」
アムロの胸に不安が過ぎる。
作品名:鳥籠の番(つがい) 3 作家名:koyuho