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はなみずき
はなみずき
novelistID. 65734
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星屑色の降る夜

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誰かを愛しく想うことは、夜空に散らばる無数の星を一つずつ追う行為に似ている気がする。
ひとつずつは頼りなげな小さな光。
でもそのすべての存在を認めたら、それは圧倒的な力を持って降り注いでくる。
満点の星空を見上げた時、その美しく神秘的な光景に圧倒されて、呼吸をも忘れる瞬間があるように。
あまりにも大きな感動に、時に心が「恐怖」を感じてしまうことすら、あるように。





ブーン、ブーン、と机の上の携帯電話がメールの着信を知らせた。
読んでいた雑誌から視線を上げて見た掛け時計は、今が夜の十一時過ぎであることを示している。

(この時間にメールをしてくるヤツといえば……)

総二郎か類か、はてまた海の向こうの司か。
雑誌をローテーブルに置いてソファから立ちあがった俺は、幼馴染み達の顔を思い浮かべながら携帯電話を手に取った。呼び出される覚悟もぼんやりしながら。

「……ん?」

けれどそこに表示されている名前は、予想外の人物――牧野だった。

(……牧野からこんな時間にメールって、なんか珍しいな。というか、初めてに近いんじゃないか?)

「何時だって、どんな些細なことだってかまわない」と何度言っても、なかなかメールしてこない女――牧野つくし。
そもそも牧野からのメール自体が未だ「日常的」とは言い難い。
こっちからの連絡に対してそれを無視するということは滅多にないけれど――総二郎は頻繁に無視されると言っていたが、それはやつの送るメールの内容に問題があるんだろうと容易に想像できる――自分からしてくるということがほとんどない。
しかも時間が「夜」ともなれば、それは皆無といってもよかった。
「だって、もう眠ってるかもしれないし、起きてても間が悪い時とか……ほら、いろいろあるでしょ? 特にそこの二人は」と総二郎と俺を一瞥して、ふんと鼻で笑ったのはいつだったか。
「まあ、それは一理あるな。牧野にしちゃ気が利く発言じゃねえか」なんて総二郎が言ったもんだから、「やっぱり。さいってーね! 不潔! 変態! 女たらしっ!」とありったけの言葉で罵倒されて、「待て待て、総二郎と一緒にすんなよっ」と割って入った俺の声なんて、多分届きすらしなかった。
だから、こんなふうにメールがくるのは、本当に本当に珍しいこと。

(なんかあったか?)

俺は妙な胸騒ぎさえ覚えて、その名前の表示だけを数秒見つめて思い巡らす。
けれど、考えてもわかるわけがないとすぐに気付き――それならメールが来た時点で思い出しているはずだから――早々に諦めてメールを開いた。

――『今、何してますか?』

「……」

何かがひっかかった。
普段の雰囲気とはちょっと違う、やけに他人行儀な文面。そして、書き記された内容が、たったそれだけであることも。
牧野のメールはいつだってシンプルだ。けれど、さすがにこれはシンプルすぎる。
確実にひっかかりを覚えた。
でも、ひとまず返信する。問われたことだけに。

――『雑誌を読んでました』

届いたメールに倣う形で、飾り気なんてまるでない返信をして、このメールの意味するところはなんだろうと考えている間に、再びメールが届いた。

――『今、家?』

さらに短い、今度は単語。敬語、なし。
さらに大きくひっかかりながらも、再び返信をする。

――『家だけど?』

すかさず三通目のメールが届く。

――『一人?』

いったいこれは何なのだろう。
こうなると、ひっかかりすぎて何がなんだかわからない。

――『もちろん一人』

そして四通目のメール。

――『そう』

(……降参です。)

完全に白旗を上げた状態の俺は、牧野の番号を探し出して電話をかけた。
このペースでは、何十通と交わさなければ核心に辿り着けないだろう。別にいい。どうせ暇なんだから。
でも俺は早く知りたかった。四通のメールが意味する何かを。
ぼんやりとではあるけれど、このやり取りが無意味な暇つぶしではないと感じていた。きっと、感じ取らなければならない何かがあるのだと。でもそれがどうしてもわからなかった。
このままでは、小さな引っ掛かりが大きな蟠りへと変化するのは時間の問題だ。
だから早く――そんな気持ちが俺を突き動かしていた。
電話は、コール五つで繋がった。

「……もしもし」

決して大きいとは言えない牧野の声が耳元に響く。

「もしもし?」
「あ、こんばんは」

呑気に律儀に挨拶をするから、俺は思わず溜息を吐いた。
呆れたわけではない。少しだけホッとしたのだ。何か大きな問題でも起きたんじゃないかと、心のどこかで心配する俺がいたから。

「こんばんは、じゃなくて。いったい何がどうしたって言うんだよ」
「え、何が」
「何がじゃない。さっきのメールに決まってんだろ?」
「あ、いや、別に。何がどうしたわけでも」
「どうもしなくてこんな時間にこんなメールしてこないだろ、おまえは」

俺の言葉に、電話の向こうの牧野が「まあ……」と言葉を濁した。
やっぱり何かはあるらしい、とわかる返事。

(まったくもってわかりやすいヤツ。)

思ったら笑みが浮かんだ。けれどそれを声では感じ取らせない。
あくまで淡々と、それまでと同じ調子で言葉を紡ぐ。

「ものすごく暇なのに誰も相手にしてくれなくて時間を持て余してるか、何かあって心がざわついてどうしようもない自分を持て余してるか、どっちかとしか思えないんだけど?」
「……」
「それ以外の何かだったら、ぜひ教えてもらいたいなあ」

(さて、どう出てくることやら。)

ちょっと不安に思っていたさっきまでの反動だろうか。牧野が俺に悟らせたいらしい「何か」をもうすぐ知れることに、心の表面が浮ついた。
けれど、次に聞こえた牧野の声は、そんな浮ついた俺の心を見事に打ち落とした。

「……後者」
「……え?」
「……」

まさかの答えだった。
思わず言葉を失い、沈黙が流れる。
けれど聞こえた声ははっきりと耳に残っている。
牧野は間違いなく言った。――「後者」だと。

(後者って……心がざわついてどうしようもない自分を持て余してる……?)

胸の奥がざわりとした。先程までの引っ掛かりや蟠りなどとは比べ物にならない、はっきりとしたざわつき。少し前に感じていたよりも、もっと大きな不安。
途端に、俺の感情が慌て出す。

「何かあったのか?」
「……」
「牧野……?」
「……」

答えは返ってこない。
代わりに、車の走り抜ける音が聞こえた。

(ん? 家から掛けてきてるんじゃないのか?)

「おまえ、今どこ?」
「……」
「外にいるだろ。どこだよ」
「……家の前」
「どこの?」
「……美作さんの」
「……は?」

俺は部屋を飛び出した。繋がったままの携帯電話を握りしめて。



廊下を走りながら、牧野と最後に会話を交わしたのはいつだったろうと思い返す。
姿だけなら今日も見かけた。
大学のキャンパスを数人の友人と歩いていた。楽しそうに笑いながら。
牧野を囲む顔のほとんどに見覚えがあった。
作品名:星屑色の降る夜 作家名:はなみずき