LIMELIGHT ――白光に眩む３
LIMELIGHT ――白光に眩む ３
□■□8th Bright□■□
コンコン、コンコン……。
何度かその音が繰り返されている。
聞き覚えのある音だと思いながら、再び眠りに誘われようとすれば、また、
コンコン。
控えめなノックの音だと思い至って目を開ける。
「ん……？」
時計へ目を向けると、午前一時を少し回ったところだ。
「誰……だ……？」
重い瞼を擦りながら扉へ近づき、ロックを解除すれば、シュ、と扉が開く。
「あの……、士郎さん、ごめん、こんな時間に」
戸口に立っていたのは、立香だ。
「どう……した？ レイシフトに行っていたんじゃ……？」
深夜の来客の正体に驚く。もう一度、部屋の時計を確認すれば、やはり午前一時を過ぎた頃合いだ。どうするか、と対応を決めかねたものの、立香が何か言いたげな顔をしており、ましてや申し訳ないと謝っているため、咎めることはせず、話を聞くことにした。
「えっと、うん、さっき戻って来たんだ。それで、えっと、」
「そっか。おかえり。まあ、入れよ」
部屋の入り口で立ち話もなんだから、と士郎は室内に招き入れる。
この部屋は士郎の部屋ではない。間借りしているエミヤの部屋である。
自分の部屋ではないが、立香はこのカルデアのマスターだ。勝手をしてもエミヤは文句を言わないだろう、と椅子を勧めた。
立香が戻ったということは、特異点での任務に成功したのだろう。そして、ともにレイシフトしたサーヴァントたちも戻ってくる。であれば、この部屋の主であるエミヤも帰還しているはずだが、まだ部屋に戻っていない。
（アイツはどこに……？）
エミヤの姿をまだ見ていないことがやたらと気にはなるが、今は立香の話に耳を傾けることにした。
だが、この部屋にある唯一の椅子に立香は腰を下ろしたものの、いっこうに話は始まらない。
「何か飲むか？」
「えっとー……、……あったかいものが、いいかな……」
士郎が訊けば、立香は遠慮がちにだが、きちんとリクエストしてきた。
変に気を回さない素直さが彼の良さだと士郎は思っている。人によっては、こんな時間に図々しいなどと思うかもしれないが、士郎はそれに当てはまらない。
「了解」
立香のリクエストを快く聞き入れ、士郎は電気ケトルで湯を沸かし、ココアを作って立香に差し出した。
「インスタントで悪いな。ここじゃ、粉に湯を注ぐくらいしかできないから。……ちゃんとしたのがよければ、食堂で作るけど？」
「ううん、これで十分だよ」
ありがと、と立香はマグカップを両手に持って熱々のココアに、ふぅ、と息を吹きかける。
「疲れてるみたいだな」
立香が座る近くの壁に身体を預けて訊けば、苦笑いを返してくる。
「うん。こんな時間だし……。あ、椅子、取っちゃってごめんね」
「かまわないさ。椅子と小さなテーブルが一セットだけって、物を置かなさすぎるエミヤが悪いんだから。……あ、いや、そんなことどうでもいいな。それ飲んで落ち着いたら、早く寝ろよ？ 若いっていっても、寝不足は辛いだろ？」
「うん、そうするよ。でもさ、士郎さんに伝えておかなきゃって思って……」
「伝える？ 何かあったのか？ 調子が悪いなら、ドクターに――」
「おれじゃなくて、エミヤがね」
「エミヤが？ もしかして、ケガ、とかか？」
だから部屋に戻ってこないのかと、壁から背中を浮かせた士郎に、立香は慌てて否定する。
「ち、違うんだよ、ケガはない。大変だったけど、みんな無事に戻ってきたんだ。でも、エミヤは少し、様子が変で……」
「様子が？」
「うん……」
立香は六つ目の特異点でのことを掻い摘んで話す。士郎は口を挟むことなく黙って聞いた。やがて、立香の話が終わり、静寂が訪れた室内に、ぽつり、と士郎の呟きが落とされる。
「聖罰……」
「うん……。エミヤは何も言わなかったんだけどさ……、なんだか、辛そうに見えて……。おまけに、敵はセイバーのクラスが多かったから、エミヤにはけっこう頼っちゃったし、疲れもあるんだろうけど、それだけじゃないかもって、おれには思えてさ……」
立香はココアを、ちびちび口に運びながら吐露する。
「カルデアに戻ってきても様子がおかしかったらロマンとダ・ヴィンチちゃんに相談しようと思ってたんだけど、もしかして、士郎さんなら、何かわかることがあるんじゃないかなって思ったんだ。だから、こんな時間だけど、伝えに来ちゃって……。ごめん、迷惑だったよね……？」
立香は申し訳なさそうに上目で窺ってくる。
「…………」
迷惑だなどと微塵も思わない。このカルデアにとっては、厄介者であるだけの自分を頼ってくれたことが、士郎は、ただうれしい。
エミヤの世話になっているだけの士郎にも、何かできることがあるのではないかと、そんなことを思ってしまう。
「いや、迷惑なんかじゃないさ……。ありがとな、藤丸。教えてくれて」
「え？ あ、うん、えっと、それで、エミヤは、大丈夫、かな？」
不安げに青い瞳を揺らす立香に士郎は、ふ、と息を漏らす。それは、笑いともため息とも取れるものだった。
「大丈夫だよ、藤丸。アイツはそんなヤワじゃないから」
「うん、それは、知ってるけど……」
「なんだ、わかってるのか。なら、お前はもう休め。早く寝て、さっさと疲れを取ることだ」
笑みを刻めば立香は、こくり、と頷く。
「これ飲んだら、部屋に行くよ」
「ああ、そうしろ」
話せば楽になったのか、立香は飲みごろに冷めたココアを、ごくごく、と飲み干した。
「ごちそうさま！」
立ち上がった立香の後に続き、扉へ向かう背中に訊く。
「藤丸、エミヤはどこにいるんだ？」
「今、朝ご飯の下拵えしてると思うよ」
「は？ こんな時間にか？」
「うん。早く休みなよって、言ったんだけど、聞かなくってさ。じゃあ、おれ、部屋に行くね。ごちそうさま、おやすみなさい」
部屋の外で立香を見送って室内に戻り、テーブルに置かれていたマグカップを洗う。
「あの、バカ……」
帰ってこないエミヤにため息をこぼす。
疲れているだろうに、何を朝食の準備などしているのか。そんなもの放っておいて、さっさと休めばいいものを……。
エミヤがレイシフトに向かっている間は士郎が厨房を切り盛りしていたのだから、朝食くらい士郎にも作れるのだ。なのに、なぜ、そんな無理をするのか、と腹立たしく思う。しかし、そうは思うものの、その遠因はわからなくもないために、頭ごなしにエミヤを責められない。
（何かしていないと落ち着かない……って……）
そういうことなのだろう、と士郎は何度目かのため息をついた。
「聖罰か……」
否応なく命を奪われていった難民の話を聞いて、士郎はピンときた。様子がおかしい理由はそれしかないとわかった。
苦い思いを噛みしめる。立香がエミヤの様子がおかしいと感じたのは気のせいではなかった。おそらくエミヤは思い出したのだろう、自らの所業を。
士郎が垣間見たエミヤの記憶。あれは、痛々しいまでに苛烈で厳しい運命だった。
（英霊エミヤが歩んだ道は……）
□■□8th Bright□■□
コンコン、コンコン……。
何度かその音が繰り返されている。
聞き覚えのある音だと思いながら、再び眠りに誘われようとすれば、また、
コンコン。
控えめなノックの音だと思い至って目を開ける。
「ん……？」
時計へ目を向けると、午前一時を少し回ったところだ。
「誰……だ……？」
重い瞼を擦りながら扉へ近づき、ロックを解除すれば、シュ、と扉が開く。
「あの……、士郎さん、ごめん、こんな時間に」
戸口に立っていたのは、立香だ。
「どう……した？ レイシフトに行っていたんじゃ……？」
深夜の来客の正体に驚く。もう一度、部屋の時計を確認すれば、やはり午前一時を過ぎた頃合いだ。どうするか、と対応を決めかねたものの、立香が何か言いたげな顔をしており、ましてや申し訳ないと謝っているため、咎めることはせず、話を聞くことにした。
「えっと、うん、さっき戻って来たんだ。それで、えっと、」
「そっか。おかえり。まあ、入れよ」
部屋の入り口で立ち話もなんだから、と士郎は室内に招き入れる。
この部屋は士郎の部屋ではない。間借りしているエミヤの部屋である。
自分の部屋ではないが、立香はこのカルデアのマスターだ。勝手をしてもエミヤは文句を言わないだろう、と椅子を勧めた。
立香が戻ったということは、特異点での任務に成功したのだろう。そして、ともにレイシフトしたサーヴァントたちも戻ってくる。であれば、この部屋の主であるエミヤも帰還しているはずだが、まだ部屋に戻っていない。
（アイツはどこに……？）
エミヤの姿をまだ見ていないことがやたらと気にはなるが、今は立香の話に耳を傾けることにした。
だが、この部屋にある唯一の椅子に立香は腰を下ろしたものの、いっこうに話は始まらない。
「何か飲むか？」
「えっとー……、……あったかいものが、いいかな……」
士郎が訊けば、立香は遠慮がちにだが、きちんとリクエストしてきた。
変に気を回さない素直さが彼の良さだと士郎は思っている。人によっては、こんな時間に図々しいなどと思うかもしれないが、士郎はそれに当てはまらない。
「了解」
立香のリクエストを快く聞き入れ、士郎は電気ケトルで湯を沸かし、ココアを作って立香に差し出した。
「インスタントで悪いな。ここじゃ、粉に湯を注ぐくらいしかできないから。……ちゃんとしたのがよければ、食堂で作るけど？」
「ううん、これで十分だよ」
ありがと、と立香はマグカップを両手に持って熱々のココアに、ふぅ、と息を吹きかける。
「疲れてるみたいだな」
立香が座る近くの壁に身体を預けて訊けば、苦笑いを返してくる。
「うん。こんな時間だし……。あ、椅子、取っちゃってごめんね」
「かまわないさ。椅子と小さなテーブルが一セットだけって、物を置かなさすぎるエミヤが悪いんだから。……あ、いや、そんなことどうでもいいな。それ飲んで落ち着いたら、早く寝ろよ？ 若いっていっても、寝不足は辛いだろ？」
「うん、そうするよ。でもさ、士郎さんに伝えておかなきゃって思って……」
「伝える？ 何かあったのか？ 調子が悪いなら、ドクターに――」
「おれじゃなくて、エミヤがね」
「エミヤが？ もしかして、ケガ、とかか？」
だから部屋に戻ってこないのかと、壁から背中を浮かせた士郎に、立香は慌てて否定する。
「ち、違うんだよ、ケガはない。大変だったけど、みんな無事に戻ってきたんだ。でも、エミヤは少し、様子が変で……」
「様子が？」
「うん……」
立香は六つ目の特異点でのことを掻い摘んで話す。士郎は口を挟むことなく黙って聞いた。やがて、立香の話が終わり、静寂が訪れた室内に、ぽつり、と士郎の呟きが落とされる。
「聖罰……」
「うん……。エミヤは何も言わなかったんだけどさ……、なんだか、辛そうに見えて……。おまけに、敵はセイバーのクラスが多かったから、エミヤにはけっこう頼っちゃったし、疲れもあるんだろうけど、それだけじゃないかもって、おれには思えてさ……」
立香はココアを、ちびちび口に運びながら吐露する。
「カルデアに戻ってきても様子がおかしかったらロマンとダ・ヴィンチちゃんに相談しようと思ってたんだけど、もしかして、士郎さんなら、何かわかることがあるんじゃないかなって思ったんだ。だから、こんな時間だけど、伝えに来ちゃって……。ごめん、迷惑だったよね……？」
立香は申し訳なさそうに上目で窺ってくる。
「…………」
迷惑だなどと微塵も思わない。このカルデアにとっては、厄介者であるだけの自分を頼ってくれたことが、士郎は、ただうれしい。
エミヤの世話になっているだけの士郎にも、何かできることがあるのではないかと、そんなことを思ってしまう。
「いや、迷惑なんかじゃないさ……。ありがとな、藤丸。教えてくれて」
「え？ あ、うん、えっと、それで、エミヤは、大丈夫、かな？」
不安げに青い瞳を揺らす立香に士郎は、ふ、と息を漏らす。それは、笑いともため息とも取れるものだった。
「大丈夫だよ、藤丸。アイツはそんなヤワじゃないから」
「うん、それは、知ってるけど……」
「なんだ、わかってるのか。なら、お前はもう休め。早く寝て、さっさと疲れを取ることだ」
笑みを刻めば立香は、こくり、と頷く。
「これ飲んだら、部屋に行くよ」
「ああ、そうしろ」
話せば楽になったのか、立香は飲みごろに冷めたココアを、ごくごく、と飲み干した。
「ごちそうさま！」
立ち上がった立香の後に続き、扉へ向かう背中に訊く。
「藤丸、エミヤはどこにいるんだ？」
「今、朝ご飯の下拵えしてると思うよ」
「は？ こんな時間にか？」
「うん。早く休みなよって、言ったんだけど、聞かなくってさ。じゃあ、おれ、部屋に行くね。ごちそうさま、おやすみなさい」
部屋の外で立香を見送って室内に戻り、テーブルに置かれていたマグカップを洗う。
「あの、バカ……」
帰ってこないエミヤにため息をこぼす。
疲れているだろうに、何を朝食の準備などしているのか。そんなもの放っておいて、さっさと休めばいいものを……。
エミヤがレイシフトに向かっている間は士郎が厨房を切り盛りしていたのだから、朝食くらい士郎にも作れるのだ。なのに、なぜ、そんな無理をするのか、と腹立たしく思う。しかし、そうは思うものの、その遠因はわからなくもないために、頭ごなしにエミヤを責められない。
（何かしていないと落ち着かない……って……）
そういうことなのだろう、と士郎は何度目かのため息をついた。
「聖罰か……」
否応なく命を奪われていった難民の話を聞いて、士郎はピンときた。様子がおかしい理由はそれしかないとわかった。
苦い思いを噛みしめる。立香がエミヤの様子がおかしいと感じたのは気のせいではなかった。おそらくエミヤは思い出したのだろう、自らの所業を。
士郎が垣間見たエミヤの記憶。あれは、痛々しいまでに苛烈で厳しい運命だった。
（英霊エミヤが歩んだ道は……）
作品名：LIMELIGHT ――白光に眩む３ 作家名：さやけ