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梅嶺 四

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「まてまて、どうも今日の薬は、、、、匂いが、、。
、、、飲めぬ、、。」
えー、っと飛流はがっかり顔だ。
「いつもの薬なのだろうが、、どうした訳か、、。」
飛流は不貞腐れた。
「、、飛流、哥哥は飲むべきだろうが、吐いてしまいそうだ。だが、飲まなくては、折角作ってくれた藺哥哥にも申し訳ないな、、。」
長蘇は飲もうとしたが、耐えられない様子で、吐き気までもよおした。
「哥哥、、。」
さすがに飛流も心配になってくる。
「残したら藺哥哥にも悪い。飛流も干し杏を食べられぬ。
、、、うーむ、、、もう、、、この手しかないな。
飛流、この薬は梅哥哥に飲ませてくれ。」
「??、梅哥哥?。」
飛流にはよく分からなかったが。
「良いか飛流、窓の外に、この器を出すのだ。」
長蘇から薬の器を渡され、言われた通りに、窓の所まで行き、器を持ったまま腕を窓の外に突き出した。
「そうだ。そして、ゆっくり器を傾けよ。」
飛流が器をゆっくり傾けると、中の薬は下に流れ落ちる。
長蘇の居るこの部屋は、崖の上になっている。
この砦の中で、一番、梅嶺が見える部屋だった。長蘇の望みだった。
薬は雫となって、岩の上に落ちるだろう。
長蘇は、薬を梅嶺に飲ませたのだ。
「梅嶺も蘇哥哥も、どちらも梅なのだ。同じことだろう?。飛流は藺哥哥に言われた通りに、梅哥哥に飲ませたのだぞ。」
「うん。」
飛流がたちまち笑顔になり、長蘇の側に戻って来た。
飛流の掌の上に、干し杏を二つ乗せてやる。
「我儘な梅哥哥に、薬を飲ませて大変だったな。」
「うん!。」
「こいつめ、、、飛流、ゆっくり食べろ。」
満面の笑みで、飛流は干し杏を一つ食べた。
嬉しそうに食べる飛流を見ていると、長蘇の心も満たされてくる。


───この先、幾らもない命。限られた時が、一刻増えようと、一日増えようと、大した差は無いのだ。
私のしている行いは、藺晨の誠意を踏みにじる。
、、、ただ、心から、申し訳ないばかりだ。
今度、発作を起こせば、私は間違いなく逝くだろう。
如何に藺晨の医術が優れていようと、助けられぬ。

軍帥の私が死ねば、落胆した梁軍に、大渝が総攻撃を仕掛けてくる。私はそれを誘っているのだ。
膠着したまま、冬になれば、厳冬期の戦さに慣れぬ我が梁軍は大敗し、折角取り返した防衛線を破られるだろう。
大渝に潜入した者の情報では、今、まさに大渝は兵を増やしている。
大渝を打破したい。
大渝軍が増える前に、、、冬が来る前に、、、。


我が身の最後を、効果的に使いたい。
私が生きて帰るのを、待っている者が、大勢いることは分かっているが。
だが、こうする事が、私の天命で寿命なのだろう。
大切な者達を残して逝くが、せめて、出来ることをして逝きたい。
大渝に大勝して、大渝にこの戦の賠償をさせることが出来れば、大渝は十数年、立ち上がれぬ。
梁には太平の刻がもたらされる。
景琰はその間、梅嶺の軍を建て直し、国境の軍備を増強出来る。もう、大渝に踏み込まれる事は無い。
安定した国家の元、民や兵士は暮らすことに心をくだける。安心して農耕に勤しみ、工芸の腕を磨き、商いを盛んにする。そして若人達は伴侶を見つけ、子に恵まれるだろう。
祁王が目指した、豊かな国を作れるのだ。


梁軍営の中で、戦英にだけは、私の真意を伝えておいた。
「背負いきれぬ」と、一度は断られたが、結局は、景琰の為、梁の為に、私が描いた通りに動かざる得ないのだ。
万が一、蒙哥哥が動かなかった時の為に、蒙哥哥が発奮するような覚書も戦英に預けておいた。
、、、恐らく見せることは無いだろうが。


梅嶺の国境が安定すれば、国内の軍備や、他、諸々も安定をする。
何かと雲南に手を出していた南楚も、梁が大きな力を持てば、雲南には手を出せなくなる。
霓凰の心配事も減るだろう。
心にゆとりが出れば、目の前に伴侶が現れても受け入れる心持ちになれる。その者は、最後まで我慢をして心に傷を負った霓凰を、癒してくれるだろう。霓凰は女なのだ。私は霓凰に幸せを掴んで欲しいのだ。
霓凰は、赤焔事案の後も、私が生きていると信じて、待っていてくれた。
だが、、、、今度は、、、私は皆の前で逝くのだ。私の死を疑う余地はない。
何という酷い仕打ちなのだ、、、分かっている、、、。
私は、霓凰を幸せに、、、出来ぬ、、、。
来世の約束が儚いものだと、霓凰は見抜いているだろう。
そして、出軍したあの日、私は一度も、霓凰を振り返らなかった。さぞ、薄情な男と思ったことだろう、、、それでいいのだ。
他愛ない約束をする私など、早く捨てて、本当に、霓凰を守ってくれる者と支え合って、幸せになるのだ。───



飛流は二つ目の干し杏も、よく味わい飲み下した。
「美味かったか?。」
「うん。」
「藺晨に薬の器を見せて、もう一つ貰うのだろう?。口が杏臭いと、ばれてしまうぞ。そこの水で口をゆすいで行け。」
「うん。」
飛流は言われたままに、小机の上の水を口いっぱいに含み、そしてそのまま部屋を出て行った。
「はははっ、、飛流、干し杏はまだ沢山あったぞ、急がなくても大丈夫だ。」
部屋の外をばたばたと駆けて行く。
「、、飛流、、。最後に、『嘘』を教えてしまったな。悪い哥哥だった。藺哥哥に正してもらえ。」

───私が逝ったら、藺晨は直ぐに梅嶺を下りるだろう。
飛流は、私の「死」など理解できなくて良い。
飛流も藺晨と共に下りろ。そして善良に生きるんだ。
お前はまだ、人を殺めてはいない。その真っ直ぐな心で生きていけ。
何も自分を変えることは無い。───


長蘇は眠ろうと目を瞑る。
───少々、疲れたか?、、、。───
正直、今は、疲れがよく分からない。
以前は、一息吸うのも、苦しい時があったのだが。
この頃は、藺晨の薬が無くとも、よく眠れる。
ひとたび眠れば覚めぬのでは無いかと思う程。

これも、肉体や脳の限界なのだという、、、。




───私の運命に恨みも後悔も無い。───






私は、幸せだったのだ



何を振り返ること在らむ






きっと祁王が昔の様に頭を撫でてくれる
父も微笑んで私を褒めてくれるだろう






──────────糸冬─────────

作品名:梅嶺 四 作家名:古槍ノ標