CoC:バートンライト奇譚 『盆踊り』前編
等間隔に輪を成して踊る男女は、誰も彼も、その表情には大きな笑顔が浮かんでいた。
だが、バリツは背筋が凍るような感覚を覚えた。誰も彼も、眼だけは不自然に見開かれていた。理性の残りカスが、助けを求めて叫ぶかのように。
「どわあああ~!」
背後で何かが割れる音が響き、バリツは思わず飛び上がった。
(となりのアシュラフも流石に仰天を禁じえない様子で振り返っていた)
振り返ると、そこには顔面からすっころんだ斉藤。
どうやら、バリツの後を追う形で歩み寄ってきたようであったが、
「俺の改心の出来の壷がああ~!」
ずっと被っていた壷は無事ではすまなかったようだ。
だが、そもそもの話、だ。
「そんなものをかぶってるからだ!」
「そんなもんかぶってんじゃねえよ!」
「そんなもんかぶってん邪教徒!!」
異口ほぼ同音。バリツ以外も思うところは同じであった。
だが直後、三人はしん、と……否、呆然と静まり返った。
壷の下から現れた、起き上がる斉藤の素顔。
きりりと引き締まった眼光。
性格に違わぬ、整えられた角刈り。しかしながら、それは縦長めの顔方に噛み合い、 古代の戦士の彫像を思わせる彫りの深い顔立ちを際立たせている。
……無骨だが、はっとするような二枚目であった。
そして一応怪我はないようであった。
「皆、どうした。俺の顔に何かついているのか?」
「……お、おう。いやそういうわけやないんやけど」
「い、いやしかし、それ以上に驚きなのは」
バリツは改めて、踊りの列に向き直る。
「この騒動にも、踊る彼らが見向きもしないというところだ」
「確かに妙やなあ」
タンが同意する。
踊りの輪より更に奥の櫓へと、視線を投げる。
高さはおよそ10メートル。
白い石の積石構造。
どうやって村長があの頂上に到達したのかは、外部からは窺い知れない。
縄梯子を用いて、それを巻き上げたというのだろうか?
「凝灰岩だな」斉藤が見積もる。
「表面が磨き上げられている。そのまま登攀することは不可能だろうな」
「アレやなあ、棒使った高飛びの世界最高記録あれくらいだったかなあ」
「棒立ちになっている奴はいっぱいいますけどね」
「ひでえな、君は!」
アシュラフの辛辣なツッコミであるが、否定はできない。
村長の元へと直接いたるのは、現状不可能であるのならば、他からのアプローチを……
思考しながら、櫓の頂上から、踊りの輪へと視線を戻した。
踊る一人の男性と、眼が合った。
飛び出さんばかりの、ぎょろりとした両の眼。お前も一緒に来いとばかりの。
「……な――」
バリツの足が勝手に進み出した。
自らの意志ではない。
そして、腕が、突如として動き出す。
目の前の踊りさながらに。
恐怖するバリツはそのまま盆踊りへと、吸い寄せられていく。
そして輪に取り込まれてしまった。
「なんなのだ……」
バリツは叫んだ。
「なんなんだ、この村は!」
作品名:CoC:バートンライト奇譚 『盆踊り』前編 作家名:炬善(ごぜん)