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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『盆踊り』前編

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3、時間がない?



 バリツは焦った。
 勝手に動く四肢は、痙攣めいて、自らの意志に全く反していた。

 それは、童の頃より慣れ親しんだ踊りのように軽やかに。
 しかしながら、無邪気で残酷な子供が糸を手繰る人形のように、激しく。関節が痛み、筋肉は普段用いぬあらぬ方向へと引き伸ばされそうになる。

 謎めいた高揚は容赦なく、自らの自意識を飲み込まんと競りあがってくる。
 楽しくて、ずっと踊っていたいような誘惑がこみ上げる。
 原因はわからない。この力の由来も。
 だが、よく理解した。せざるを得なかった。
 この村人達は、この誘惑に、魔力に取り込まれたのだ!
 
 ふと見ると、アシュラフが絶句している様が眼に移る。
 ああ、そうだ。アシュラフ君。この異常事態を前にすれば、もはや罵ってる場合などでは――……

「やはり偶像崇拝で邪教崇拝」
 あれ? 眼が軽蔑全振りである。
「やはり彼はロクな人間ではないようですね。ついに化けの皮を脱いだわね、変態紳士」
「な~にやってんだ、所長」
「腰のキレが甘いぞ、冒険家教授」

 こ、ここ、こいつらーーー!!!

「皆すっごく私を白眼視しているか、ネタ扱いしているが~!」バリツは叫んだ。
「本当に体が勝手に動いているんだ~!」 

「うそやろ?しょうがねえなあ」

 タンがしぶしぶと近寄り、絶え間なく踊るバリツの腕をむんずとぴっぱりあげる。
「あれ……は?」
 逆に彼のほうが、踊るバリツの体に引きずられているではないか。
 元自衛隊の経歴を持つ彼は、純粋な腕っ節はバリツに勝るはずなのに。
「マジか~!」
「この光景スマホでとっていいか?」
「ふざけんなー!」「やめないかー!」

 斉藤に怒鳴りつけるも、拉致があかないとばかりに、タンは腕を放す。

「君も手伝ってくれね?」
 タンは、アシュラフに語りかける。
 彼女は露骨にかったるげに、タンを睨み上げる。
「何故ですか」
「あの馬鹿馬鹿しい状況で殺しても仕方ないだろ」

「タン君、彼女が私を殺すのが前提なのか君は……」
 踊りの円陣を廻る中でも、バリツの元まで声が聞こえるのであった。

「あまりの馬鹿馬鹿しさに私、彼のことを見損ない直してる最中なの。邪魔しないでください。」
 ふんっ、とそのままそっぽを向いてしまう。
 バリツは流石にヤバイ気がしてきた。待ちたまえ、待ちたまえ。
「やっぱり写真とっていいか?」
「待ちたまえってば! ノーフォト! ノーフォト! それどころではないんだぞ!」
「あ、しまったスマホそもそも手元になかったぜ」
「よかった! いや、そういう問題じゃなーい!!」

 ともあれ。
(――落ち着くんだ)
 体が思わぬ方向へと動きに動く中、踊りの愉悦に理性が飲まれんとする中、バリツは、逸る気持ちを抑えようと、自らに語りかける。
(このリズムはなんだ? 私の知るどこのものでも……これは……)
 
 これまでに冒険家教授として培ってきたキャリアの中から、知識をフル動因する。
 人文学、民俗学、文化人類学……何か手がかりはないかと記憶を辿るが、目ぼしい記憶はやはり見つからなかった。
 確かなのは、禍々しい何かを感じるという一点。
 ならば。

「このバリツを舐めるな!」

 踊りのリズムに合わせて、両の腕が左へとまわされきるその瞬間、バリツは、ありったけの気力を振り絞り、飛び跳ねた。
 許される限りの力で、自らの体重を、踊りによって傾いた重心へと上乗せしたのだ。
 
 いちかばちかのかけは、成功した。
 バリツは地面に激しく倒れこんだ。
 その瞬間、まるで深い水中から体が一気に浮き上がったかのごとく、自らの体が見えない何かから解放される感覚を覚えた。
 そのまま一気に側転し、踊りの輪から距離をとった。

「ひどい目にあった……」
 荒く息をつきながら、立ち上がるなり土ぼこりを払う。
「皆、あの踊りは危険だ。本当に、マジで」
「邪教徒の化けの皮が剥がれるには十分すぎましたね」
「そういうことではない」
「所長の横っ飛びめちゃくちゃダサかったぜ、本当」
「そういうことじゃない!」
「ポーチにスマホさえあればな……」
「あーもー!!」

 バリツは今一度深呼吸する。
「それにしても、まともな手段では、どうやら村長にコンタクトを取ることも叶わないようだ。この様子では、いくら呼びかけても無駄な気がするのだ……」

「村長の元へと到達するならば!」
 斉藤がおもむろに叫び、三人の視線が向けられる。
「選択肢は3つだな! ひとつ! 10メートル高飛び! ひとつ! 這って上る! ひとつ! 階段を作る!」
 沈黙。斉藤はしてやったりと、今や壷から解放された美貌に、彫りの深い笑みを湛えている。

「……所長、彼もあの温度にやられちまったんですかねえ」
「いや、彼は素であれなのだろう」
 バリツは改めてたずねる。
「……階段を作れるのかね?」
 他の二つもツッコミどころは十分すぎるのだが、最後の提案をひとまず拾ってみる。
「まかせろ!」
「な!?」
「といいたいトコだが、実際ムリだ。さっきいった全部な」
 ずっこけ。

「だが」美男子は続ける。
「この石造りの櫓は台形だ。側面を削り、はしごのような取っ手を設けていくことは可能であろう。まあ這って上る、に近いか」
「マジかよ」
「しかし、いずれにしても時間がかかることは変わりがないということですね」
 アシュラフは踊りへと視線を投げかける。
「まあ最悪、踊ってる村人ごと櫓をぶっ飛ばせばいいわ」
「物騒な話だ、アシュラフ君……」

 ふと視線を外すと、林茉莉がこちらをじっと見つめている。
 視線は好奇のそれを思わせたが、腕を寄せ合ったその姿勢から、不安が容易に見て取れた。

「林君」
 バリツは頭をかきながら、彼女に歩み寄る。
「どうやらこの村は通常の村ではない。まだわからないことだらけだが、少なくともあの踊りが危険であることは確かだ……」
「そうみたいですね」
 答えながら、林は自らの腕時計を見遣る。

「ああ、私ここに来てから、もう1時間以上経っちゃったみたい……」
「そういえば、どうやら時間が分かるものを所持しているのは君だけか。すまないが、今の時間は?」
「20時半です」
 読み上げる彼女の声は暗く、表情は暗く沈んでいた。

「バリツさん。私、明日も休日出勤しないといけなくて、けれどプレゼン用の資料もまだ見直しが必要で……ああ、どうしよう。そもそも火事にでもなってしまったら」
「火を消してなかったと話していたね……焦る気持ちは分かる。私も実際の所、こうしている時間はないワケで――」

 答えながら、バリツはふと、妙な胸騒ぎを覚えた。
「待て……」
 時間が、ない。
 その言葉が、脳裏で警告のランプを放ち瞬いているかのようであった。

「下手すると、火事どころじゃないかもしれませんよ」
 アシュラフが彼の横から見上げていた。
「アシュラフ君、それはつまり――」
「あの邪教の儀式を放置してごらんなさい。例えばこのまま……」
 アシュラフは、脅すかのように、低く言う。
「朝にでもなってしまうとしたら?」