鳥籠の番(つがい) 5
鳥籠の番 5
腕の中で、安らかな寝息を立てるアムロの髪をそっと撫ぜる。
数日前、元ホワイトベースクルーのカイ・シデンがアムロに接触してきた。
おそらく私の事を調査している中で、偶然アムロの存在に気付いたのだろう。
早々に逃走したカイ・シデンは偽名のチケットを使って既にスウィート・ウォーターを脱出していた。
しかし、アムロの事がブライト・ノアを始め、元ホワイトベースクルーに知れたとしても、連邦に知られる事は無いだろう。
彼らもまた、連邦のアムロに対する扱いに憤りを感じていたのだから。
小さく溜め息を吐くと、腕の中のアムロを見つめる。
あれから、少しアムロの精神状態は不安定だ。
度々夢に魘される。
記憶操作により、過去を思い出す事は出来ないが、決して記憶が失われたわけではない。
深層心理の奥底には存在している。
だからこそ、夢として見るのだろう。
しかし記憶操作の影響で目覚めた時には覚えていない。ただ、全身に汗をかき、激しく動悸する心臓の鼓動に動揺していた。
それを紛らわせる為か、最近はアムロの方から私を求めてくる。
それを、求められるまま受け入れる。
今夜もまた、アムロの方から私の部屋を訪れ、体を繋げた。
「ん…」
寝返りをうつアムロが薄っすらと瞳を開く。
「シャ…ア？」
寝惚け眼で見上げるアムロの額にキスをする。
「まだ早い、眠りなさい」
「シャア…は…？」
「私も寝るよ」
そう言いながら、アムロの身体を抱き締める。
「うん…」
その温もりに安心したのか、アムロが眠りに落ちていく。
「…シャア…俺を…離さないで…」
そう呟くアムロに、愛しさが込み上げる。
『それを言いたいのは私の方だ…』
もしも記憶が戻れば、離れていくのはアムロの方だろう。
こんな事をしている私を軽蔑し、恨み言を言う姿が目に浮かぶ。
それが分かっていても、決して手放す事は出来ない。
そして、ララァ同様にアムロを戦力として、道具として戦場に送り出そうとしている。
今の私はネオ・ジオンの総帥であり、スペースノイドの自由を勝ち取ると言う目的があるのだ。
その為には手段を選んではいられない。
腐敗しているとは言え、連邦の戦力は強大だ。それに打ち勝つ為には、ニュータイプや強化人間の能力は必要不可欠なのだから。
時が来たら連邦へ宣戦布告をし、一気に片をつける。
たとえそれによって、多くの人々の命が奪われようとも…。
「アムロ、私はあこぎな事をしようとしている…本当はそんな私を、君に止めてもらいたかったのかもしれない…」
しかし、それはもう叶わない願い。
「叶わないならば、私と共にその重荷を背負ってくれ…」
安らかなアムロの寝顔を見つめ苦笑する。
「君にとってはいい迷惑だな…」
◇◇◇
「カイ、それは本当か！？」
極秘通信を使って、カイがブライトにスウィート・ウォーターでの事を報告する。
モニター越しに、ブライトが動揺しているのが伝わってくる。
「ああ、いずれ奴は連邦に宣戦布告をして反乱を起こすだろう。その時、奴の傍らにはアムロがいる」
真っ直ぐと、睨みつけるようにこちらを見つめるカイにブライトが言葉を失う。
『アムロと戦わなくてはならない…』
自分はアムロに向かって引き金を引けるだろうか…。
何より、アムロの凄さを誰よりも知っている。
そして、クワトロ・バジーナ、いや、シャア・アズナブルの手腕も。
『自分たちは…連邦は負けるかもしれない』
ブライトはゴクリと息を飲んだ。
◇◇◇
そしてUC0093年3月12日。ネオ・ジオンを率いるシャア・ダイクンは連邦政府に対して宣戦布告をする。
その第一歩として、連邦本部のあるチベットのラサに5thルナ落としを敢行した。
レウルーラの艦橋に上がってきたシャアは5thルナの落下準備の確認をする。
「5thルナの落下準備は？」
「問題ありません、エンジン点火のカウントダウンに入ります」
オペレータがシャアに告げると、カウントダウンが始まる。
それを横目で見ながら、シャアはナナイの元へと足を進める。
「ナナイ、ラサの様子はどうか？」
「連邦の上層部が避難を始めました」
「ようやくか…一般市民は？」
「連邦政府からは避難勧告が出されていない模様です」
「市民を見捨てて自分たちだけ避難か。やはり腐っているな」
吐き捨てるように言うシャアに、ナナイが溜め息を吐く。
「連邦政府へは避難可能な時間を考慮して警告をしましたが、彼らは我々のハッタリだと思ったのでしょう。無視を決め込み、この土壇場で事実だと気付いて慌てて逃走を開始した様です」
「市民を捨ててか…愚かな…」
「……」
シャアの呟きにナナイは目を伏せる。
「大佐、もう後には引けません。宜しいですか？」
「ナナイ、今更何を言う？良いも悪いも、我々は既に動き出してしまった。突き進むしかあるまい？」
「はい…」
そんな二人を、シャアと共に艦橋に上がってきたアムロが言葉なく見つめる。
「5thルナ、エンジン点火！」
オペレータの声が艦橋に響く。
「右舷、MSらしき熱源がこちらに接近！画像拡大します」
モニターに映し出されたのはジェガンとZガンダムの汎用機であるリ・ガズィが10機。その右腕にはロンド・ベルのマークが見える。
「ロンド・ベル…ブライトが来たか」
シャアの言葉にアムロがピクリと反応する。
「どうした？アムロ」
「いえ…よくわかりませんが…少し頭痛が…」
アムロがこめかみに手を当て顔を顰める。
その様子に、艦橋のクルーが数人アムロに視線を向ける。
そんなクルー達をシャアはチラリと一瞥すると、直ぐにアムロに視線を戻し確認をする。
「出られるか？」
「大丈夫です。問題ありません」
「そうか…」
アムロの返事に、クルー達は少し複雑な表情を浮かべながらも、シャアの視線を気にして何も聞かなかったように振る舞う。
「大佐、モビルスーツ隊、出撃準備が整いました！」
「うむ、モビルスーツ隊出撃！敵モビルスーツ隊を迎撃せよ！各艦隊！弾幕を張れ！敵艦隊から攻撃が来るぞ！」
「はっ！」
その瞬間、ビームの帯がこちらに向かって伸びてくる。
それを、レウルーラから発射されたビームが防いでいく。
「大佐、自分もα・アジールで出撃します」
ネオ・ジオンの黒いノーマルスーツに身を包んだアムロがシャアに向かって敬礼をする。
「うむ、私もサザビーで出よう。ナナイ、ライル艦長、ここは任せたぞ」
「はい」
シャアとアムロが艦橋を後にすると、オペレータ達が緊張を解すかのように小さく息を吐く。
「始まったな」
「ああ」
小さな声でオペレータ達が呟く。
「しかし…ブライト・ノア艦長って…一年戦争でホワイトベースの艦長をしていたあのブライト・ノアだよな…って事はアムロ・レイとは…」
「ああ。記憶が無いとはいえ…残酷な事をさせる…」
そんなオペレータ達の会話を、ナナイは聞かないふりをしながら指示を出していく。
長い間、アムロと時間を共にしてきたナナイは、少なからずアムロに情のようなものが湧いていた。
一年戦争の英雄とは言え、アムロはあまり軍人らしくなく、どちらかと言うと内向的で優しい男だった。
腕の中で、安らかな寝息を立てるアムロの髪をそっと撫ぜる。
数日前、元ホワイトベースクルーのカイ・シデンがアムロに接触してきた。
おそらく私の事を調査している中で、偶然アムロの存在に気付いたのだろう。
早々に逃走したカイ・シデンは偽名のチケットを使って既にスウィート・ウォーターを脱出していた。
しかし、アムロの事がブライト・ノアを始め、元ホワイトベースクルーに知れたとしても、連邦に知られる事は無いだろう。
彼らもまた、連邦のアムロに対する扱いに憤りを感じていたのだから。
小さく溜め息を吐くと、腕の中のアムロを見つめる。
あれから、少しアムロの精神状態は不安定だ。
度々夢に魘される。
記憶操作により、過去を思い出す事は出来ないが、決して記憶が失われたわけではない。
深層心理の奥底には存在している。
だからこそ、夢として見るのだろう。
しかし記憶操作の影響で目覚めた時には覚えていない。ただ、全身に汗をかき、激しく動悸する心臓の鼓動に動揺していた。
それを紛らわせる為か、最近はアムロの方から私を求めてくる。
それを、求められるまま受け入れる。
今夜もまた、アムロの方から私の部屋を訪れ、体を繋げた。
「ん…」
寝返りをうつアムロが薄っすらと瞳を開く。
「シャ…ア？」
寝惚け眼で見上げるアムロの額にキスをする。
「まだ早い、眠りなさい」
「シャア…は…？」
「私も寝るよ」
そう言いながら、アムロの身体を抱き締める。
「うん…」
その温もりに安心したのか、アムロが眠りに落ちていく。
「…シャア…俺を…離さないで…」
そう呟くアムロに、愛しさが込み上げる。
『それを言いたいのは私の方だ…』
もしも記憶が戻れば、離れていくのはアムロの方だろう。
こんな事をしている私を軽蔑し、恨み言を言う姿が目に浮かぶ。
それが分かっていても、決して手放す事は出来ない。
そして、ララァ同様にアムロを戦力として、道具として戦場に送り出そうとしている。
今の私はネオ・ジオンの総帥であり、スペースノイドの自由を勝ち取ると言う目的があるのだ。
その為には手段を選んではいられない。
腐敗しているとは言え、連邦の戦力は強大だ。それに打ち勝つ為には、ニュータイプや強化人間の能力は必要不可欠なのだから。
時が来たら連邦へ宣戦布告をし、一気に片をつける。
たとえそれによって、多くの人々の命が奪われようとも…。
「アムロ、私はあこぎな事をしようとしている…本当はそんな私を、君に止めてもらいたかったのかもしれない…」
しかし、それはもう叶わない願い。
「叶わないならば、私と共にその重荷を背負ってくれ…」
安らかなアムロの寝顔を見つめ苦笑する。
「君にとってはいい迷惑だな…」
◇◇◇
「カイ、それは本当か！？」
極秘通信を使って、カイがブライトにスウィート・ウォーターでの事を報告する。
モニター越しに、ブライトが動揺しているのが伝わってくる。
「ああ、いずれ奴は連邦に宣戦布告をして反乱を起こすだろう。その時、奴の傍らにはアムロがいる」
真っ直ぐと、睨みつけるようにこちらを見つめるカイにブライトが言葉を失う。
『アムロと戦わなくてはならない…』
自分はアムロに向かって引き金を引けるだろうか…。
何より、アムロの凄さを誰よりも知っている。
そして、クワトロ・バジーナ、いや、シャア・アズナブルの手腕も。
『自分たちは…連邦は負けるかもしれない』
ブライトはゴクリと息を飲んだ。
◇◇◇
そしてUC0093年3月12日。ネオ・ジオンを率いるシャア・ダイクンは連邦政府に対して宣戦布告をする。
その第一歩として、連邦本部のあるチベットのラサに5thルナ落としを敢行した。
レウルーラの艦橋に上がってきたシャアは5thルナの落下準備の確認をする。
「5thルナの落下準備は？」
「問題ありません、エンジン点火のカウントダウンに入ります」
オペレータがシャアに告げると、カウントダウンが始まる。
それを横目で見ながら、シャアはナナイの元へと足を進める。
「ナナイ、ラサの様子はどうか？」
「連邦の上層部が避難を始めました」
「ようやくか…一般市民は？」
「連邦政府からは避難勧告が出されていない模様です」
「市民を見捨てて自分たちだけ避難か。やはり腐っているな」
吐き捨てるように言うシャアに、ナナイが溜め息を吐く。
「連邦政府へは避難可能な時間を考慮して警告をしましたが、彼らは我々のハッタリだと思ったのでしょう。無視を決め込み、この土壇場で事実だと気付いて慌てて逃走を開始した様です」
「市民を捨ててか…愚かな…」
「……」
シャアの呟きにナナイは目を伏せる。
「大佐、もう後には引けません。宜しいですか？」
「ナナイ、今更何を言う？良いも悪いも、我々は既に動き出してしまった。突き進むしかあるまい？」
「はい…」
そんな二人を、シャアと共に艦橋に上がってきたアムロが言葉なく見つめる。
「5thルナ、エンジン点火！」
オペレータの声が艦橋に響く。
「右舷、MSらしき熱源がこちらに接近！画像拡大します」
モニターに映し出されたのはジェガンとZガンダムの汎用機であるリ・ガズィが10機。その右腕にはロンド・ベルのマークが見える。
「ロンド・ベル…ブライトが来たか」
シャアの言葉にアムロがピクリと反応する。
「どうした？アムロ」
「いえ…よくわかりませんが…少し頭痛が…」
アムロがこめかみに手を当て顔を顰める。
その様子に、艦橋のクルーが数人アムロに視線を向ける。
そんなクルー達をシャアはチラリと一瞥すると、直ぐにアムロに視線を戻し確認をする。
「出られるか？」
「大丈夫です。問題ありません」
「そうか…」
アムロの返事に、クルー達は少し複雑な表情を浮かべながらも、シャアの視線を気にして何も聞かなかったように振る舞う。
「大佐、モビルスーツ隊、出撃準備が整いました！」
「うむ、モビルスーツ隊出撃！敵モビルスーツ隊を迎撃せよ！各艦隊！弾幕を張れ！敵艦隊から攻撃が来るぞ！」
「はっ！」
その瞬間、ビームの帯がこちらに向かって伸びてくる。
それを、レウルーラから発射されたビームが防いでいく。
「大佐、自分もα・アジールで出撃します」
ネオ・ジオンの黒いノーマルスーツに身を包んだアムロがシャアに向かって敬礼をする。
「うむ、私もサザビーで出よう。ナナイ、ライル艦長、ここは任せたぞ」
「はい」
シャアとアムロが艦橋を後にすると、オペレータ達が緊張を解すかのように小さく息を吐く。
「始まったな」
「ああ」
小さな声でオペレータ達が呟く。
「しかし…ブライト・ノア艦長って…一年戦争でホワイトベースの艦長をしていたあのブライト・ノアだよな…って事はアムロ・レイとは…」
「ああ。記憶が無いとはいえ…残酷な事をさせる…」
そんなオペレータ達の会話を、ナナイは聞かないふりをしながら指示を出していく。
長い間、アムロと時間を共にしてきたナナイは、少なからずアムロに情のようなものが湧いていた。
一年戦争の英雄とは言え、アムロはあまり軍人らしくなく、どちらかと言うと内向的で優しい男だった。
作品名：鳥籠の番(つがい) 5 作家名：koyuho