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梅嶺 五 ────墓標────

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───ここにはもう来れないと思っていた、、、、。───

梅長蘇は、ただ一人、一歩一歩、ゆっくりと歩いて行く。
見上げる程の梅嶺の一枚岩。
麓にいても、遠く離れていても、この大岩だけは見えるのだ。
旅人の道標の一つである。
はるか遠くからは、この岩を目指し、梅嶺の裾野に暮らす者達は、これを方角の標(しるべ)とした。
梅嶺越えをする人々や、梁国の北部に住む者は、皆、この岩に助けられ、迷わずに、歩み、馳せ、己の役目を果たしたのだ。


───そして、父が眠る場所、、。───
あの日、琅琊閣の老閣主に、林殊は助けられ、、
───老閣主は、父の亡骸を、この一枚岩の袂(たもと)に臥してくれたのだ。───


───また、赤焔事案が起きた厳冬が、来るのだろう。
あの忌わしい大禍。
赤焔軍七万が、夏江と謝玉の謀にかかり、命を失った。
いや、討伐に来たのは二人の率いる軍だが、赤焔軍を滅ぼしたのは、この二人だけでは無かった。
朝臣達の思惑、後宮の思惑、、、。
、、、そして全てを決定付けたのは、陛下の疑念。
関わった者達が、互いの思惑と、陛下の疑念を利用したのだ。

今ならば、その危機が分かるが、、、
、、当時私は、まだまだ未熟な、子供だったのだ。
国の為に尽くし、こんな惨事が起ころうとは、理解が出来なかった。
私と景琰の先にある憧れに、真っ直ぐに進めば、それで良いと思っていたのだ。ただ、梁の為に尽くせばよいのだと、、、。
祖国への忠義、、、赤焔軍の誇りだった。
だが、その志は踏み躙(にじ)られ、、、。
私は、琅琊閣で、事の仔細を確信し、こんな国など捨ててやろうと思ったのだ。なんの為に命を賭して、戦ったのかと、、、。

、、、、、だが、祖国を捨てられぬ、、、。

怪童と呼ばれ、武術や学問で、大人を負かした事はあったが、大人の暗澹たる思惑の、何を理解できようか。

そしてその後の、あらゆる全ての決断に、苦しみが伴った。
私の決断は、大切な人々を悲しませる。───


大きな一枚岩の根元まで来ると、石が積まれているのが見える。
梅長蘇は一歩一歩、石の塚に近づいてゆくのだ。
風は吹き、衣がはためき、髪は翻る。
こんな風が吹いていたら、歩けはしないのに、今は力強く、飛流に支えてもらわずとも、歩む事が出来きている。

「父上、、、。」
───ここにようやく来れた、、、、。
父の眠るこの場所に、、、、。───
錆び付いた剣が一振、石塚に添えられている。
───父の剣だ、、、。───
林燮は、ここに眠っているのだ。
長蘇は跪き、積まれた石の山に叩頭する。


父の姿が、脳裏に浮かぶ。

忘れることの出来ない、父の勇姿。
そして、最後の、、、、、。

長蘇の手の中に握られたものを見つめる、、、。
「林殊」と刻まれた銀の腕輪だった。
───感慨深い、、、、。
赤焔軍の無念を晴らす事。
遂げられるかどうか分からなかった。
逃げ出したいとも思った。
梅嶺での戦いの後、老閣主から助け出された。
私は、人の姿すら奪われた己の容貌に、全てが終わったのだと思っていた。
老閣主からは、元には戻らぬと言われたのだ。
もうこの先の全てが、どうでも良いと思っていたのだが、赤焔事案の真実だけは、知りたいと思ったのだ。
絶対に老閣主は知っていると思っていたが、知らぬ存ぜぬを通された。
老閣主が硬な程に、尚更、知りたくなった。

そして琅琊閣で知る、赤焔事案の陰謀、、、、。
あれだけ深く絡まった国の闇など、誰が知るだろう、、。
真っ黒な闇と闇が繋がり合い、、そして起こった。
我々赤焔軍は、梁の為だけに敵と戦い、梁の安寧だけを望んで戦ったのだ、、。
父ですらも、この闇の底深さと複雑さは、想像もつかぬだろう。

赤焔軍の義兄達や仲間は、皆、無念の思いで散ったのだ。
国に捧げた魂の無念を、伝えねばならぬと、、、。
そして全てを正す為に。
金陵が、戦火に見舞われるような事が、起こらぬように、、
、、大切な者達の命が、奪われぬように。

知った以上、決めた以上、もう、後戻りは出来ない。
琅琊閣の、入ってはならぬ書庫や文庫を漁り尽くし、梁の全ての情報を手に入れた。
その中で、自分の病が何であるか、そしてその治療法も知ったのだ。
わざわざ分けられて隠されていた、火寒の毒の治療法。
大変な苦痛を受けるのだと、、、。
そして十年程しか生きられぬ。
老閣主は治療に反対だった。
だから、老閣主はこれを隠したのだ、、私の為に。
父も赤焔軍兵も望んではおらぬ、と、、、。
事案を忘れて、そして、穏やかに暮らせ、と、、。

穏やかに暮らす事など出来ようか。
治療を行えば、私が失う物は大きいが、得る物には代え難し。
私は老閣主の息子、藺晨に協力させた。
あれこれ理屈をこねる奴だが、何かと親身に協力をしてくれた。
色々あったのだが、奴と老閣主は、私に人の体を戻してくれた。

そして、刻も限られたのだ。

藺晨は幾度もその刻を延ばしてくれたが、どうやらようやく、終われるようだ。───




長蘇は立ち上がり、腕輪を握りしめ、大きくゆっくりと息をつく。

屈み込んで、林燮の墓の横に腕輪を置き、傍にある、幾つかの石をその上に積み、腕輪を隠した。

───、、、終わったのだ、、。
ずっと、こうしたかった。
疲れたろう、、、、、林殊。───

ずっと林殊でありながら、刻が過ぎるにつれ、林殊が遠くなっていく。
留めて置きたいと望んでいても、己と林殊は遠のいていく。
林殊と梅長蘇は真逆であるのだ。
そしてその梅長蘇の役目も、終わったと確信する。

───なるたけ、無関係の者を貶めないよう、、、犠牲にせぬようにしたつもりだった、、、。
赤焔事案に関わった者に罪はあれど、その家族に罪はあろうか、、。
そして、九安山で亡くなった兵士達、、。
、、、守りきれなかった者達も、、、。
結果的には皆、事案再審の、踏み石にしたのだ。

私は、、地獄へ行く。───





小殊




力強く、背後で声がする。

「父上?、、。」
怖々と振り返れば、そこに林燮が立っていた。
林燮は微笑んでいる。
林燮の、こんな表情をあまり見た事はない。
林殊にはいつも、苦虫を潰したような顔を向けていた。
林殊の行いに、小言を良い、叱り、道を外さぬように、常に眉間に皺が寄っていたのだ。
だが、叱りつけた林殊が去ると、林燮は、我が子の成長に顔が綻んでいた。
今、その優しげな顔の父が、、、。
長蘇は、労わるような視線を受ける。
───父上ならば、もっと違ったやり方をしただろうか、、。こんなに刻をかけず、、もっと早くに決着を、、、、。
、、、、私は叱られるだろうか。
父に、、昔のように、、あの頃のように、、、。───
それも良いか、と、顔が綻ぶ。


私はお前を、叱るだけだったか?。
善くやったでは無いか。


そんな声が聞こえる。
長蘇が自ら作り出した幻なのだろうか。
そうだとしても、ただ一人になった心細さに、思わず側に行かずにはいられなかった。
「父上、、。」
林燮は梅長蘇を迎え、その胸に抱きしめた。
あの頃と同じ大きな胸だった。
力強く抱擁される。
いつ以来だったろうか、こうして林燮に抱かれるなど、、、。