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梅嶺 五 ────墓標────

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───遠い遠い、、、子供の頃だ、、。───

林燮は抱擁の腕を解き、長蘇に道を空ける。

その林燮の後方には、母晋陽が立っていた。
「は、、母ぅ、、、、。」
駆け寄ろうと思った。
だが、足が竦んでしまった。

今、すっかり林殊の面影は無くなってしまったのだ。
母親とは、梅嶺に出兵する、前日はおろか、出兵の十日ほど前から、会っていなかった。まさか、赤焔軍営に平常軍務に向かう朝、言葉も交わさず、遠目に顔を合わせたのが、最後になろうとは、、。
忙しさもあったのだが、決して、林府に帰れぬ程、時間が無いわけでも無かった。
また直ぐに帰ってくるのだ、そう思っていた。ただの日常。
そして、事案後、晋陽の亡骸の行方も分からずに、、、、。
あの日、せめて言葉を交わせていたら、、そう、長蘇は深く後悔をし続けたのだ。
───今は全てが、林殊では無い。
私を私と、分かるのだろうか、、、。───
長蘇は、怖かったのだ。
心すらも、晋陽の知る林殊では無くなった。
晋陽の知る林殊は、自分の心に嘘の付けぬ、子供であったのだ。
梅長蘇という人間は、人を陥れ、謀だらけの薄汚れた人間なのだ。
武門林家の家訓をも捨て、策士梅長蘇に徹してきた。
かつての林殊は、自分の志を曲げたりはしない。
林殊が仕方なく変わったなどと、晋陽には通じるまい。長蘇はどれだけ己を穢してきたか、、、。
───拒絶されたら、、、。
母に貰った身体も心も、、、私はこのように、、、、。───
知れる事を恐れ、長蘇は、地に膝をついてしまう。

晋陽はその場に、じっと立ったまま動かない。
長蘇には晋陽の表情は分からなかった。

晋陽は、一歩一歩、長蘇の方に歩みを進める。
咄嗟に長蘇の頭を、妙な考えが過ぎったのだ。
───母上にとっての林殊は、あの林殊のままでおけたら、。
天真爛漫な林殊を、母上の心に残して欲しい、、。───
おかしな考えだったが、林殊が梅長蘇になったと知ったら、
───母上が悲しむ、、。───
そんな思いが浮かんだのだ。
林殊とは別人の、梅長蘇になるのだ。
梅長蘇として欺くのは、今に始まった事では無い。

「晋陽公主、、。」
母の名前を口にする。
晋陽の歩みがぴたりと止まった。
悲しみが伝わってくる。



何を言っているの、、、小殊。
姿は変わっても、あなたは昔の小殊のままではないの。


小殊、、、、私の小殊。
全ての重荷を一人で背負い、そして果したのよ。
あなたにしか出来なかった。強い子だわ。
小殊、、、。



晋陽の言葉が胸に響いてくる。
「、、、、ぁ、、、、。」
気が付くと、長蘇の目の前には晋陽がいた。
その瞳はかつてのままで、再会を喜び、涙が零れ落ちそうだった。
堪らず、互いに抱きあった。
晋陽の小さな体が、長蘇を大きく包み込む。
林燮よりも大きかった。



よく耐えたわね。えらかったわ。



長蘇の涙は止まらなかった。
流すことを忘れていたのだ、、、これまでの分が止めどなく、、。
呼吸すらも、、全てを殺して、、辛いとは思わぬ様にしていたのだ。
───辛いと気が付いたなら、きっと、逃げ出してしまっていた、、。
逃げる事はならぬのだ。───
晋陽は長蘇の涙を掌で拭き取っているが、晋陽もまた、泣いていた。


晋陽は、いつも林殊が悪さをすると、困った顔で見ていたのだ。
時には林殊に騙されつつも、ずっと見守り、育んでくれた。
林燮や太皇太后とも、形の違う愛情だった。
形は違えど、林殊の力の源となっていたのだ。

───私は父と母の、自慢の息子だったのだ。
ずっと知っていた。例え酷く怒られようと、罰を与えられようと、知っていたから、人を恨まず、生きてこられた。───


林燮も晋陽も、ずっと我が子の歩む道を、見続けてきたのだ。
何を助ける事も出来ず、心残りなこの魂も、苦しんできたのだろう。


いつまでも抱き続け、涙を流し続け、、。
だが、いくら刻があっても、足りるということは無い。
互いに心を感じながらも、会えずにいたのだ。









古からの戦の山麓、夥(おびただ)しい熱き血が流れ、そして散っていった。
敵も味方も、その魂の重さは、計り難し。
皆、等き、惜しき命。



強く望んでも、叶わなかった再会は多い。

この涙は、この梅嶺の魂を癒すだろう。



────────糸冬────────