キス10題(前半+後半)
「 10kiss of fire 」
※史実に沿ってのお話し。見方はいろいろあると思います。苦手な方はご注意ください。
1919年 パリ講和条約交渉 前
パリ講和条約交渉前
これが終われば、きっと世界は何か変わる。
また変わる。また動く。
他力本願だと、笑われてもいい。
始まろうとする御伽噺を駆けた先に貴方が居ますように。
閉めた扉へ勢いで押し付けた身体をそのままに、顔を寄せてキスをしようと誘ってみる。
「いいこと教えてやるよ」
ふっと妖艶に微笑む漆黒に、思わず引き寄せられる気持ちをくい止める。
「東洋の番犬って扱いなんだぜ。お前」
「その下等な犬に魅せられたのはどなたです」
吐息が混ざる距離での言い争いに、背筋に歓喜が走る。こんなことも、お前できるんだな。
「悔しがれよ」
「然様なことをお望みですか。私を誰だとお思いで? 知らないとでも?」
はっと息を詰める。
裏の読みあいにおいて、どちらが勝ったかの決着がつくのは、事が過ぎてからだ。
「驚いた振りなんて、古典的なことを。まぁ、貴方にはよくお似合いですが」
「生意気言ってんじゃねぇよ。誰のお陰で舞台に立ててると思ってるんだ」
「他ならぬ、――私の力あってでしょう」
「いつまで言ってられるかな」
「いいこと教えてやるよ」潜めていた声を一層落として、もう一度、今度は耳元で囁いてやる。知ってるんだ、どこが弱いかなんて。すべて見せ合った後だから。
「貴方に教えられることがあるなんて思いません。零落したのは、私ではありませんから。そうでしょう?」
ほんの一瞬眉をひそめて、呼吸を止めて、目線を逸らした。見逃さなかった。
けどすぐに、言葉をつき返してくる。
「ずいぶん見くびられたもんだな」
「見くびっているのは貴方の方です。いい加減認めたらどうですか? アメリカさんのように。潔く私を脅威に仕立て上げたらいいでしょう」
「お前がそう望むなら、考えてもいい」
「居丈高にものをいう人は嫌われますよ」
「八方美人も大概にしたほうがいいんじゃないか」
交わす言葉は平行線だ。空の色に共感したのはつい最近のことだと思っていたのに。同じ紅茶で喉を潤したのが、つい先日のことだと思っていたのに。瞬きをするたびに変わる世界を、誰か止めてはくれないか――
その茶色い虹彩の中の黒い瞳孔で、同じものを見ていたはずなのにああどうしておかしいくるってるいとしいかなしいあいくるしい
「危険です」
「あぁそうだな」
「危ない、誰か来る」
「それは困るな」
網膜に焼き付けるように強く視線を交し合った。背徳を感じるほどに惹かれ、ついに重なった唇の温度を忘れまいと、脳裏に刻み付けるように求め合った。やわらかいその場所で、舌が擦りあうほどに、熱い痛みが胸を刺す。
瞬きをするたびに変わる世界なら、この次目を開けたら、夢に見たような世界が待っていたりしないだろうか。
......END.
作品名:キス10題(前半+後半) 作家名:ゆなこ