キス10題(前半+後半)
「 9kiss in the dark 」
※史実に沿ってのお話し。見方はいろいろあると思います。苦手な方はご注意ください。
1923年 四カ国条約締結 後
四カ国条約締結
英国は日本と手を切ったが、米国他の日本のあまりの扱いに対し、それでは手を組んでいた英国の名誉にも関わる、と危機感を持った。
米国を説得し、仏国を入れての条約締結に漕ぎつけた。
「お前の眼にはそういうふうに映るんだろうな」
イギリスの眼は鷲のように鋭い。剣の先に反射するような光をそこに湛え、日本を映している。
「違うとでも?」
対峙する人に劣らない、鷹の眼を連想させるような日本の目つきの、真ん中に一つ映しているのはイギリスだ。
「俺は進言した。“日本との同盟は名誉なことだった”ってな」
「よく言いますよ。私をあんまり貶めると、手を組んでいた貴方の価値が下がるからでしょう? 正直に言えばいいものを、なぜ私相手に隠そうとするのです。もう何も関係ないでしょう」
「ほらみろ、そういうふうにしか見てない。俺の真意がどうだったかなんか確認もせずに」
「したところで何かが変わると思えませんし、貴方の方こそ、見切りをつけたのでしょう私に。こんなことろに呼び出して、今更何を話そうっていうんです」
同盟を終結する。けれど、日本のイギリスへの貢献は目を見張るもので、期待以上の働きをしてくれた。東の小国の癖に、と思ったことをわびようと思うほどだ。その思いがあったから、日本への信義を守るべきだと訴えたのだ。義弟を説得し、隣人を引き込んで、四つの国で守るべきものを守ろうと条約を結んだ。結局、義弟の都合のいいように企てられたけれど、それでも、日本を仲間に入れることができたことで、多少なり恩義を返せているだろうと、思っていた。けれどそれは、単なる思い込みでしかなかった。
「いいぜ。違わない。そういうことにしておこう」
「ありがたい申し出です。清々します」
呼び出して、この部屋で日本の眼を見たとき、あぁもうこいつは俺の知ってる日本じゃない、そう思った。いとも簡単に外されていた枷。どこにあるのだろう。もう一度はめてみたら、こいつの目に俺はどう映る。
「同じ同盟国だろ?」
「はっ。“同じ”? どの口がそんな温いことを言うんですかね。勝利に酔って墜ちたのではありませんか?」
「じゃぁ、見張りとでも言えば満足か」
「素直でいいじゃないですか。ところで、いい加減にしていただけませんか。要点はなんです」
完全に警戒している日本からは、過去の二十年間、俺は夢を見ていたんじゃないかと思うほど冷酷で、俺に向かって吐く言葉は、愛想の欠片もない。私怨で俺を怨むのは構わない。けどそんなんじゃ、いつか俺の敵に回ることになるぞ。教えては、やらないけど、そう思う。
「要点、か。もう言ったっけな。いいぜ、帰れよ」
日本は、これ見よがしに訝しげな顔をした。けど、もう言ったんだ。日本に知っておいてほしかったことは。誰がどう言おうと、俺にとっては、日本と組んだことは間違いじゃなかった。本当は分かってるんだろ? 確信はなくても、そういう情報くらい、お前の耳に入ってるだろう? 縋って泣きついてくれれば、俺だって、イギリスの皮を剥いで、お前の前でだけは素直になろうと思ってたのに、それをさせてくれなかったお前が悪い。
身を翻す日本が部屋を出るために取っ手に手をかける、その手が扉を開ける前に俺は背後から詰め寄った。気がついているのかいないのか、ひくりとも動かない軍服の白い肩越しに、ノブに掛けた手を奪って、身体を反転させる。慣れた距離、慣れた高さ。それから慣れた感触。抵抗されたけど、形だけのものだった。する気がないなら、最初からしなけりゃいいのに。
......END.
作品名:キス10題(前半+後半) 作家名:ゆなこ