キス10題(前半+後半)
「 2額に「おはよう」のキス 」
「おれ、にほんがだいすきだからな。ずっといっしょにいるんだからな」
舌足らずなほどに幼い少年が、その特徴的な眉毛を寄せて、癖のある金色を揺らしながら訴えてくる。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
本心から返しているのだが、少年は納得が行かないらしく、泣きそうになりながら同じ言葉を繰り返した。
「ほんとに、にほんがだいすきだからな。ずっといっしょにいるんだからな!」
両の手で小さなこぶしをつくり、胸の前で握っている。切ないほどの一生懸命さは伝わるのに。
「ありがとうございます。とても――」
伝えようと懸命な姿を見ながら、自分も同じ言葉を繰り返す。ああ、どうしよう。泣いてしまう。泣かせたくない。そう思うが、他の言葉が出てこない。まるでこの言葉しか知らないように、舌を転がるのは同じ文句だ。どうしていいかさっぱりわからない。ああどうしよう。わかっています。伝わっています。だから泣かないで。
精一杯の笑顔で、ありがとう、とそれだけを繰り返した。
上から名前を呼ばれた気がして、見上げる。視界に捉えたのはまっすぐに覗き込む、薄い緑色の瞳だった。
あ、
「れ? イギリスさん?」
「……、嬉しいのか困ってるのか、わからない顔してた」
それは私の台詞です。言いかけて、夢を見ていたことに気がついた。
「イギリスさん、大きくなりましたねぇ」
小さなイギリスからは想像できない声。面影を残した目元に、特徴的な眉毛と、癖のある金髪は変わらない。けれど、イギリスはたしかに成長していた。
「いつと比べてるんだ? 最近は身長だって、一ミリも変わってないぞ」
「夢の中で、私、イギリスさんを泣かせてしまいそうになって、すごく困りました」
「日本が、俺を? それはないだろ」
どんな夢だったのだろう。俺が、日本に泣かされる――? 想像がつかない。
「とても一生懸命に、愛を告白してくださるんですよ」
それがたいへんに可愛らしくて、と俺じゃない俺をみて笑う。
俺のことを言っているのに、日本を取られた気がしてどこか悔しい。
「俺も、言ってるんだけど。届いてないのか?」
「届いてますよ。まったく、全部受け取めるの大変なんですから」
じじいを思うなら加減をしてくださいね。と、目の前にいる俺には軽い叱責。
「俺、昔の俺をいま嫌いになった」
「どうしてです。あんなに可愛らしいのに」
「昔の俺のほうがいいんだろ、日本は。俺いらないみたいだ」
「そう拗ねないでください。ね?」
見た夢のことで、一つだけ、まだ話してないことがある。
「私、ほっとしてるんです。イギリスさんが、私じゃない人に、一生懸命愛を伝えてなくてよかったって。私でよかったって、嬉しいんです。だから、ありがとうございます」
朝の陽の中の、薄い緑色に照準をあわせて言う。
ねえ。拗ねないでください。
柔らかい眼差しは、指で触れれば形がありそうに疑いのないもので、受け取りたいのに少し照れてしまう。わかってるならよろしい、とわざと畏まって受け取る。それから後回しになっていた朝の挨拶を交わした。
「日本、おはよう」
「おはようございます。大きくなったイギリスさん」
肩まで被ったシーツの中から白い指が伸びて、額にかかった髪をさらう。現れた場所に、イギリスのくちびるが寄せられる。ふわりと笑う日本に、子どもの俺には日本に良い事できないな、だからやっぱり俺のほうがいいだろ? 訊ねると、朝からそんなはしたないこと言わないでくださいよ。せっかくの爽やかな朝が台無しじゃないですかと頬を膨らました。
日本は夢の中の俺に何と言って答えたのだろう。朝食をとりながら聞いてみよう。
「紅茶、何飲みたい?」
......END.
作品名:キス10題(前半+後半) 作家名:ゆなこ