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甘やかしたがり

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雨の降り続いた夜だった。こういう日には臨也さんが来るかもしれない、とある程度覚悟していたから、チャイムが鳴った時はすでにあきらめがついていた。
扉を開ければおなじみのコートのフードをかぶっただけの臨也さんがいて、まるで塗れ細った黒猫みたいだな、と思ったことを覚えている。
何も言わないでただうつむいて立っているから、珍しいなと思いながら手を引いた。驚くほど冷たい手のひらだった。そして、僕が触れた途端にはじかれたように顔をあげた臨也さんは、そのままゆるゆると困ったような嬉しいような、いろんな感情が混ざった表情で僕を見つめた。
「帝人君はさ、」
何か言いかけた唇が、カタカタと震えていたのを覚えている。それ以上の言葉が続かなかったので、まあいいかと思ってそのまま手を引いた。酷くためらいがちな一歩を踏み出して、臨也さんが玄関に足を踏み入れたのを確認してから扉を閉める。細かい雨の音が、それでようやく小さくなった。
「脱いでくれません?」
狭い部屋だけれども、一応僕の住まいだ。床を濡らされるのは非常に困る。くいくいとファーコートを引っ張りながらそう言って、自分はバスタオルを取りに室内に上がろうとした。その時だ。
不意に、ぐいっと二の腕を引かれた。え?と思う間もなく、正面から冷たい体がしがみついてきて、そのまま後ろへ尻もちをつく。臨也さんはそんな僕にすがるように、肩口に額をすりつけてぐいぐいと押してきた。
「ちょ、っと、まっ」
ろくな抵抗もできないままそのまま床に押し倒される。ごちんと頭をぶつけたけれど、幸い畳だったのでそうダメージを受けずに済んだ。
臨也さんは、それで満足したのかごそごそと頭の位置をずらして、丁度心臓の上あたりでぴたりと止まり、そのまま動かなくなった。
部屋は薄暗く、雨はまだ降り続いている。外からの物音は雨音以外に何もない、とても静かな夜だった。
細かく震えながら伸ばされた手が、僕の手を握りしめるときに立てた衣擦れの音が、やけに大きく響いたような気さえした。
僕には臨也さんという人間がよくわからない。
紀田君が言うように、きっと近づかないほうがいい人なんだろうけれども、時折どこか、酷く悲しげな目をすることがあって(紀田君に言ったら錯覚だと一刀両断されたけれど)普段の余りに余裕のある態度とその悲しげな目が、ちぐはぐすぎて妙に気になった。
人間が好きなんだと延々語られた時も、ナイフを片手に飄々と人を脅してきた時も、平和島静雄さんとの殺し合いを目の前にした時も、それから、酷く底意地の悪い笑顔を向けられた時も。なぜだろうか、僕は怖いとは思わなかった。ただ、何か・・・哀れな人だと、思っていた。
臨也さん、と小さく読んでみたけれど、彼はまだ僕の上で身動き一つしない。寝ているのかと思ったけれど、僕の手を握りしめる彼の手のひらが、力を込めたり緩めたりするものだから、起きてはいるのだろう。
冷たいなあ、と思った。
お風呂にでも入ってくれないかな。風邪とか引かれたらそれはそれで厄介そうだし、何より移りそうで怖い。この小雨の中を全身ずぶ濡れになるまで外にいたのだから、冷たいのは当たり前なのだろうけれど。
「臨也さん?」
もう一度呼びかけたら、小さな声が、「帝人君はさあ、」ともう一度囁いた。
「誰にでもそうなの」
「そう・・・、って、どうですか?」
「お人よし」
「意味が解りませんけど」
もしかして、この人を家に上げたことを言っているのだろうか。お人よしと言われても、チャイムを鳴らして家に上げてほしいと意思表示らしきものをしてきたのは、そっちじゃないか。
僕だって、チャイムさえ鳴らされなければ拾ったりしないし、大体これほど濡れるまで外にいたんだから、僕の家になんかよらずに自分の家へ帰ったってよかっただろうに。それでもこの家のチャイムを鳴らしたのは臨也さんだ。だから僕は別に、特別お人よしな行動をしたつもりなんか、ない。
「帝人君は」
それらぐるぐると考えたことを口にしてやろうとしたら、それを遮るように先に言葉を投げかけられた。反射的に、口を閉じる。臨也さんの手が僕の手から離れて、代わりにぎゅうと腰に抱きつかれた。ますます冷たい。

「なんで俺に手を伸ばすんだろうね」

心底不思議そうな声だった。ああもう、わけがわからない。黙ってうつむいて、かといって立ち去るわけでもなく、手を伸ばされるのを待っていたのはそっちだろうに。
あんな、捨てられた猫みたいな空気で。
それで帰れと扉を閉められることを、望んでいたって言うんだろうか。まさか。
「臨也さんが手を伸ばして欲しがったからでしょ」
答えれば、小さく笑う気配がした。そうじゃなくってさ、と甘ったるい声が言う。長い息を吐いて、臨也さんがやっと身を起こした。助かった、これでバスタオルを持ってこれる、と思って自分も起き上がろうとしたら、その肩に両手をおかれたので床に座り込んだままもう一度彼を見る。
「ちょっと、臨也さん?今バスタオルー・・・」
「誰にでも?」
「は?」
「ねえ、手を伸ばしてほしそうにしてるなら、誰にでも手を伸ばすの?」
「それ、は・・・」
どうだろうか、と少し考えたけれど、答えはすぐに出た。それが知人で、嫌いじゃないなら、そうするだろう。自分はそういう人間だと理解している。
「嫌いじゃない知人になら」
「・・・ねえ、君さ」


ざんこくだっていわれない?


すねたように言われた言葉に、首をかしげる。
僕のどこが、と返したかったが、あいにくと自分のことは自分じゃよくわからないものだし、それに他人を傷つけない生き方なんて誰にもできないと知っている。
「言われたことはないですけど」
「ふーん」
「何すねてるんですか」
「・・・それだよ」
「なんですか」
「なんで君には、すねてるって分かるかなあ・・・」
心底、解せない、という顔をした臨也さんが目の前にいた。
僕は一瞬呆けて、言われたことを数回繰り返して、理解して思わず笑ってしまった。なんだこの人、馬鹿みたい。何もかも見透かしているような顔をして、つかみどころのない笑顔をばらまいているくせに、なんて分かりやすい。そう思ったら笑いは止まらない。
笑い続ける僕を、臨也さんは憮然として見つめていた。不愉快なような、そうでもないような、複雑な表情だった。あの折原臨也ともあろうものが、なんて顔をするんだと思ったら余計に笑えた。
ひとしきり笑って、満足したら、肩に置かれた手を振り払って立ち上がる。バスタオルを持ってきて手渡した臨也さんは、不本意です、という顔を全面に押し出しながらも、モッズコートを脱ぎ棄てて靴と靴下を脱いだ。
「お風呂沸かします?」
「いらない」
「でも体冷たいですよ」
「帝人君があっためてよ」
思いがけず真剣な顔で見つめられて、言われた台詞の裏を理解した。
僕はますます笑いたくなって、思わず噴き出した。眉をしかめた臨也さんが何か厭味を言うより早く、
「可愛いとこありますよね」
と言ってやったら、黙った。ざまみろ。
作品名:甘やかしたがり 作家名:夏野