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自分らしく
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彼方から  第一部 第一話

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 ――こんな……

 助けてくれた青年に振り回されながら、受け止める間を与えてくれない現状に、典子の頭の中には否定する言葉しか出てこない。
 不意に、青年の姿が視界から消える。

 ――ひえっ

 何かを思う間もなく、典子の身体は青年の左肩に担ぎ上げられていた。
 何も分からない状態の彼女に、拒否権などあろうはずはなく、もとより、言葉が通じないのだから、嫌だと言った所でやめてもらえるわけもなく――何よりも青年は、華奢とはいえそれなりの体重があるはずの彼女を肩に抱えたまま走り出し、
「きゃ」
 ――ダンッ
 と、片足で地面を蹴り飛ばした。

 ――跳んでる!! あたしを抱えて!

 重力など無視したその跳躍力で、青年は軽々と、行く手を塞いでいた花虫の群れを飛び越えていた。
 だが、その跳躍力を見て驚くのは人間だけで、ただ餌を求めている花虫にそんな感情はない。
 人一人抱えたまま見事な跳躍と着地を見せた青年はそのまま走りだし、虫もその後を追掛け始める。

 ――すごい、なんて速い……

 見る見る内に花虫の姿は見えなくなり、樹海の木々が視界を流れてゆく。
 未だ、外が見えない樹海は、花虫の巣と言う言葉に相応しく、凄まじい速さで走る青年のその先にも、新たな虫を出現させている。
「きゃ!」
 立ち止まる青年、その背後からも虫は襲ってくる。
 再び跳んだ青年の足下には、木々の根が壁に這う大きな穴が開いていた。

 ――落ちる!

 一瞬の無重力。
 浮き上がる身体に、典子は内臓が持ち上がるあの嫌な感覚と共に、落ちる恐怖を感じていた。
 その恐怖に反し、身体がそれ以上浮き上がる事も、勿論、落ちることもなかった。
 青年は、彼女の身体を自分の両腕でその胸に抱え直し、しっかりと支えながら落ちてゆく。
 二人を追い、花虫も一頭、共に落ちてくる。
 
 ――ドシャッ
 ――ダンッ

 同時に音を立て、一頭は落ち、二人は穴の底に着地していた。
 青年に抱えられた彼女にさほど衝撃は伝わっていないはずだが、それでも、息も吐かせない展開に、典子の眼は『点』になっている。
 一緒に落ちてきた花虫は即座に、二人を背後から襲おうと身を擡げた。
 だが、その勢いはすぐになくなってゆく。
 青年は花虫の様子を確かめると、典子をそっと、地面に降ろした。
 落ちついた……のかどうかは分からないまま降ろされ、典子は、その場から穴の底を見回し始めた。

 落ちてきた穴からは光が注ぎ、自分たちの周囲、数ヘンベル程度を照らし出してくれている。
 目の前には地下水で出来た川が流れ、その水を得る為に、樹海の木々の根――恐らく根なのだろうが、細い木の幹と言ってもおかしくないくらいの太さがある――が、洞窟の壁を這っていた。
 典子は、一緒に落ちてきた花虫を見てみた。
 花虫は次第に元気を失くし、

 ――あれ?

 クタリ、と、動かなくなってゆく。
≪もう、追って来ることはない。ここには奴らが必要な樹気がないらしい。人体には影響ないから、心配いらん≫
 青年はそう説明するが、

 ――え? 何て言ってんのかな

 全く典子には伝わっていない。
 言葉が通じないというのは青年も分かっているのだろうが、それでも説明してしまうのは、彼の性格によるものなのかもしれない。
 青年は、何も分かっていない様子の彼女を少し見て、それから何も言わずに立ち上がると剣を鞘に納め、歩き出した。
「あ……待って、どこ行くの?」
 典子は、何も言われない――言われた所で何を言われているのか分からないのだが――その事を不安に思い、問い掛けながら自分も立ち上がろうとした。
「置いてかないで……あ」
 だが、歩き出そうとして、倒れ込んだ。
 音に気づき、青年が立ち止まり、振り向いている。

 ――あれ? 体の力が
 ――入らない……

 地面に両手を着き、彼女はもう一度立ち上がってみようとする。
 だが、両手と両膝は共に震え、
「立……立てない」
 どうにもならない。

 ――今までの緊張がいっぺんにでてきたんだ……
 ――この世界へ来てからの……

 フカフカの金の苔の上で目覚めた時から、虫に襲われ青年に助けられ、言葉も分からず何処にいるのかも、何が起きているのかも一切が分からない。
 自分と言う者の存在の危うさ、不確かさ。
 誰もそれを是認してくれる者が居ない。
 これまで拠り所としていたもの全てが、今の典子の手には届かないものとなっている。

 ――う……

 不安しか、今の彼女の中には無い。

 ――帰りたい、帰りたいよぉ

 どうにもならない状況と、どうにも動かない体。

 ――お家へ、帰りたいよおお

 溢れてくるのは涙。
 今、此処にいるのは自分一人ではない、が、独りと同じことだった。
 自分の知らない世界、知らない言葉、知らない人……
 目の前のこの人は、危ない所を助けてくれたけれど、あたしのことを何も知らない……名前も、どこに住んでいるのかも、元々いた世界も、言葉も。
 連れて来られ、もう戻れない――その現実に、体と心が拒否をしている。
 意思とは関係なく。
 たった一つの望みで埋め尽くされた心が、典子にただ、涙を流させていた。

第二話へ続く