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梅嶺 七 ────金陵─────

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皇宮の城壁の上に立つ靖王。
そこからは見えぬ北の梅嶺に、心を向けている。

また、一人残された気分で、心が一杯になる。
かつても、こんな気持ちにさせられた。
十四年も前になる。
忘れもしない赤焔事案。
━━━当時、東海の軍務から戻った私には、この金陵は、まるで別の国の話の様だった。
私の知る者は本当に、何処にも居なかったのだ。皆、死んでしまったと、、、祁王兄上すらも、、、、。
聞くことさえも禁じられていた。
あの時は、私がただ一人だけ、この世に残された気分だったのだ。━━━

この皇宮に吹き荒ぶ北の風は、もう冷たい。
この風は、梅嶺と同じ風なのだろうか、、、。

外套も着ずに、皇宮の城壁の上に立ち、ただ風に吹かれている。
毎回、この場所にどれだけ居ても、納得は出来ず、太監から「お戻りを、、」と促されて、仕方なく門から降りるのだ。
誰一人、供の者は上げずに、付いて来た太監と禁軍兵達は城壁の下で待っている。その中の数名が、連日の靖王の行動に付き合わされ、風邪をひいたり体調を崩している。
幾日も幾日も、役目だから断りようが無く、靖王に付き合わされていた。彼らの役目であり、仕方ないと言えば仕方がないのだ。
窘(たしな)めるべき、靖王の生母の静貴妃すら、靖王の苦しみが理解できるだけに、言葉の掛けようもない。
誰も、靖王が風の強い寒空に、高い城壁の上に立つ事を、止められはしなかった。

━━━あの時のように、私だけ、ただ一人という訳では無い。
小殊は生きて居たのだ、、、。
死んでしまった訳では無いのだ、、だが、、、。
小殊や皆が戦う中、私だけがこの皇宮で、安穏と暮らすことになろうとは、、、。
戦いたかった、、、共に、、小殊と、、、、。
共に戦えるのだと、疑っていなかったのだ、、、、、。
小殊は、寒さに耐えられぬ身体だと言うのに、、、梅嶺に、、、。

あの日々も辛かったが、此度も相当辛いぞ。
私は、まるで拷問を、受けているようだ、、、小殊、、。━━━


━━━皇太子になり、私が国を継ぐ事に、後悔は無い。
国を憂えばこそ、梅長蘇の策を受け入れ、ここまで来たのだ。

ここでこんな風に、皆を待つ事になろうとは、思ってもいなかった。
梁は強国では無かったのか?。
なのにこの事態に、朝臣共は尻込みをし、結局、頼みにして、風をきって戦地へ向かったのは、衛箏、聶峰、小殊、、、禄とは無縁の者。
この梁は何を養ってきたのだ。
梅嶺で赤焔軍が大渝を撃退し、安寧だった十四年、、、。
朝臣達は、一体、何をしてきたのだ。
そして、自分らが、国賊にし亡きものにした者達を、掌を返したように、頼まねばならぬとは、、、。
怒りもせずに、皆赴いた。

私も、彼等と共に前線で戦いたかった。━━━


━━━小殊、、今、、梅嶺で、何をしている?。━━━
戦地に赴いた友を思い、天を仰いだ。



「景琰!!。」

聞き覚えのある声が、背後から飛んでくる。
凛として辺りに通り、、、声音に怒気が含まれていた。

振り返れば、そこに梅長蘇が立っていた。
「馬鹿な真似をするな。こんな事をして何になる?。私が分からないとでも?。」
長蘇は明らかに怒っていた。
「、、、分かるなら止めるな。」
━━━また、小殊の幻だ。私を叱りに来る。━━━
いつも現れるのは林殊なのだが、今日は梅長蘇が叱りに来たのだ。
どうせ幻なのだ。取り合ってどうするのか、と、靖王は梅長蘇から目を逸らし、また梅嶺の方に向き直る。
━━━恐らく私が作り出した幻影なのだ。戦いに出た者達に対する申し訳なさと、この為体(ていたらく)への、自分への情けなさが、小殊になって叱り続けているのだ。
このままでは、いけないと思いながら、、、どうしても心が定まらない。
ついつい、ここへ来てしまうのだ、、、。
殊更、今日は、寒い、、、梅嶺はさぞかし、、、。━━━
靖王は城壁に手をかけ、はるか梅嶺に赴いた勇士に思いを馳せる。
梅長蘇は、頑なに振り向こうとはしない靖王の側まで行き、肩に触れる。
「馬鹿な景琰、、、。
こんなに体が冷えている、、。」
今日の梅長蘇は、いつもの林殊とは何かが違う。
「??、、、。」
梅長蘇は自分が着ている外套を脱ぎ、それを靖王の肩に掛ける。
外套の中に、温かな梅長蘇の体温が残っている。靖王は温かさに包まれる。
「、、何をするのだ、お前が寒いではないか!。」
折角、掛けてやった外套を、脱ごうとする靖王を、梅長蘇の右手が制止する。
脱ごうとする靖王の左手を握ったのだ。
「、、、、!。」
「私は冷たくは無いだろう?。お前の方が冷たいぞ、氷の様だ。一体、どれだけここに居たのだ。身体が冷え切っている。」
靖王は目を見開き、驚いた顔で、長蘇から目が離せない。
「ふふ、、、驚く事は無い。そもそも私は火の男なのだぞ。」
そう言うと、長蘇は、靖王が脱ぎかけた外套をしっかりと着せる。
そして外套の紐までしっかりと結んでいる。
寒がりの梅長蘇に、こんな事をされる滑稽さに、苦笑せずにはいられない。
だが、まだ信じられない。目の前に梅長蘇が居ることが。
合わせの紐を、結び終わった梅長蘇の手を掴み、詰め寄った。
「、、、、小殊、本当に、、小殊なのか?。
、、、梅嶺から、戻って来たのか?。」
「そうだ、私は金陵に戻ったのだ。」
「身体は、、身体はどうなのだ?。具合は?。梅嶺はここよりも寒かった筈だ。」
梅長蘇は不敵な笑みをみせる。梅長蘇というより、林殊がよく見せる表情だった。
今の長蘇は痩身ながら、覇気があった。自信に満ち、不安は何も無いような。梅嶺に向かう前も、闘気に満ちていたが、それとは違う力強さがあった。
━━━本当に小殊なのだ。小殊は戻ったのだ。
梅嶺での戦さに、ひと区切り付いたのだろう。後は蒙摯や戦英に任せたのだ。
何よりだ。
赤焔事案を覆すために、正体を知らずに、共に闘っていた。やっと梅長蘇が小殊だったと分かったのに、、、、幾らもせぬうちに、また梅嶺に送らねばならぬなど、、、。
幾ら話しても足りぬほどなのに、、。もう小殊を失いたくは無い。━━━
刻(とき)は出来た。これから幾らでも、会う事が出来ると喜んだ。
話したい事も聞きたい事も、まだまだ有る。
ずっと滅入って気が張り詰めていた。久々に、ほっと安堵する。
あの身体で、戦さをしに、冬に向かう梅嶺に臨んだのだとすれば、林殊は梅嶺で死ぬつもりだったのだと思った。
梅長蘇は決して死にはしない、と、言っていたが、嘘に違いないと。
だが、本人はここに帰ってきた。案外、本人の言う通り、林殊の病状は、そう酷くないのかも知れないと、靖王の心の重荷が下りたようだった。
「もう梅嶺は、相当寒いのだろう?。
砦を奪還した話は、御林軍の張殿から聞いている。見事だったそうじゃないか。この目で見れなくて残念だ。」
「砦戦は、御林軍の張殿の協力が大きかった。あの戦で、梁軍も一つに纏まった。今回だけでなく、今後に意味のある、大きな戦いだった。」
「小殊には、張殿がいなくとも、何か策はあったのだろう?。」
「ふふ、、、まぁ、、、。だが、さほどの損失も出さず、奪還できた。これは今後、兵の心に大きく影響する。
纏まり、自信もついた。後は蒙哥哥と戦英でも、充分に戦える。