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自分らしく
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彼方から 第一部 第二話

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 だが、何も見えない暗闇とたとえ限られた範囲だとしても照らし出す明かりがあるのとでは、雲泥の差があると言ってもいい。
 青年の髪が、松明の明かりを反射し煌めいているように見える。
 川の流れに乗る事で生じる風が、典子と青年の髪を揺らす。
 静寂の中、聞こえてくるのは水の流れる音だけ。

 ――この人なら信頼できる……
 ――そう思ったから、あたし決意したんだもの

 筏を先導し、船の櫂代わりの長い木の棒を持つ青年の背中を見詰め、典子はそう、改めて思った。
 まだ、出会ってから一日と経っていないこの青年を、典子は信頼できると、そう判断していた。
 言葉も通じない相手の、その行動のみで、彼女は信じるに値すると、決断したのだ。
「……」
 自分の決意を再確認し、典子はふと考えた。
「あのっ、あのあたし典子って言います、立木典子。ノリコです、ノリコ。ノリコ、ノリコ」
 自分を指差しながら名前を連呼し、くるっとその指を青年に向けると、
「あなたは?」
 と、訊ねた。
 考えてみれば当然の行為と言える。
 互いに理解できないとはいえ、二人とも言葉を操るのである。
 青年の服装も見たことが無いとはいえ、それなりの文化があるのだと言うことが窺える。
 常識的に考えれば、物にも人にも、呼ぶための名前があるとそう思って然るべきだろう。
≪…………≫
 だが、青年は冷ややかな眼差しで典子を見ているだけ。
 典子は、その青年の反応に、
「えーと」

 ――通じなかったかな? それとも、話しかけちゃいけなかったりして

 と、松明を抱え、自分の行為が軽率だったのか、これで通じるだろうと言う考え自体が浅はかなものだったのかと、恥じ入り始めた。
≪目覚めとは、この世を騒乱に導くもののはず≫
 青年は典子から視線を外し、そう言い始めた。
≪その【目覚め】に、こう人なつっこく名をきかれるとは思わなかったな≫
 彼女の言わんとしていることは、どうやら青年に通じていたようだ。
 ただ、それによって困惑していることも確かで、青年にとって彼女の存在も彼女のやることも皆、想定外の出来事のようだ。
「? え? あの……」
 勿論、青年の言葉が典子に分かる訳もなく、彼の態度と言葉に、彼女自身も一つ一つ、困惑している。
≪…………おれの名はイザーク≫
 松明の明かりが二人を照らしている。
≪イザーク・キア・タージと言う。ノリコ≫
 名は、自分が自分であると言う、その物がそのモノであると言う、単純かつ明確な存在証明手段。
 先の見えない、真っ暗な洞窟の中、二人はやっと、互いが互いの名を知ることが出来たのだった。
 
                            第三話へ続く