ささやかな期待
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
場所は変わって、新宿。
「結構有名な話だよねえ、コレ」
パソコンのモニタを指ではじき、情報屋はゆがんだ笑みを浮かべた。
その画面をひょいと覗き込んだ秘書が、眉間にしわをよせて鼻白む。
「……ネット掲示板の質問コーナー? 『男が30歳まで独身を貫くと妖精になれるって本当ですか?』『信じて清らかな生活を続ければ、絶対になれます』……」
声に出して読み上げ、秘書はいかにも苦々しい表情を浮かべた。それから、端的きわまりない感想を口に述べる。
「……馬鹿じゃない?」
そのストレートな感想に、臨也は声をあげて笑った。腹を抱えて笑うその振動に合わせ、回転式の椅子がきいきいと小さな音をたてる。
「とても素直な感想だね。波江らしいよ」
「そう? 誰が見ても、同じような感想を返すんじゃないかしら」
「いや、そうとも限らないよ。こういう情報ってのはさ、これを信じても利益のない者や、これを望まない者に知らせても意味がないんだ。ちょっと信じてみたいくらいに思っている者には、とても有益で楽しいことがおこる情報にもなるんだよ」
心底楽しげな笑顔を向ける上司に、秘書は小さなため息をついて、肩を竦めた。
どうでもいい、そんな表情である。
つい先日、この情報を池袋在住の首なし妖精に無料で流した。
無料なのは、ただの退屈しのぎだからだ。
この情報をあの妖精が知りどんな行動をおこそうと、臨也が損失を被るような事態には為りえない些事にすぎないだろう。
ただ、その行動にあの天敵がまきこまれると思うと、多少なり平素から妨害ばかりされることへ溜飲が下がる。
おそらくあの純真な首なし妖精は、自分が思った通りにこの情報を信じ、行動していることだろう。
右手を自分の目の前に差し出しててのひらを上に向け、臨也は手の上になにかが載っているかのようにてのひらをくゆらせた。てのひらの上で、ころころと何かが転がる様を夢想する。
「楽しいねえ」
何もない空間を見て脈絡のない言葉を紡ぐ上司に、秘書は胡散臭げな眼を向けた。