鳥籠の番(つがい) 8
力の抜けたアムロの身体を抱き締め、シャアはアムロの言葉を考える。
『私の望み…私の望みはスペースノイドの連邦からの独立。そして地球の汚染を食い止め、地球の重力にしがみつく人々を粛清する事…』
……本当にそうか?
私の本当の望みは…。
そう考えた時、シャアの脳裏にア・バオア・クーで直接剣を交えた時に見た、偽りのない強い輝きを放つ琥珀色の瞳が浮かぶ。
もう一度、あの瞳で自分を見つめて欲しい…、もう一度、パイロットとして、本気のアムロ・レイと戦いたい…そして…愚かな自分を…。
微かな希望に縋ろうとする、自身の弱い心に溜め息を吐く。
「アムロ…私の望みは…」
意識の無いアムロの耳元でそっと呟く。
そして、腕の中の温もりを強く抱き締めた。
◇◇◇
黒いネオ・ジオンの制服に袖を通して、アムロは鏡に映る自身の姿を見つめる。
ふと、襟元ギリギリに少しだけ見える紅い痕に目がいく。
「シャアの嘘つき…隠れないじゃないか…」
「すまない、隠れると思ったのだがな」
アムロの背後からそっと近付き、その痕へと唇を寄せながら、シャアが悪びれもなく鏡越しに微笑む。
「わっ、シャア…」
突然現れたシャアと鏡越しに目が合い、ドキリとする。
そして顎を掴まれ、口付けられる。
「ん…」
優しく、慈しむような口付けに、シャアへの愛しさが込み上げる。
離れた唇から銀糸が伸びるのをうっとりと見つめていると、シャアが優しく親指で唇をなぞる。
「そんな顔をするな。止まらなくなる」
「貴方の所為だ…」
「ふふふ、そうか…すまんな」
もう一度、触れるだけのキスをして、アムロの肩を優しく叩いて歩き出す。
「さぁ、行こうか」
「…はい」
真っ赤な総帥服を着た、シャアの後ろ姿を見つめながら、アムロは悲しげに目を細める。
『この背中に、どれだけのものを抱えているのだろう…。優しいこの人の人生に、安らぎはあったのだろうか…』
そう思った時、ふと、黄色のワンピースが風になびく光景が脳裏に浮かぶ。
そして、そのワンピースを身にまとった少女がこちらを振り向いた。
「ラ…?あっ!うぐぐ」
突然、激しい頭痛に襲われて、アムロはガクリと膝を折り、頭を抱える。
「アムロ!?」
アムロの異変に気付いたシャアが、振り向いてアムロに駆け寄る。
「アムロ!」
「あっあ…う…痛っううう」
「大丈夫か!?待ってろ、直ぐにナナイを呼ぶ!」
直ぐさま通信機を手に取りナナイを呼び出すと、シャアは苦しむアムロを抱き締めた。
「アムロ…!」
◇◇◇
鎮痛剤を打たれ、ベッドに眠るアムロの手をシャアが優しく握る。
そして、背後に立つナナイに、あるメモを手渡す。
「大佐、これは?」
「カミーユ・ビダンが私に渡してきた」
ラー・カイラムのデッキでシャアに掴みかかったカミーユは、そのどさくさに紛れてそっとこのメモをシャアに手渡したのだ。
そこに書かれていたのは、捕虜として囚われている間、アムロが何度か頭痛の発作を起こした事、記憶が一時的に戻った事。そして、アムロに悪意を抱く思惟の残像を感じる事。
「カミーユは、誰かが意図的にアムロの記憶を戻そうとしているかもしれないと思っているようだ」
「ニュータイプ研究所内に、アムロ・レイに悪意を抱いている者がいると?」
「最近、研究所に行く度、アムロは体調を崩してしたな、何か関係があるかもしれない」
ナナイはシャアの言葉に、ハッと何かを思い出すと、挨拶もそこそこに部屋を出て行った。
残されたシャアは、アムロを見つめ、握った手を自身の額に当てる。
「アムロ…君を…失うなど、考えられない…」
小さく震える肩に、黄色の光がそっと寄り添う。
まるで、シャアを支えるように…。
to be considered...
作品名:鳥籠の番(つがい) 8 作家名:koyuho