鳥籠の番(つがい) 8
艦長室に入ると、ブライトは備え付けのソファにドカリと座り、襟を緩める。
そして、目の前に立つカミーユへと視線をむける。
「カミーユ、アムロの記憶は戻っているのか？」
その問いに、カミーユは少し逡巡した後、コクリと頷く。
「昨日…ハロからコレを受け取って、記憶が少し戻りました。でも、今朝にはまた記憶は消えていて…」
カミーユはアムロから預かった記憶媒体をブライトに見せる。
「これは？」
「νガンダムのサイコミュを調整する為の…アムロさんのバイオデータです。おそらく、連邦に拘束される前に、ハロの中に隠したんだと思います」
「それで？さっきも記憶は戻っている様だったが…」
あの時のアムロの様子に、ブライトはアムロが記憶を取り戻している事を察した。
「ええ、ドックに入った時、格納されていたνガンダムを見て…記憶がまた少し戻りました」
カミーユは、拳を強く握りしめながら、微かに震えていた。
「カミーユ？」
「アムロさん…昨日もですが、今日も物凄く苦しんで…。記憶もまだ安定していなくて…多分一時的に戻っただけだと思います。あの苦しみ方…フォウやロザミィの比じゃ無い…、あれじゃアムロさんの精神が保たない！」
叫ぶカミーユの瞳から、涙が零れ落ちる。
「本来のアムロさんは、クワトロ大尉を止めようとしています。でも、マインドコントロールされたアムロさんは…、クワトロ大尉に従って…その罪を一緒に背負おうとしているんです」
「一緒に背負おう？」
「はい、ずっと傍に居ると…、一緒に罪を背負うと大尉と約束したそうです」
シャア自身、己のやろうとしている事が、如何に非道な手段だと充分理解している。
その上で、腐った地球連邦政府の支配から、スペースノイドを解放するには、これしか無いのだと、地球を汚染から救うには、自身が「地球潰し」と言う、前代未聞の大罪を背負わねばならぬのだと、覚悟をしているのだろう。
しかし、シャアも人間だ。そして、純粋で、本質的には優しいこの男が、その大罪を犯すことに心を痛めない筈がない。
そんなシャアに、アムロは寄り添い、支えようとしているのだ。
「アムロさん…、昨日、一瞬記憶を戻しながらも、マインドコントロールで施された暗示によって、錯乱して…大尉の元に帰るって…帰してくれって狂ったように泣き叫んだんです」
相反する想いは、迷いや歪みを生み、アムロの精神を蝕んでいく。
「次に記憶を取り戻した時…アムロさんの精神が保つかどうか…」
カミーユは拳を握り締め、絞り出す様に言う。
それを、ブライトも頭を抱えながら聞き、思い溜め息を漏らす。
「しかし…アムロが今後どうなるか予想が出来んな…このままマインドコントロールされた状態でアイツが戦場に出てきたら、俺たちに勝ち目は無い」
ニュータイプ専用機、α・アジールを駆るアムロと、サザビーを駆るシャアに、νガンダムのカミーユと、Zガンダムのジュドーが対峙したとして、どれだけ戦えるかは分からない。
「アクシズを内側から攻める…」
「艦長？」
「さっき…アムロが俺に言ったんだ。アクシズを内部から爆破させればもしかしたらと…」
「アムロさんが！？」
「ああ、確かに、アクシズを外から攻撃して、それで破壊出来ない様ならば、地球に落ちる前に内側から爆破させるしかない」
「そうですね…俺たちがMＳ隊を引き付けて、その間に爆破部隊が内部に潜入して爆弾を仕掛ける…」
口で言うのは簡単だが、それが如何に難しい事か、ブライトもカミーユも充分に理解している。しかし、やらなければならない。
「アムロがこちらに付いてくれれば…なんとかなりそうなんだがな…そう上手くはいかんか…」
その時、アムロに精神状態がどうなっているかも分からない。むしろ、記憶を取り戻したとしたら、危険な状態になっている可能性の方が高い。
「でも…、アムロさんは、これを俺に託した…」
カミーユは記憶媒体を見つめ、ギュッと握り締める。
「アムロさんが、いつでもνガンダムに乗れる様に、調整をしておきます」
「カミーユ…」
「俺だって、クワトロ大尉を止めたい…。あんな作戦を成功させる訳にはいかない！」
「そうだな…。よし、作戦を立てるぞ！」
「はい！」
◇◇◇
レウルーラに到着したシャアとアムロは、そのままシャアの私室へと向かう。
そして、部屋に入り、扉を閉めた途端、シャアはアムロを抱き締め、唇を重ねる。
「アムロ…！」
「んん…大佐…」
唇の隙間から舌を滑り込ませ、アムロの舌を絡めとり吸い上げる。
アムロも、それに応えるようにシャアの背中へと手を回し、その広い背中にしがみつく。
長いキスの後、シャアはゆっくりとアムロの唇を離し、両手でアムロの頬を包み込むと、琥珀色の瞳を見つめる。
「怪我は…？」
「大丈夫です…」
「そうか…。あの時…心臓が止まるかと思った…」
自分を庇って撃たれたアムロに、過去のシーンが蘇った。
自分の前に飛び込んできたエルメス。
炎に包まれる緑色の機体と、ララァの絶叫…。
あの時、ララァと共に、アムロの絶叫も脳裏に響いた。
そして、撤退するコックピットの中で『僕は取り返しのつかない事をしてしまった』と、アムロが絶望する声を聞いた。
その時、サイド6で会った、まだあどけない少年兵のアムロの姿が脳裏に浮かんだ。
そう、まだ子供だった。
そのせいだろうか、アムロを心の底から憎む事が出来なかった。
「ご心配をお掛けして…すみません」
「いや…君が無事で良かった…」
もう一度、シャアはアムロをキツく抱き締める。
「もう一度…君をこの腕に抱けて良かった…」
「俺も…大佐に元に帰ってこられて…良かった…」
「アムロ、今は二人だ。名前を呼んでくれ」
「あ…はい。シャア…」
二人は抱き合いながら、ベッドへと倒れ込む。
そして、互いの服を脱がせながら、肌を重ね、その温もりを感じ合う。
「温かい…」
シャアの胸に頬を寄せ、アムロがポツリと呟く。
「君も温かい…君だけが…私を温めてくれる…」
「シャア…」
シャアは、アムロの首筋に薄っすらと残る、紅い痕へと唇を寄せ、もう一度、華を咲かせる。
「あっ…」
その刺激に、ビクリと身体を震わせるアムロの反応を楽しむように、鎖骨や胸元にも華を咲かせていく。
「君が私のものだと言う証を…刻み込みたい」
切なげに呟くシャアの頭を、アムロが優しく抱き締める。
「俺は…貴方の為だけに生きている…、それは…何があっても変わらない…」
「アムロ…？」
「シャア…貴方を愛してる…」
アムロの告白に、シャアはアムロの瞳を見つめると、小さく笑みを浮かべる。
「ああ、私も愛しているよ」
二人はどちらとも無く唇を寄せ合い、深く、深く口づけを交わした。
肌を求め合った後、シャアはアムロをもう一度ギュッと抱き締め、共にシーツに沈む。
「アムロ…もう離さない…」
「ん…俺は…貴方の…貴方だけのものだから…。貴方の望みを叶え…貴方の為だけに生きていく…」
アムロもまた、シャアの背中に手を回し、その逞しい身体を抱き締める。
「私の…望み…？」
「貴方の望みを…叶えるよ…」
シャアの青い瞳を見つめ、そう答えると、アムロは力尽きて意識を手放した。
作品名：鳥籠の番(つがい) 8 作家名：koyuho