鳥籠の番(つがい) 9
「アムロさん…大丈夫?」
断続的に襲ってくる頭痛と記憶の混濁。
ハサンに鎮痛剤を打って貰ったお陰で、少しは痛みが和らいではいるが、気休め程度にしかなっていない。
強い意志と精神力で、どうにか正気を保っている状態だ。
正直、まともに戦えるとは思えない。
しかし、アムロは出撃する事に迷いがない。
「大丈夫…シャアと決着を付けるまでは保たせてみせる」
「…でも、シャア・アズナブルと…戦えるの?アムロさん、あの人の事…」
以前、ラー・カイラムに捕虜として囚われていた時、アムロの身体にいくつも紅い花が咲いていたのを見た。
そして、そこからシャアの気配を感じた事から、ジュドーとカミーユは、二人の関係に薄々気付いていた。
ライバルとして対立しつつも、惹かれ合っていた二人。
マインドコントロールでシャアに絶対服従となっていた時も、その中に主従の関係以上のものを感じた。
それでも決着をつけると言うアムロに、男同士の、ライバルとしての関係を見る。
二人は求め合い、そして最上のライバルとして互いを認め合っている。
そんな二人の関係を、カミーユは少し羨ましく思った。
人生の中で、最上のライバルと言える存在に出逢える人はどれだけいるだろう。
それを得ている二人は、ある意味幸せなのかもしれない。
ジュドーの問い掛けに、アムロが笑顔で答える。
「戦えるよ。それに…あの人もそれを望んでる。俺たちは、決着をつけなきゃいけないんだ」
真っ直ぐに前を見据えるアムロの瞳の奥に、強い光の輝きを感じる。
激しく、偽りのないその輝きは、きっとあの男を魅了してやまないのだろう。
「そっか…」
「よし、それじゃ行くよ。二人とも、ありがとな」
「待って下さい、アムロさん!俺もフォローします」
「でも、カミーユ。君のνガンダムは俺が乗ってしまうから…」
「俺のZで出ろよ。カミーユ」
「ジュドー?」
「多分、俺よりカミーユがZに乗った方が良いと思う。俺はリ・ガズィで出るよ」
「ジュドー…」
シャアとアムロに一番近い場所にいるカミーユなら、二人を守ってくれるかもしれない。
そんな想いも込めて、ジュドーは自身の愛機であるZをカミーユに譲る。
そのジュドーの想いを受け止め、カミーユが頷く。
「分かった…ありがとう、ジュドー」
「よし!行こう!」
三人は顔を見合わせ頷くと、デッキへと走り出した。
アムロはνガンダムのコックピットに座ると、起動準備を始める。
シャアと戦う為に自ら基礎設計を行った機体。
初めて乗るというのに、まるで何年も乗ってきたように手に馴染む。
そして、サイコミュの反応が完璧に自分とリンクすることに気付く。
「カミーユ…あのデータで調整してくれたんだ…」
アムロは深呼吸をすると、艦橋へと通信を繋ぐ。
《ブライト、νガンダム、アムロ・レイ出る!》
モニターに向かい、親指を立てる。
それに応えるように、ブライトが頷く。
「アムロ、さっきの約束、忘れるな!」
《…了解!》
アムロは少し複雑な表情を浮かべながらも、笑顔で答える。
そして、アームレイカーを握る手に力を込めると、何度も味わった出撃のGを感じながらデッキを飛び出した。
出撃デッキを飛び出して行くνガンダムを見つめ、ブライトが拳を握り締める。
『アムロ!』
無事に帰ってくる事を願いながらも、心の何処かで、もう二度と会えないかもしれないと思っている。
そして、嘗て志を同じくして戦った男の事を思い出す。
誰をも魅了するカリスマ性を持ち、その手腕でネオ・ジオンを立ち上げ、スペースノイドを独立へと導く男。
その想いは理解できる。しかし、アクシズを地球に落として寒冷化させるなどと言う暴挙を、許す訳にはいかない。
人間が人間を粛清するなど、あってはならないのだ。
それに、地球には妻であるミライを始め、大切な人達がいる。
あの男の最愛の妹である彼女も…。
ブライトは前を見据えると、全軍に指示を出す。
「我が艦はアクシズに取り付き、内部から爆破する!モビルスーツ隊は援護しろ!弾幕、撃て!」
◇◇◇
その頃、レウルーラのモビルスーツデッキでも、シャアが出撃準備を進めていた。
そこにギュネイが現れ、思い切り頭を下げる。
「大佐!申し訳ありません!自分が側にいながらアムロ大尉を!」
シャアは手を止めると、コックピットから出てギュネイの肩を優しく叩く。
「ギュネイ、お前の所為ではない。それよりも、アムロが連邦の兵士として出てくる。戦えるか?」
「え?」
ギュネイは意味が分からず言葉に詰まる。
「どう言う…」
「アムロのマインドコントロールが解けた」
「…まさか!」
そんなに簡単にマインドコントロールが解けるとは思えない。それが解けるなど、余程の事が無ければ有り得ないのだ。
「研究員に裏切り者がいた」
「…裏切り者…?まさかあの研究員が!?」
ギュネイは、ずっと気になっていた研究員の事を思い出す。
「そ、それでアムロ大尉は…大丈夫なんですか?」
マインドコントロールが解けた強化人間が、どのような末路を辿るかを知るギュネイは、恐る恐るシャアに尋ねる。
「…精神が崩壊しかけている…。しかし、最後の気力を振り絞って戦場に出てくるだろう」
「そんな…!大佐は…どうするんですか?」
「戦うさ。それが私とアムロの運命(さだめ)だ」
シャアは不敵な笑みを浮かべると、サザビーのコックピットへと向かう。
そして、ギュネイに振り向くと笑顔を向ける。
「行くぞ!」
サザビーのコックピットが閉じるのを見つめながら、ギュネイが目を見開く。
「なんで…笑ってるんだよ!」
こんな状況にも関わらず、笑顔を見せるシャアに疑問を感じる。
しかし、何処かでそれを理解している自分も居た。
「なんで…」
いよいよ、地球の運命を賭けた、ネオ・ジオンとロンド・ベルとの最終決戦が始まる。
そしてその戦場を、かつて『連邦の白い悪魔』と呼ばれたニュータイプのパイロットと『ジオンの赤い彗星』と呼ばれた最強のパイロットが駆け抜ける。
積年の決着をつける為に、
それぞれの志しを貫く為に…。
to be continued...
次回完結(の予定!)
作品名:鳥籠の番(つがい) 9 作家名:koyuho